【重複修正済】異母妹の本当に恐ろしいところ
「そういえば、ハスミンさん。キアラの母親だったパオラは、どうなったのでしょう?」
私はふと思い出して尋ねた。
娘が処刑されたとはいえ、パオラ自身は何も罪を犯していない。だが、夫であるシラーニ公爵の孫娘を傷つけたとなれば、さすがに公爵家に居づらくなったのではないだろうか。
「ああ、パオラね。あの人は今も公爵夫人よ」
「……え?」
意外な答えだった。
「だって、あの人は何も悪いことをしていないもの。まあ、そうとしか見えない」
「ですが、娘の存在を長年隠していたのでは?」
「それが違うみたい」
ハスミンは紅茶のカップを置いた。
「パオラ、最初は公爵との結婚を断っていたらしいわ。自分は平民だし、祖国にはもう十代になる私生児の娘がいる。そんな女が公爵夫人になるわけにはいかないって」
「……そうだったのですか?」
「ええ。でも、ギド公爵はそれでも構わないと言って求婚したのよ。娘がいることも承知のうえで、彼女を妻に迎えたの」
私は目を瞬かせた。
つまり、シラーニ公爵は最初からキアラの存在を知っていたということになる。
「それなら、なぜもっと早く娘を引き取らなかったのでしょう?」
「パオラ自身が、祖国で暮らす娘の生活を尊重していたからって話だけど、どうかしら。祖父母のもとで育って、学校にも通っていたでしょう? 無理に外国へ連れてくる必要はないと思ってたとか」
なるほど、それなら理解できる。
「それに、パオラはずっと娘に仕送りを続けていたそうよ」
「……はい?」
私は耳を疑った。
「仕送り……ですか?」
「ええ。最近まで、毎月欠かさずね」
「ですが、私が父から聞いた話では、仕送りは何年も前に途絶えていたはずです!」
ハスミンは意味ありげに笑った。
「そう。そこが問題なのよ」
私は嫌な予感がした。
後から王家が報告書をくれると思うけど、と前置きしてハスミンは続けた。
「実はね、姉さんがシラーニ公爵家から依頼を受けて調べたところ、パオラからの送金記録がきちんと残っていたの。しかも、キアラ本人が受け取っていた証拠まで見つかったそうよ」
「……そんな」
では、キアラは生活に困窮していたわけではなかったのか。
「それだけじゃないわ。祖父母の遺産を親戚に奪われたという話も、どうやら仕組まれていたらしいの」
「……仕組まれていた?」
ハスミンは頷いた。
「キアラ、親戚たちに祖父母の財産を渡す代わりに、自分が身寄りのない貧しい孤児として扱われるよう頼んでいたのよ」
「……え?」
私は言葉を失った。
「もちろん、親戚たちは喜んで財産を受け取ったわ。キアラは祖父の遺言状を使って実父の所在を突き止め、町役場を通して保護を求めた。そうすれば、貴族の父親が自分を引き取ってくれると考えたのね」
私は全身の血が冷たくなるのを感じた。
「では……最初から?」
「ええ。最初からよ」
ハスミンはあっさり答えた。
「あの娘は、母親から十分な仕送りを受けていた。祖父母の遺産もあった。普通に暮らしていれば、何不自由なく成人できたはずなのよ」
なのにキアラは、それを自分から手放した。
ただ、貴族の娘になりたいという理由だけで。
「……お父様は」
私は震える声で呟いた。
「お父様は、あの子が困っていると思って……」
父は、突然存在を知らされた娘を救おうとした。
私に頭を下げ、住まいを用意し、生活費を負担し、成人まで責任を持つと約束した。
あれほど誠実に、あれほど真剣に。
それなのに。すべて、あの娘が仕組んだことだったというのか。
「……なんて、恐ろしい」
思わず口元を押さえた私に、ハスミンは静かに頷いた。
「だから言ったでしょう。あの娘は災厄の萌芽だったって」
彼女の純金色の髪が、窓から差し込む陽光を受けて輝いた。今日は最初に会ったときと違って窓辺の席にいたから、まさに黄金に輝いている。
「自分の欲しいものを手に入れるためなら、他人の善意も、家族の愛情も、平気で利用する。しかも、本人には悪いことをしているという自覚すらない。そういう人間が、いずれ国を傾ける災厄になるのよ」
私はしばらく、何も言えなかった。
「……ハスミンさん。もし、あの子がこの国に残っていたら、どうなっていたのでしょう?」
「さあね。でも、少なくともあなたの伯爵家は、もっとひどい目に遭っていたでしょうね」
ハスミンは、今日はコーヒではなく紅茶を飲み干して笑った。お供のスイーツはアップルパイである。添えられたカスタードクリームがホワイトチョコ風味で絶品のやつだ。
「本当に、これですべて終わったのでしょうか」
私は深く息を吐いた。
確かに、もう終わったことだ。キアラは死に、父の仇は討たれた。伯爵家も、ようやく平穏を取り戻した。
それでも。あの娘が最初に我が家へやってきた日のことを、私は一生忘れないだろう。
『すごいわ、ここが伯爵家なのね! お城みたい! あたしも今日から伯爵令嬢!』
あの無邪気な笑顔、あの楽しそうな鼻歌。
あのとき、私たちは誰一人として気づいていなかった。
あれが、最初から仕組まれた芝居だったとは。
……世の中には、あのように恐ろしい人間がいるのか。
善意だけで人を救おうとするには、この世はあまりにも恐ろしい。
私、ロカ女伯爵ナタリエは弱冠一六にして、それを身をもって学んでしまったのだった。




