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運命婚 白馬の王子様はヤクザ?  作者: トモサン


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7/16

運命婚 白馬の王子様はヤクザ? 7



 私は、最初、その男の来訪に気付かなかった…


 いや、


 私だけではない…


 店長の葉山も、同時にシフトに入った当麻も気付かなかった…


 いや、


 それを言えば、その男がやって来た時に、同時に同じ時刻に、同じコンビニにいたお客様も、誰一人、その男の正体に気付かなかった…


 その男は、有名人…


 日本を代表する、著名な政治家だった…


 にもかかわらず、誰も気付かなかった(笑)…


 別に、身長が低いわけでも、顔が悪いわけでも、なんでもなかった…


 あえて、言えば、平凡…


 平凡の極みだった…


 大勢の中に、埋没する人物だった…


 要するに、華がないのだ…


 身長は、おそらく175㎝くらい…


 いかにも高級そうな仕立てのいい、黒のスーツをビシッと着こなしている…


 だが、失礼ながら、どこにでもいる、普通のサラリーマンにしか、見えなかった…


 その男は、ボディガードに囲まれることもなければ、秘書を伴うこともなく、一人で、私のバイトするコンビニにやって来た…


 日本を代表する、政治家の一人であるにも、かかわらず、一人で、私のバイトするコンビニにやって来た…


 そして、私のバイトするコンビニに入るなり、ぐるりと、店内を見回した…


 まるで、なにかを探している様子だった…


 ただ、何度も言うように、その男には、華がなかった…


 だから、同時に店に居合わせた、お客様も、誰一人、彼の存在に気付かなかった…


 いや、


 気にも留めなかったというのが、正しい…


 私もまた、その一人だった…


 私は、コンビニの商品の品出しに忙しく、商品を持って、店の中を右往左往するが如く、動き回っていた…


 そして、そんな私に、その男が、ツカツカと歩いて、近付いてきた…


 「…つかぬことを伺いますが…」


 その男は、紳士らしく、丁寧な口調で、私に話しかけた…


 だが、私は忙しかった…


 だから、その男を一瞥して、


 「…トイレなら、あちらです…」


 と、声をかけた…


 「…ト…トイレ?…」


 私の言葉に、男は、絶句した…


 「…いえ、トイレじゃありません…」


 その男は、どこまでも、丁寧に、話しかけた…


 「…トイレじゃない?…」


 その言葉で、私は、あらためて、そのお客様を振り返った…


 そして、失礼ながら、ジロジロとぶしつけに、相手の顔を見た…


 その第一印象は、私の知らない人物だということだった…


 が、


 相手は、真逆に私を知っていたらしい…


 「…竹下さんですね?…」


 直球で、私に聞いた…


 私は、驚いた…


 当然だ…


 まったく、見ず知らずの他人…


 今初めて、会った人物に、いきなり、自分の名前を言われて、驚かない人間は、いないに決まっている…


 私は、どう言っていいか、わからず、唖然として、黙って、その男を見た…


 だが、男の方は、と言うと、


 「…ウチの娘にそっくりだと聞いていたので、すぐにわかりました…」


 と言って、破顔一笑した…


 「…娘さんに?…」


 私は、おそらく、間の抜けた顔で、オウム返しに、相手の言葉を繰り返した…


 …一体、誰だろう?…


 私は、考える…


 が、相手の正体を探る間もなく、


 「…いきなり、驚かせて、スイマセン…私は、こういう者です…」


 と、見るからに仕立てのいい、スーツの内ポケットから、名刺を取り出して、私に渡した…


 私は、当然のことながら、差し出された名刺を両手で、受け取り、そこに書かれていた名前を見た…


 そこには、


…衆議院議員、大場小太郎…


