第6話「続き、お願いします」
八八番は、川向こうだった。
《八八番/旧水門管理所》
《受取人 水門整備班》
《十五時まで》
昼過ぎ。
至誠ちゃんは配送票を確認した。
「通常経路で十二分! 橋を渡れば着きます!」
ぱむちゃんは受取人欄を見る。
次に時計。
それから紙袋を持った。
ぱむ。
「お願いします!」
至誠ちゃんは今日は指ささなかった。
◇
橋の手前で、警報が鳴った。
低い音。
橋の中央にある遮断棒が下りる。
《点検通行止》
向こう岸は見えていた。
管理所も見えている。
歩けば三分。
行けない。
ぱむちゃんは遮断棒の前で止まった。
川沿いの迂回路を見る。
工事柵。
反対側は資材車で塞がれている。
至誠ちゃんが後ろから来た。
「橋の点検予定は十六時からでした!」
端末を確認する。
「臨時点検です! 通行再開は十五時十分予定!」
時計は十四時四十七分。
受取期限は十五時。
至誠ちゃんは紙袋へ手を伸ばしかけた。
止めた。
「私が持てば、たぶん間に合わせられます!」
ぱむちゃんが至誠ちゃんを見る。
紙袋を見る。
至誠ちゃんも見る。
手を引いた。
「でも、これはぱむちゃんの配送です!」
遮断棒の脇に、作業員用の小さな門がある。
電子錠。
《関係者以外使用不可》
至誠ちゃんは自分の配送証を当てた。
赤い灯り。
「単独通行は不可。点検責任者の承認が必要です!」
無線を取る。
名前を名乗る。
荷物。
受取先。
通行理由。
一つずつ伝える。
橋の向こうで作業員がこちらを見る。
返事。
電子錠が緑に変わった。
門が開く。
至誠ちゃんなら、そのまま袋を受け取って走れた。
でも受け取らない。
開いた門の横へ下がる。
「続き、お願いします!」
ぱむちゃんは紙袋を抱え直した。
ぱむ!
一歩。
門を通る。
◇
その瞬間だった。
金色の上バンズに、深緑のハーブ点が浮いた。
重なっていたパティが、水平な厚い一層へ揃う。
赤いソースが具材の間を、一本の経路みたいにまっすぐ走った。
チーズの端が小さな封印シールの形へ折れ、脇に配送タグが下がる。
何かに変身したわけではない。
ぱむちゃんは、ぱむちゃんのままだった。
ただ、背景だけが流れた。
橋の床。
欄干。
川面。
全部が細長く後ろへ伸びる。
至誠ちゃんが目を見開く。
「え」
次の瞬間。
ぱむちゃんは向こう岸にいた。
紙袋は傾いていない。
封もそのまま。
至誠ちゃんはまだ門の横にいる。
橋の中央では、点検員が工具を持ったまま止まっていた。
◇
旧水門管理所。
整備班の二人が外で部品を洗っていた。
ぱむちゃんが現れる。
一人が時計を見る。
「もう来た?」
十四時四十八分。
受取票。
八八番。
整備班。
ぱむちゃんは紙袋を差し出す。
受け取る手。
受領印。
《八八番 配送完了》
「助かった。十五時から水門を止めるから、その前に食べたかったんだ」
もう一人が袋を開く。
「橋、止まってただろ」
ぱむちゃんは川向こうを見る。
至誠ちゃんが、まだ橋の入口にいる。
ぱむちゃんは一度跳ねた。
ぱむ!
◇
帰りは、普通だった。
点検が一時解除されるまで待つ。
十五時十二分。
橋を歩く。
至誠ちゃんが向こうから来る。
「無事ですね!」
ぱむちゃんの上バンズは、いつもの色に戻っている。
配送タグもない。
至誠ちゃんは周囲を見る。
ぱむちゃんを見る。
もう一度見る。
「今のは……」
言いかけて止めた。
ぱむちゃんは何も答えない。
至誠ちゃんも、答えを決めなかった。
◇
店へ戻る。
配送記録。
《出発 十四時三十五分》
《橋通行停止 十四時四十七分》
《受領 十四時四十八分》
通常なら成立しない。
至誠ちゃんは記録を消さなかった。
「荷物正常! 受取人正常! 受領も正常!」
少し考える。
「移動だけ、確認不能です!」
ぱむちゃんは記録より、至誠ちゃんを見る。
至誠ちゃんは開いた門の映像を見ていた。
自分が袋を取らずに下がったところ。
「……私が運んだ方が速いと思いました」
ぱむちゃんは動かない。
「でも、お願いしたのは私です!」
至誠ちゃんは配送台に次の紙袋を置いた。
指ささない。
触らない。
少しだけ横へ下がる。
「次も、続きからお願いします!」
ぱむちゃんは紙袋の札を見る。
受取人を見る。
時計を見る。
それから持った。
ぱむ。
今度は、何も光らなかった。
それでも至誠ちゃんは、袋を取り返さなかった。




