喫茶店の占い師と王家のショコラ
私は悩み抜いた。
家の弁護士にはもちろん、教会にも神殿にも相談に行ったが、やはり国王が決めた国の判断を覆すことは難しいとの回答だった。
そして藁をも掴みたい思いの中、ある人物の存在を思い出したのである。
王都のとある喫茶店に、よく当たると評判の占い師がいると。
最近になって話題になった女性で、名をハスミンという。
学園から王宮へ向かう大通りにあるレンガ作りの喫茶店の、一番奥の目立たない席に、彼女はいた。
ここは、母が亡くなる前は私もたまに友人たちと訪れていた店だ。最近は忙しくて全然来れていなかった。
……そもそも家の中が大混乱中で学園にも通学できていないくらいなのだ。
今の陛下がどうかは存じないが、陛下のご親戚の大公令息や、ご友人の、美貌で有名な若き伯爵が学園生時代によく通っていたと知られている。
王都の有名ショコラティエが引退後に、庶民も貴族も気楽に通える店として作られているから、店内の客層は幅広い。
ハスミンは純金を溶かしたような美しい金髪と、鮮やかな水色の瞳を持つ華奢な美女だった。身体に沿った黒いドレスがよく似合っている。
占い師と聞いて想像していた、薄暗い部屋で水晶玉を覗き込む老婆とはまるで違う。年は二十代前半に見える。
初めて店内で会ったとき、彼女はこの店の名物の大きなチョコレートケーキを美味しそうに頬張っていた。
「んんっ、ここのケーキはやはり絶品……! おっと、いらっしゃい。占いをご所望? ……あら、ずいぶんと難しい顔をしているのね」
ハスミンは口の中のケーキを大きな焼き物のマグカップのコーヒーで飲み込んだ後、カラッとした笑顔で私を椅子に勧めた。
そう、ここは飲み物もスイーツも大きめサイズの店なのだ。だから友人たちとゆっくりおしゃべりするには最適だった。
私は焦る気持ちのまま、挨拶もそこそこに事情を説明した。
父の婚外子を引き取ったこと。
その娘が父を殺害したこと。極刑が決まったにもかかわらず、隣国の公爵夫人の娘だと判明して恩赦が与えられたこと。
――そして、どうしても納得できないこと。
ハスミンの周りの席には幸い客がいなくて、聞き耳を立てられることもなく、私は思いの丈を吐き出すことができた。
ハスミンは最後まで黙って聞いていた。
やがて、鮮やかな水色の目を細める。
「なるほどねえ。見たわよ、その事件の記事。新聞で。そりゃあ、腹も立つでしょうよ」
「……はい」
「でもね、お嬢さん。あなた、その娘を手放した方がいいわ」
「手放す……?」
「そう。災厄の中心を抱え込むことはない。他国のお偉いさんが引き取ると言うなら、送り出してやると良いわ」
私は目を見開いた。
「ですが、あの娘は父を殺したのですよ!?」
「ええ。だからこそよ」
ハスミンはきっぱり言った。
「あなたのお父様は、その娘を助けようとして命を落とした。あなたまで、その娘に人生を振り回される必要があるの?」
「……それは」
「国が恩赦を決めたのなら、もうあなたができることはないでしょう。だったら、その娘を引き取るという人に任せてしまいなさい」
あまりにも、あっさりとした言葉だった。
「でも、それでは父が浮かばれません」
「そうかしら?」
ハスミンは首を傾げた。
「あなたのお父様が望んでいたのは、あの娘の処刑? それとも、あなたが幸せに生きること?」
私は答えられなかった。
父は、私を愛してくれていた。
母が亡くなった後も、私が立派な女伯爵になれるよう支えてくれていた。
あの優しい父が、……私に、……復讐のための人生を送ってほしいと願うだろうか。
「……そう、ですよね」
私は深く息を吐いた。ギリギリ理性が優ったのだ。
「先生の仰る通りにいたします」
「そう。それがいいわ。あと別に先生とか呼ばなくていいから。ハスミンさんとお呼びになって」
ハスミンは満足そうに笑った。
「大丈夫。あなたはもう、自分の人生を取り戻しかけているわ」
その言葉には背中を支えられるような頼もしさがあった。
噂に聞いていた通り、事情通で、ついいろいろなことを話してしまう女性だった。なかなかの聞き上手だ。
一通り話し終わったあと、彼女への報酬は銀貨二枚。私はさらに、彼女のチョコレートケーキとコーヒー代を支払った。
……まあ、私も久し振りに食べたくなって、自分の注文分と一緒に支払ったのだけども。
「あら? そういえばお話を伺っただけで、占いやってないわねえ~?」
「あっ、そうですね!?」
二杯目のコーヒーを注文し終わったところで、ハスミンがうっかりしてたと笑い、私も笑ってしまった。
会話はまだ二十分も経っていなかったが、私の胸の内はだいぶ軽くなっていた。
「いいえ、あなたとの会話で随分と私、自分の中が整理できました」
「そう? まあお時間あるなら、コーヒー飲みながらおしゃべりしましょ? ユーグレン陛下の恋バナとかネタは豊富よ~?」
「……それ、詳しく」
今回の件がなければ憧れたままだったはずの陛下の噂話を大量に仕入れて、粉々になった憧れは少しだけ戻った。
「陛下の貴族殺しの娘への判断、少し様子を見たほうがいいわ。この国の王族って特殊な眼力を持ってるから、ああ見えて隣国への身柄引き渡しには何かあるわよ」
言われて、私はハッとした。
そうだ。この国の王族は勇者の末裔で、血筋にある種の看破力を持っている。なぜ忘れていたのか。
「……そうでした。処刑は王族の方が罪人を精査するのに。刑を執行しなかったということは……あの娘に陛下が何かを読み取ったということで……」
中サイズのビアジョッキ並に大きなマグカップでコーヒが来た。このサイズがこの店の名物である。今日のマスターおすすめの深煎りコーヒーだ。
そのなみなみと注がれたコーヒーの水面を見つめながら、私は呟いた。
「……この後、帰ったら陛下に詫びの手紙を書きますわ。当主とはいえ、私のような若輩者が陛下にご無礼を申し上げてしまった……」
「そうね。無礼とかじゃ全然ないと思うけど、明日の朝イチで届くよう手配すると良いわね。印象が良くなると思うわ」
帰宅後、その通りに手紙を書いて王宮へ届けた。
すると翌週、ユーグレン国王陛下から、災難を労う丁重な直筆の手紙と見舞金の金貨の大袋、それに王家御用達ショコラトリーのショコラ詰め合わせ五段セットが贈られてきた。
「な、ナタリエ様。これはあの、ガスター菓子店の……っ」
「ええ。王家最大級の謝意だわ」
慄く家令に私も身体が震えた。
このショコラを王家から頂戴すると、その者や家の格が上がると言われている。
しかも最大の五段重ね。ショコラトリーで販売されているすべてのショコラと、このセット限定の一段を加えたレジェンド級のお品である。
私はショコラを母と父の墓前に備えた後、自分の分を一段分だけ残して、キアラの件で苦労をかけた家臣や使用人たちに下賜した。
王族、それも当代国王からこのショコラを下賜された意味は重い。
私も含め、家門一同の王家への忠誠心が見事に刷新され、強まったことは言うまでもなかった。