と、書かれていた…


大場小太郎…


大場の父親?…


真っ先に、脳裏に、大場の顔が浮かんだ…


そして、今、この大場小太郎代議士が言った、


「…ウチの娘にそっくり…」


という言葉が、身に染みてわかった…


たしかに、あの大場の父親なら、すぐに私に気付くに決まっている…


私も大場も、顔が、似ている…


いや、


顔だけではない…


身長もほぼ同じ…


年齢も同じ…


違うのは、学歴と、生まれだけだ…


そして、今さらながら、


…どうして、いきなり、大場の父親が、私に会いにやって来たのだろう?…


と、思った…


同時に気付いた…


大場小太郎代議士の自宅襲撃事件…


おそらくは、稲葉五郎が、大場代議士の自宅のシャッターに、拳銃を発砲した事件に関係があるのでは?


と、気付いた…


だが、なぜ、私に会いにやって来たのか?


疑問が湧いた…


たしかに、目の前の大場小太郎代議士と、稲葉五郎の襲撃事件と、関連付けるのは、わかる…


簡単だ…


しかしながら、だから、私に会いにやって来たと考えるのは、早計というか…


繋がらない…


…一体、なぜ?…


答えは、すぐに、閃いた…


この大場小太郎代議士も、おそらく古賀会長の探していた娘と、私を誤解しているのだ…


きっと、そうに、決まっている…


私は、気付いた…


だから、私に利用価値があると、思ってやって来たに、決まっている…


そして、大場のことを、思い出した…


あの日、私は、この大場小太郎代議士の娘の、あっちゃんに頼まれ、高雄悠(ゆう)と、連絡を取るべく、稲葉一家のある、あの場所を訪れた…


あっちゃんから、


「…高雄悠(ゆう)さんは、竹下さんのことなら、何でも聞く…」


と、持ち上げられて、私は、あの稲葉一家のある、街に出向いた…


そして、その結果は、ご覧の通り…


おそらくは、私を稲葉五郎の元へ、向かわせる、あっちゃんと、高雄悠(ゆう)が、組んだ策略だったに決まっている…


私を稲葉五郎に接触させることで、自分の父親である、高雄組組長との仲を緊張関係に持ってゆこうとする策略だったに決まっている…


現にその証拠に、あの後、あっちゃんから、連絡はなかった…


要するに、あっちゃんこと、大場にとっては、私を動かす目的は、果たしたと見るべきだ…


大場にとっては、私を稲葉五郎に接触させることで、高雄の父である、高雄組組長と、緊張関係を作り出し、山田会の次期会長を巡る争いを活発化させる…


それで、週刊誌にすっぱ抜かれた、自分の父親と、稲葉五郎の関係から、世間の目をそらせる狙いが、まんまと、当たったと見るべきだろう…


結果的に、稲葉五郎は、高雄の父親の勢力と、睨み合った…


稲葉五郎と、高雄組組長の双方に属する組織の末端の組員が、いざこざを起こすことで、双方に緊張感をもたらした…


それで、山田会の次期会長を巡る内紛が、白日の下に晒され、世間に知られることになった…


だから、内紛が表面化したことで、週刊誌にスクープされた稲葉五郎と、大場小太郎代議士の関係がすっ飛んだ…


それ以上、インパクトのある、話題が、表面化したからだ…


と、ここまで、考えて気付いたことがある…


そのストーリーというか、その絵を描いたのは、大場の娘ではなく、眼前の大場の父親である、大場小太郎代議士であるということだ…


そして、もう一つ…


たった今、気付いたのだが、稲葉五郎は、高雄の父親の勢力といざこざを起こした…


稲葉五郎は、おそらく、この大場小太郎代議士に警告する意味で、大場小太郎代議士の自宅に発砲し、それを隠すと言うか、世間に大げさに報道されないために、敵対する高雄の父親の勢力と、いざこざを起こしたわけだが、それは、この大場小太郎代議士にとっても、願ったり叶ったりというか…


要するに、山田会の内紛が世間にクローズアップされることで、自分の稲葉五郎との関係が、小さく扱われることになった…


だだ、だとすると、これは、最初から、大場小太郎代議士が狙ってやったことなのだろうか?


