第10話「まっすぐ行けば着きます」
小さな青い箱が、厨房の受け渡し台に置かれた。
《設備室・北側担当》
送り出すクルーが、廊下の奥を指す。
「突き当たりを右。すぐです」
ぱむちゃんは青い箱を抱えた。
まっすぐ。
突き当たり。
右。
「私も、そちらへ行きますねぇ」
彷徨ちゃんが現れた。
空の小瓶。
返却票の束。
誰かの鍵。
「一緒に行きましょう。まっすぐ行けば着きますねぇ」
ぱむ!
◇
三歩目で、彷徨ちゃんは左へ曲がった。
ぱむちゃんだけ、まっすぐ進む。
「あら」
彷徨ちゃんが振り返る。
「小瓶を洗い場へ返すんでした」
ぱむちゃんは青い箱を見る。
突き当たりを見る。
彷徨ちゃんを見る。
左へ曲がった。
洗い場で小瓶が一本減った。
代わりに乾いた布が一枚増えた。
「北側担当へ、だそうです」
彷徨ちゃんが布を持つ。
「では、続きからまっすぐですねぇ」
右へ戻れば元の廊下だった。
二人は左へ進んだ。
◇
客席へ出た。
開店前で、椅子はまだ机の上。
昨日の広報用の旗が一本、壁へ立てかけてある。
「入口の旗ですねぇ」
彷徨ちゃんが拾う。
入口は反対側だった。
ぱむちゃんは青い箱を抱えたまま、旗の先を見た。
二人は入口へ行った。
旗を立てる。
設備室からは遠ざかった。
彷徨ちゃんが鍵を見る。
《屋上資材庫》
「これも返しますか」
ぱむちゃんは青い箱を見る。
《設備室・北側担当》
鍵を見る。
屋上を見る。
箱を抱えたまま、階段へ向かった。
◇
屋上で鍵が一つ減った。
代わりに点検票が増えた。
《北側担当へ》
「同じ方ですねぇ」
彷徨ちゃんは少し嬉しそうだった。
植木へ水をやっていたクルーが言う。
「設備室、一階ですよ」
「はい。今から下へまっすぐです」
ぱむちゃんが先に階段へ向かった。
三階。
二階。
彷徨ちゃんが扉を開ける。
書庫だった。
「あら。一階はもう一つ下でしたねぇ」
返却票の束を見て、そのまま書庫へ入る。
返却票が減った。
赤い磁石が増えた。
《北側担当》
ぱむちゃんは磁石を見る。
青い箱を見る。
今度は、先に歩き出した。
「階段、そちらでした?」
ぱむちゃんは止まらない。
彷徨ちゃんがついてきた。
◇
一階へ戻ると、店は開いていた。
最初の廊下は台車と食器で塞がっている。
ぱむちゃんは人の流れを見る。
厨房へ戻る道を見る。
青い箱を見る。
そのどれにも進まない。
従業員通路へ入った。
「そちらも道ですかねぇ」
冷蔵庫。
更衣室。
搬入口。
また設備室から遠ざかった。
搬入口で、台車の下から脚が二本出ていた。
彷徨ちゃんが止まる。
「北側担当さん」
脚が止まった。
「はい」
「設備室へお届け物です」
「今、出られません。置いておいてください」
ぱむちゃんは設備室を探さなかった。
台車の横へ座った。
◇
工具の音が続く。
ぱむちゃんは箱を床へ置かない。
白い封を上へ向けたまま、膝に載せる。
彷徨ちゃんは乾いた布を見た。
「これ、今使えそうですねぇ」
台車の下へ差し出す。
「助かります」
布が消える。
しばらくして、北側担当が這い出してきた。
布で拭いた手に、点検票。
赤い磁石。
最後に青い箱。
「これを待っていました。北側の温度計に使います」
白い封は切れていない。
箱も傾いていない。
ぱむちゃんは、空いた膝を見る。
次に北側担当を見る。
設備室は、まだ見つけていなかった。
◇
「どこから来たんですか?」
北側担当が聞いた。
彷徨ちゃんは、何も持っていない自分の手を見た。
「厨房からです。途中で洗い場と入口と屋上と書庫を通りました」
「それ、全然まっすぐじゃないですよ」
「そうですかねぇ」
彷徨ちゃんは廊下を二つ見比べる。
「でも、全部ここへ着きました」
乾いた布も。
点検票も。
赤い磁石も。
青い箱も。
ぱむちゃんは北側担当の胸にある名札を見た。
《設備・北側》
それから、来た道へ向く。
「帰りは、どちらでしたっけ」
彷徨ちゃんが聞く。
ぱむちゃんは一方を指した。
「そちらですか」
ぱむちゃんは首を横に振った。
指を下ろす。
もう一方も指さない。
彷徨ちゃんが笑った。
「では、帰れる方へ行きましょうか」
ぱむ!
二人は設備室を探さずに歩き出した。
届け先だけは、もう見つかっていた。




