納得がいかない
その後の裁判は長いものになった。
キアラもダミアノもまだ未成年のため、裁判所が調査に時間をかけたためだ。
だが証人の証言と馬車の調査結果、二人の密会の記録、さらには関係者への尋問によって、犯行の全容が明らかになった。
ダミアノとキアラは、間違いなく父ミゲルの殺害を共謀していた。
馬車の細工についても、二人の関与が認定された。
そして二人には有罪判決が下された。
殺人幇助のダミアノは収監の後、厳しい男性修道院で五年間の貴族紳士の再教育を受け、奉仕活動を行うこと。
これは当然ながらしでかしたことを考えると甘い判決だが、それは彼が高位貴族の子息だからだ。
ダミアノと私との婚約は当然ながら正式に破棄された。
侯爵家は彼を廃籍し、今後一切の庇護を与えないと宣言した。
両家の事業提携については、侯爵夫妻が誠意をもって対応してくれたおかげで、必要な契約の整理を進めることができた。
一方、キアラは平民の身で貴族を故意に殺害した罪により、極刑を言い渡された。これは未成年への判決としては最も重い。
馬車の車輪や金具に仕掛けを施したのがキアラ本人だと知って、私は目眩を感じた。
キアラは「馬車に悪戯してお父様がちょっと怪我すればいいなって。そしたら怪我が治るまでは私も修道院に行かなくて済むと思ったの」と泣きもせず当たり前のように供述して、傍聴席を戦慄させた。
恐らく彼女には人間としての何か大切なものが欠落している。そう思ったのは私だけではないだろう。
……私は極刑の判決を聞いても、喜ぶことはできなかった。
父は帰ってこない。
母も、父も。私を愛し、育ててくれた両親は、もうこの世にいなくなってしまった。
ただ、これでようやく終わる。
そう思っていた。
……ところが。
キアラという娘は、最後の最後まで、私の予想を裏切ってくれたのである。
処刑の日程が決まろうとしていた頃、隣国から一通の書状が届いた。
差出人は、シラーニ公爵ギド。
隣国でも指折りの大貴族であり、王家とも深い縁を持つ人物だった。
その書状には、信じられないことが記されていた。
『我が妻パオラの実娘キアラについて、身柄の引き渡しを求める』
……はい?
パオラ? キアラの実母の?
私は何度も書状を読み返した。
どうやら、かつて他国へ出稼ぎに行ったパオラは、その地で老齢のシラーニ公爵に見初められ、最近になって後妻として迎えられていたらしい。
彼女は平民だが、父の同級生だった。王都にある王族や貴族、平民の区別のない最高の高等学園の卒業生だったから、他国でもじゅうぶんな報酬の職に就けていたようなのだ。
公爵閣下に身染められるほどだから、よほどの高度人材だったと見える。
しかも、このパオラ、数年前から故郷との連絡が途絶えていたため、娘キアラの境遇を知らなかったという。
今回、再婚にあたって娘の存在を夫に打ち明けたところ、シラーニ公爵は妻の実娘を引き取ることを了承したそうだ。
そこで改めて公爵がキアラを調査したところ、実父殺害と極刑判決を知り、慌てて我が国の王家へ引き取りの申し出をしてきたと。
……何ということだ。
私は頭を抱えた。よりにもよって、隣国の公爵夫人の娘。しかも、夫君は王家とも縁の深い大貴族である。
我が国で犯罪を犯した平民とはいえ、隣国の公爵夫人の実子を処刑するとなれば、外交問題に発展しかねない。
もちろん、他国の貴族の縁者だからといって、我が国の法律が適用されなくなるわけではない。
だが、国家間の関係は法律だけで片づくものではなかった。
王宮では協議が重ねられ、最終的に、近年代替わりしたばかりの若き国王陛下の判断でキアラに特別恩赦が与えられることになった。
刑の執行を免除し、公爵家からの多額の保釈金と引き換えに、隣国へ身柄を引き渡すというのである。
「納得できません!」
私は王宮で声を上げた。
「キアラは実の父親を殺害したのです! しかも、その父は我が国の貴族で、伯爵たるわたくしの父! それなのに、他国の公爵夫人の娘になったからといって、罪を免れるなど!」
呼び出された私は、王宮で国王を始め、宰相や重臣たちの並ぶ会議室で声の限り叫んだ。
王宮の高官たちは私の訴えを理解してくれたのだが、国王陛下の結論は変わらなかった。
この国では王族のみが持つ黒髪と黒い目で、まだ二十代半ばの若きユーグレン国王が私を苦渋の表情で見つめた。
優秀で背も高く、端正な顔立ちの陛下は私たち世代の女子には人気の方だったが、さすがに今回の件で私の中にあった憧れは木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ロカ女伯爵。そなたの心情はもっともだ。この私も特例適応とはいえ道理を曲げることは身を切られるより辛い。――だが、国としては隣国との関係を無視することはできぬ。相手方の公爵はロカ伯爵家に賠償の用意があるそうだ。王家からも見舞金を出す。……済まないがそれで手打ちとしてほしい」
……わかっている。理屈は、わかっているのだ。
しかし、感情が納得しない。
私は興奮で両手の拳を握り締め、今にも陛下を怒鳴りつけ、暴れそうな自分を必死で押さえつけていた。
今ここにキアラがいたら、この手で打ちつけて殺しかねないほど荒れ狂っていた。
「御意、にございます。……気分が優れず、御前を失礼いたしとう、存じます」
歯軋りを抑えながら、何とかそれだけを言って、許可を得て私は王宮の会議室を辞した。
伯爵家では家令も、侍女たちも、父を慕っていた使用人たちも、皆私と同じ思いだった。
親しい友人たちも憤ってくれて、王家にキアラ引き渡しを撤回するよう陳情書を出してくれた家もある。
それでも、ユーグレン国王陛下の決定を覆すことはできなかった。