それとは、知らずに、稲葉五郎が、踊らされたというか、大場小太郎代議士の目論見通りに動いたということだろうか?


あるいは、


稲葉五郎は、それがわかっていて、大場小太郎代議士の目論見通りに動いたのだろうか?


謎が残る…


私は、あらためて、その疑問に気付いた…


わずか、数秒、


あるいは、


数十秒だが、そのことに気付いた…


そして、そんなことを考えながら、目の前の、大場小太郎代議士を見た…


次期総理総裁候の呼び声も高い、大場の父親、大場小太郎代議士を見た…


私のぶしつけなまでに、あからさまな視線に、大場代議士は、ニコニコと笑っていた…


私はかえって、その笑いが、不思議と言うか、不気味だった…


だから、私は、つい、相手が私など、普段なら、到底話すことなどない大物代議士であることも忘れて、


「…なにが、おかしいんですか?…」


と、訊いてしまった…


ホントなら、無礼極まりない…


失礼極まりない話だ…


だが、目の前の大物代議士は、私の無礼な態度を気にすることもなかった…


それが、大物の大物たる所以(ゆえん)かもしれない…


「…失礼…あまりにも、娘に似ているもので…」


大場代議士は、笑って、そう答えた…


無難…


実に、無難な答えだった…


「…ご不快に感じたのならば、この通り、謝ります…」


そう言って、ペコリと私に向かって、頭を下げた…


私は、驚いた…


まさか、日本を代表する政治家が、私に頭を下げるとは、思わなかったのだ…


私は、文字通り、圧倒された…


大場小太郎代議士に圧倒された…


私は、ビックリして、言葉もなかった…


ただただ、唖然とした。


それから、すぐに我に返った…


「…やめてください…頭を上げて下さい…」


私は言った…


私は、私の父親と同世代の年齢の大人に頭を下げられたことは、初めて…


これまで、一度もなかった…


まして、相手は、有名政治家…


次期総理総裁候補に取りざたされる、大物政治家だ…


そんな人間に、頭を下げられたのだから、どうして、いいか、わからなかった…


が、


大場小太郎は、それでも、頭を上げなかった…


だから、私は、


「…お願いします…頭を上げて下さい…」


と、懇願した…


そんな私の声で、ようやく、大場代議士は、頭を上げた…


「…失礼…お嬢さんを困らせるつもりはありませんでした…」


大場代議士は、頭を上げて言った…


「…ですが、お嬢さんに叱られると、娘に叱られてる気持ちになって…」


大場代議士は、苦笑する。


「…娘そっくりなお嬢さんに嫌われたくはありません…この世の中で、娘に嫌われるのは、どんな父親も、もっとも、嫌う事態です…」


私は、大場代議士の言葉に、どう返答していいか、わからなかったので、


「…」


と、黙っていた…


「…父親にとって、娘は永遠の恋人です…しかも、永遠に縁の切れない、唯一無二の恋人です…」


大場代議士が力を込めた…


私は、唖然とした。


たしかに、大場代議士の言うことはわかる…


しかし、それを、私の前で、力説するとは?


私と大場は、顔が似ているから、この大場代議士の言うことは、わかるが、それを、私の前で、力説されても…


私は、戸惑った…


そして、気付いた…


これは、選挙だ!


選挙の影響だ!


