第8話「お届けできませんでした」
九三番は、近かった。
《九三番/南三番街・時計修理店》
《受取人 倉橋》
《十二時から十三時》
店から歩いて七分。
至誠ちゃんが配送票を置いた。
「近距離です! お願いします!」
ぱむちゃんは紙袋を持つ。
上バンズに深緑の点。
赤い一本線。
消えた。
◇
時計修理店の前。
十二時二分。
ぱむちゃんが現れる。
シャッターは開いている。
店内には、壁時計が二十個。
全部、違う時刻を指していた。
「ぱむ?」
返事はない。
カウンターに札。
《修理受付中》
奥の作業机に眼鏡。
湯気の消えた茶。
椅子は引かれたまま。
人だけがいない。
ぱむちゃんは紙袋を置かなかった。
外へ出る。
隣の花屋が首を出した。
「倉橋さん? さっきまでいたよ」
ぱむちゃんは店へ戻る。
いない。
十二時六分。
◇
配送ステーション。
ぱむちゃんが戻った。
紙袋も戻った。
至誠ちゃんが目を丸くする。
「早いですね! 受領は……」
受領欄は空白。
ぱむちゃんは紙袋を抱えたまま、首を傾げる。
「不在ですか!」
至誠ちゃんは端末を確認した。
「注文有効! 受取人は倉橋さん! 時間指定内です!」
連絡を入れる。
呼出音。
出ない。
「十二時半に、もう一度行きましょう!」
◇
十二時三十分。
赤い線。
時計修理店。
壁時計は二十個。
眼鏡。
茶。
引かれた椅子。
倉橋はいない。
今度は店の奥まで呼ぶ。
ぱむ!
返事なし。
裏口。
鍵は開いている。
小さな中庭。
誰もいない。
ぱむちゃんは紙袋を持ったまま戻った。
◇
十二時四十七分。
至誠ちゃん自身が店へ来た。
ぱむちゃんと並んで入口に立つ。
「場所は合っています!」
配送票。
看板。
番地。
「時間も合っています!」
時計。
「荷物も正常です!」
紙袋。
至誠ちゃんは店内を見る。
人だけがいない。
「……受取人がいません!」
ぱむちゃんは一歩、店へ入る。
赤い線が一瞬浮いた。
至誠ちゃんが止めない。
次の瞬間。
ぱむちゃんは作業机の前にいた。
倉橋はいない。
裏口へ。
いない。
店先へ。
いない。
到達だけが、何度も成功した。
配送は、一度も終わらなかった。
◇
十二時五十九分。
ぱむちゃんは時計修理店の入口にいた。
紙袋を抱えている。
隣の花屋が言う。
「置いとけば? 戻ったら食べるでしょ」
ぱむちゃんは動かない。
第一部で、受取人が分からない荷物を渡さなかった。
ここでも、受け取る手はない。
至誠ちゃんも紙袋へ手を出さなかった。
「十三時です」
店の壁時計の一つが鳴った。
続いて別の時計。
また別の時計。
ばらばらの鐘が店内を満たす。
ぱむちゃんは配送票を見る。
《十二時から十三時》
時間が終わった。
ぱむちゃんは店に背を向けた。
◇
帰り道は七分だった。
赤い線は出なかった。
ぱむちゃんは普通に歩いた。
至誠ちゃんも隣を歩く。
紙袋は、まだ温かい。
誰にも渡っていない。
配送ステーションへ戻る。
朝から増えていた依頼票の前を通る。
《遠距離便 相談可》
《ぱむちゃん便》
ぱむちゃんは九三番を台へ戻した。
至誠ちゃんが端末を開く。
完了ボタンには触れない。
「住所、正常」
「時間、正常」
「商品、正常」
一つずつ確認する。
最後に受領欄。
空白。
至誠ちゃんは別の欄を選んだ。
《持戻り》
《理由 受取人不在》
ぱむちゃんはその二行を見た。
昨日まで、遠さは消せた。
今日も、遠さは問題ではなかった。
七分の先に、何度でも一瞬で着けた。
それでも九三番は、届かなかった。
ぱむちゃんは紙袋の横に座った。
しばらくして、小さく鳴いた。
ぱむ。
その日の配送記録に、初めて《完了》ではない一行が残った。




