第20話「渡さないでください」
九九番は、まだ共同研究室にあった。
ぱむちゃんが抱えている。
小暮は時計を見る。
「あと七分」
机の端には《小暮》の当番札。
その横に、昨日の日付の変更申請。
《申請者 篠原》
《処理 未完了》
至誠ちゃんの通信がつながる。
「篠原さんへ確認します!」
◇
篠原は別棟にいた。
「渡さないでください」
至誠ちゃんのペンが止まる。
「理由をお願いします!」
「小暮さん、午後の検査があるんです」
「昼食禁止ですか!」
「禁止じゃない。でも、その袋は辛いやつですよね」
注文票。
《赤熱ソース》
「昨日、胃を悪くしたって言ってたから。当番を代わる申請を出しました」
「本人には!」
「言いました。大丈夫だって聞かなくて」
◇
共同研究室。
「大丈夫だよ」
小暮は同じことを言った。
「朝から何も食ってないし。俺が頼んだ分だろ?」
ぱむちゃんは小暮を見る。
袋を見る。
持ったまま、動かない。
「俺は受け取りたい」
端末から至誠ちゃんの声。
「篠原さんは、渡さないでほしいと言っています!」
「知ってる。でも俺の昼だよ」
ぱむちゃんは袋を床へ置かなかった。
小暮にも渡さなかった。
◇
一分。
二分。
小暮の昼休みが減る。
研究室の奥から呼ぶ声がした。
「小暮さん、午後の準備お願いします」
「あと五分!」
返事をして、小暮はぱむちゃんを見る。
「食べる時間なくなるな」
ぱむちゃんの腕が少し下がった。
渡さない。
それで、何も起きないわけではなかった。
◇
至誠ちゃんの画面に記録が増える。
《小暮 受取希望》
《篠原 非受取希望》
《理由 体調懸念》
《経過 昼休み残五分》
至誠ちゃんは九九番を見た。
「止めれば、安全とは限りません!」
ぱむちゃんが端末を見る。
「渡せば、篠原さんの心配を無視します!」
「渡さなければ、小暮さんの昼がなくなります!」
ぱむちゃんは袋を抱え直した。
◇
小暮が椅子へ座った。
「どうする?」
ぱむちゃんは答えない。
至誠ちゃんも、すぐには指ささなかった。
時計だけが進む。
残り四分。
九九番は、まだ誰の手にも渡っていない。
けれど、止まったままでも、もう結果は増え始めていた。