選挙では、どうしても、わかりやすく、大げさな言葉が、受けやすい…


大衆の支持を受けやすい…


その影響だ…


それが、癖になっているというか、習慣になっているに違いない…


私は、そう思った…


そして、それに気付いた私は、どうしても、視線が冷ややかになった…


眼前の有名政治家を前にしても、冷ややかな視線になった…


もっとも、これは、この眼前の大場小太郎代議士に、威厳のないことも大きい…


失礼ながら、総理総裁候補に、毎度、名前が挙がっているにもかかわらず、威厳がまるでない(笑)…


この店にやって来たときにも、誰もその存在に気付かなかった…


つまり、それほど、存在感がないのだ(笑)…

 

 身長もそれなりにあり、顔も悪くない…


 なにより、仕立てのいい、スーツをバリッと着こなしている…


 つまり、欠点はなにもないのだが、なぜか、存在感が、まるでなかった…


 要するに、華がないのだ…


 女で言えば、よく見れば、美人というタイプ…


 一見すると、地味だが、よく見れば、目鼻立ちが、よく整っていて、悪くはない…


 しかし、地味…


 どこに行っても、目立つことない…


 そんなタイプだった…


 だからだろう…


 今言った、大げさな言葉が似合わない…


 選挙の言葉は、舞台に似ている…


 役者が舞台の上で、大げさなセリフを言うのに、似ている…


 そして、舞台に立つ人間は、基本的に、派手な人間が似合う…


 舞台は、非日常…


 日常ではない…


 だから、普段、使わない大げさなセリフを口にする…


 そして、それを口にするのは、目立つ人間…


 ずばり、華がある人間に限る…


 つまり、華がない、大場代議士が、大げさな言葉を口にしても、似合わない…


 女で言えば、例え美人でも、地味な女が、派手な衣装を着て、現れるようなものだ…


 私は、そう思った…


 そう思って、眼前の大場小太郎代議士を見た…


 地味で、存在感の薄い、大場代議士を見た…


 すると、大場代議士もまた、私をぶしつけに、ジロジロと見ていることに気付いた…


 互いが、父娘ほど、歳が離れているにもかかわらず、遠慮なく相手を観察していた…


 まるで、お見合いのようだった(笑)…


 初対面にもかかわらず、互いが、どんな人間か、探っているような感じだった…



 「…ふーむ…面白い…」


 大場代議士が口にする。


 「…面白い?…」


 私は、つい問い返した…


 いかに、有名な政治家とはいえ、初対面の人間に、面と向かって、面白いと、言われるとは、思わなかった…


 失礼、極まりない…


 無礼、極まりない…


 「…なにが、面白いんですか?…」


 私は、つい、言ってしまった…


 口に出して、しまった…


 言っては、いけないと思いつつも、つい言ってしまった…


 が、


 目の前の大場代議士は、私の怒りにすぐに、気付いたらしい…


 当然だ…


 「…これは、申し訳ありません…」


 大場代議士は、またも、私に、頭を下げた…


 「…お嬢さんが、あまりにも、ウチの娘に似ているので、つい…」


 「…つい、なんですか?…」


 「…つい、笑ってしまいました…だって、面白いでしょう? 自分の娘そっくりのお嬢さんが、目の前に現れるなんて…」


 大場代議士が、説明する…


 私は、たしかに、大場代議士の説明が、わかった…


 理解できた…


 納得できたといっていい…


 私もそうだが、もし、この大場代議士の立場で、自分の娘そっくりの、赤の他人を見つけたら、最初は、驚くかもしれないが、次に、笑ってしまう可能性も高い…


 言葉では、うまく説明できないが、なんだか、面白いのだ…


 世の中に、こんなに似ている人間が、いるものなのかと、面白くなってくる…


 私は、そう思った…


 そして、そう思っていると、


 「…あの…申し訳ありませんが、この竹下は、仕事中なもので…」


 と、店長の葉山が、声をかけた…


 どうやら、私と、大場代議士のやりとりを、さっきから、見ていたらしい…


 当たり前だが、ここは、コンビニの店内…


 さして、広くはない…


 その店内で、話し合っているのだ…


 店の中にいれば、誰にでもわかる…


 「…個人的なやりとりは、竹下が、バイトが終わってからにしてもらえませんか?…」


 葉山が、言った…


 至極、当たり前のことだった…


 大場代議士は、一瞬、驚いたというよりも、むしろ、不快な表情になった…


 自分を誰だと思ってるんだ!


