第3話「忘れものを返しに」
夕方。
ぱむちゃんが配送口へ戻ると、フロアから妄執ちゃんが呼んだ。
「ぱむちゃん、少しよろしい?」
テーブルの上に、青い手帳が一冊あった。
「お客様の忘れものですの」
ぱむ。
「先ほどまで、あちらのお席にいましたわ」
妄執ちゃんは窓際を示した。
「以前、あなたが届けた方ですのよ」
ぱむちゃんは手帳を見る。
表紙の角が少し擦れている。
「住所は分かりますわ。返して差し上げて」
ぱむ。
◇
届け先は、店から三本先の通りだった。
呼び鈴を押す。
「はい」
出てきた女性は、ぱむちゃんを見るなり目を丸くした。
「あ。前の配達の」
ぱむ。
青い手帳を差し出す。
「あ、それ……」
女性は受け取った。
「店に忘れたんだ」
ぱむ。
「ありがとう」
扉の奥から声がした。
「誰?」
「この前のバーガー届けてくれた子」
少し間があった。
「じゃあ、ちゃんとお礼言って」
女性が笑った。
「言ったよ」
前の配達の時、玄関には一人しかいなかった。
今日は、奥にもう一人いる。
壁には二人分の上着が掛かっていた。
ぱむちゃんはそれを見る。
「この前ね」
女性が手帳を抱え直した。
「あれを届けてもらったあと、話したの」
ぱむ。
「ずっと避けてた人と」
奥から声が飛ぶ。
「避けてたのはそっちでしょ」
「はいはい」
女性は少し笑った。
「まだ仲直りって感じじゃないけどね」
ぱむちゃんは手帳を見る。
女性を見る。
玄関の奥を見る。
「でも、前よりは話してる」
ぱむ。
◇
店へ戻ると、妄執ちゃんは同じテーブルを拭いていた。
「返せました?」
ぱむ。
「そう」
妄執ちゃんは窓際を見る。
「今日のお客様、前より長く座っていましたの」
ぱむちゃんが顔を上げる。
「一人ではありませんでしたわ」
ぱむ。
「以前と同じ方でも、以前と同じ関係とは限りませんのね」
妄執ちゃんは布巾を畳んだ。
「物は返せば終わりますけれど、人はそうでもないようですわ」
ぱむちゃんは青い手帳が置かれていた場所を見る。
そこにはもう何もない。
それでも、前の配送から続いているものが一つあった。
受け渡した物ではなく、そのあとに残った関係だった。




