第2話「まだ頼んでません」
ベルは鳴らなかった。
それでも、配送ステーションの棚に紙袋が一つあった。
ぱむちゃんは配送台の前で止まる。
昨日なら、札が見えれば仕事が始まった。
《八四番/北通り・額縁店》
ぱむちゃんは手を出さない。
注文端末を見る。
《受付なし》
厨房の完成表。
《八三番まで》
至誠ちゃんが駆けてきた。
「八四番はありません!」
紙袋の底は温かい。封も閉じている。
渾沌ちゃんが棚の反対側から覗いた。
「端末が反応したの私じゃないよ!?」
袋の封に、小さな時刻印。
《受付 十一時三十二分》
壁の時計は、十一時二十五分だった。
渾沌ちゃんの目が輝く。
「犯人探し、あと! 先に今ある差を残そ!」
端末。完成表。紙袋。時計。
至誠ちゃんは四つを順に確認した。
「未登録品として止めます!」
保留札を取る。
その瞬間、袋の配送灯が点いた。
《八四番 配送待ち》
昨日までなら、仕事の合図だった。
ぱむちゃんは動かなかった。
◇
「商品名なし! 受取人名なし! 注文内容なし! 番号と場所だけです!」
至誠ちゃんは封を開けない。
渾沌ちゃんが北通りを見る。
「額縁店があるのは本当。じゃ、袋が嘘か店が嘘か決めないで見に行こ!」
「配送はしません! 現地確認です!」
至誠ちゃんは保留札を袋へ付けた。
「八四番を持って、表示先だけ確認してください! 受取条件が確定するまで渡さないでください!」
ぱむちゃんは保留札を指で押さえた。
それから袋を持つ。
ぱむ。
至誠ちゃんは行き先を指さなかった。
◇
北通りの額縁店。
店主は入口のひさしを直していた。
脚立の上。螺子を締める音。店内には包みかけの額が三枚。
ぱむちゃんは脚立の真下を避け、壁際で止まった。
渾沌ちゃんが店内へ顔を向ける。
「八四番の人ー?」
店主が脚立から降りる。
「配達? うち?」
ぱむちゃんは袋と保留札を見せた。
「まだ頼んでません」
ぱむちゃんは袋を自分の後ろへ回した。
店主が時計を見る。
「昼を頼もうとは思ってたんです。でも、ひさしが外れかけてて」
「何を頼むつもりだった?」
「茸の二段バーガー。芥子抜き。炭酸水」
袋の側面。空白だった場所に白い線が一瞬走った。
「今、増えた!」
店主は見ていない。
「せっかく降りたし、今頼みます」
端末を開く。
茸の二段バーガー。芥子抜き。炭酸水。
確定。
遠くで注文のベルが鳴った。
十一時三十二分。
紙袋の札が増えた。
《八四番/額縁店・店主》
《茸の二段バーガー/芥子抜き/炭酸水》
《受付 十一時三十二分》
店主の端末にも八四番。
「……もう来てる」
ぱむちゃんはまだ渡さない。
袋に付いた保留札を見る。
渾沌ちゃんも見る。
「注文は追いついた。でも保留は、勝手には消えてないね」
◇
至誠ちゃんへ連絡が入る。
「注文受付を確認! 商品、受取人、内容、時刻、すべて一致しました!」
少し間がある。
「保留解除します! 八四番をお願いします!」
ぱむちゃんは保留札を外した。
その札を先に鞄へしまう。
店主の受取画面を確認する。
《八四番/額縁店・店主》
紙袋を渡した。
「助かった。これなら昼休みに額を三枚仕上げられる」
受領印が灯る。
配送は成功した。
注文より先に始まっていたことだけを除けば。
◇
店へ戻る。
至誠ちゃんは記録を消さなかった。
《紙袋出現 十一時二十五分》
《注文受付 十一時三十二分》
《受領完了 十一時三十二分》
「結果は正常! 順序だけが正常ではありません!」
渾沌ちゃんが記録の横へしゃがむ。
「でも、先に来たから助かったのも本当なんだよね」
至誠ちゃんは頷いた。
「成功です! 異常も残します!」
ぱむちゃんは外した保留札を取り出し、空いた棚へ置いた。
次のベルが鳴った。
今度は先に注文端末が光る。
厨房で紙袋が作られ、配送台へ来る。
至誠ちゃんは何も指さない。
ぱむちゃんは紙袋へ行かず、注文端末の前へ行った。
受付番号。受取人。商品。
そこまで見てから配送台へ戻る。
保留札は使わない。
ぱむちゃんは袋を持った。
ぱむ。
昨日までは、札が仕事を始めていた。
今日は、その前に確かめるものが一つ増えた。