 衆議院議員、大場小太郎だぞ!


 とでも、言いたげな表情だった…


 傲慢な素顔が、明らかになった…


 だが、それは、一瞬…


 時間にすれば、十秒あるか、ないか…


 すぐに、元の温和な表情に戻った…


 「…それは、失礼…あなたのいうことは、もっともです…でしたら、竹下さん、あなたが、バイトが終わるまで、外で、待ちます…」


 大場代議士が宣言した…


 私は、驚いた。


 だから、つい、


 「…私が、今日、バイトが終わるのは、二時間後です…」


 と、言ってしまった…


 が、そんなことは、大したことではなかったらしい…


 「…二時間後でも、三時間後でも、結構です…なんなら、半日でも、待ちます…私が、一方的に押し掛けたのです…それで、お嬢さんと、話ができるのならば、私はいつまでも、待ちます…」


 大場代議士が宣言する。


 その言葉に、私と、店長の葉山は、思わず、顔を見合わせた…


 「…でも、二時間後ですよ…」


 私は、店長の葉山から、目を離すと、続けた…


 「…大場さんのお父様は、お忙しいんじゃ…」


 「…今日は、大丈夫です…」


 大場代議士が、胸を張って、言った…


 「…すべて、予定は、終了しています…」


 その言葉に、私は、再び、店長の葉山と、目を見合わせた…


 「…外にクルマで待っています…そこで、待ちます…」


 そういうなり、大場代議士は、ツカツカと歩いて、店の外に出て行ってしまった…


 私と、店長の葉山は、唖然として、その後ろ姿を見るばかりだった…


 大場代議士が、店の外に出て行って、すぐに、


 「…あの人、大場小太郎です…総理総裁候補に名前が挙がる…」


 と、店長の葉山に囁いた…


 が、


 葉山は、驚かなかった…


 「…知ってるよ…」


 ぶっきらぼうに、言った…


 「…知ってる?…」


 「…ああ…最初は、気付かなかったけど…少しして、気付いた…」


 …気付いた?…


 私は、驚いた…


 同時に、思った…


 前にも、思ったが、この葉山は、見せかけとは、違う…


 以前、高雄の父、高雄組組長が、店にやって来たときも、すぐに、高雄の父が、堅気ではないことを見抜いた…


 高雄の父は、長身だが、一見すると、サラリーマンにしか見えない印象…


 それを、ヤクザだと即座に見抜いた眼力に驚いたのだ…


 それを、今、思い出した…


 この葉山という男も、ただ者ではない…


 時代劇ではないが、ただ者ではなかった…


 私は、あらためて、この葉山について、考えた…


 が、


 いつまでも、考え続けることは、できなかった…


 「…竹下さん…帰っていいよ…」


 と、突然、葉山が言ったのだ…


 「…帰っていい? …どうして、ですか?…」


 「…どうしてって、大場小太郎を二時間も待たすわけには、いかないだろう…大場小太郎は、次期総理総裁候補にも挙がる、大物議員だ…それを、二時間も外で待たすわけには、いかないだろう…」


 葉山が言う…


 たしかに、葉山の言うことは、わかる…


 正論だ…


 いかに、いきなりやって来たとしても、大物代議士を、2時間も外で、待たせるわけにはいかない…


 でも…


 でも…


 人がいなかった(涙)…


 この店は、正直に言って、売り上げが大したことがない…


 だから、早朝や深夜の時間帯を除いて、大多数の時間帯は、店長の葉山を含め、他のスタッフ2人の3人態勢で、店を回している…


 それが、今、私が抜けると、正直、キツイ…


 3人で、動かしている店を2人で、動かすのは、しんどい…


 だから、葉山の言うことは、わかるが、


 「…ハイ…そうですか?…」


 と、言って、すぐに、店を抜け出すことはできなかった…


 だから、


 「…でも、ひとが…今、私が抜けると…」


 と、つい、口に出してしまった…


 そして、なにげに、店のレジを見た…


 当麻が、一人で、必死になって、レジ打ちに没頭している…


 それを見ると、やはり、今、この状態で、店を抜けるわけにはいかなかった…


 「…店長…私、最後までやります…」


 私は断言した…


 「…大場代議士を待たせるのは、悪いですが、この状態で、店を抜けることはできません…」


 私の言葉というか、勢いに、圧倒されたのか、


 「…竹下さんが、そう言うなら…」


 と、店長の葉山が、渋々言った…


 葉山とて、本音では、この状況で、私に店を抜けられるのは、困るに決まっている…


 だが、外で待つのが、大物…


 次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大物代議士だ…


 「…それに、もしかしたら、2時間も、外で、待つのが嫌で、帰っちゃうかもしれませんよ…」


 私が言うと、葉山は一瞬、ビックリした表情になったが、


 「…それは、あるかも…」


 と、言って、笑った…


 だから、私も、


 「…レジに入って、当麻を手伝います…」


 と、宣言して、その場を離れた…



 そして、その言葉通り、私は、きっかり二時間後に、店を出た…


 店を出て、大場代議士を探した…


 が、


 わからなかった…


 店の駐車場や周辺のクルマを見たが、大場代議士が、乗っていると、思われる、高級車は、一台もなかった…


 あるのは、どこにでもある、軽自動車や、小型車ばかりだった…


 …やはり、帰ったのか?…


 私は、そう思った…


 次期総理総裁候補にも、名前が挙がる大物代議士が、二時間も外で、私を待っているはずがなかった…


 …もしかして、私はからかわれたのかも…


 とっさに思った…


 脳裏をよぎった…


 いくらなんでも、この平凡極まりない竹下クミを二時間も大物代議士が、待っているわけがなかった…


 あのときは、何時間も待っているようなことを、言っていたが、やはり、待つことに、我慢できずに、帰ってしまったに、決まっている…


 今さらながら、そう気付いた…


 我ながら、ドン臭いというか…


 バカ丸出しだった…


 あんな言葉を信じるなんて…


 真に受けるなんて…


 と、そのときだった…


 「…竹下さん…」


 と、ふいに、背後から、声がかかった…


 私が、驚いて、振り返ると、大場代議士が、立っていた…


 …待っていた!…


 その事実に、驚いた…


 本当に、待っていた…


 まさか、次期総理総裁候補に名前が挙がる大物代議士が、二時間も私を待っているとは、思えなかった…


 …ウソッ!…


 とも、思った…


 これは、間違いなく現実なのだが、現実とは、思えなかった…


 同時に、気付いた…


 この大場代議士は、これまで、どこにいたのだろう? ということに、だ…


 今、この周囲にあるクルマを見たが、あるのは、軽や小型車ばかり…


 高級車は一台もない…


 それとも、どこか、ここから少し離れた場所にでも、クルマが止まっているのだろうか?


 私が、つい、そう思って、キョロキョロと、周囲を見渡した…


 すると、当然のことながら、その言動に、大場代議士は気付いた…


 「…どうしました? お嬢さん?…」


 「…クルマ? …クルマはどこにあるんですか?…」


 「…クルマ? クルマはあそこに?…」


 大場代議士が、指差した…


 が、


 そこには、世間に、どこにでもある軽自動車しかなかった…


 「…でも、アレは、軽じゃ?…」


 私はつい言った…


 この大物代議士が、私をからかっていると、思ったのだ…


 「…そう、軽です…でも、あのクルマが、間違いなく私のクルマです…」


 「…ウソッ?…」


 「…ウソじゃありません…日本では、軽自動車が、一番使いいいんです…小さくて、小回りが利いて、扱いやすい…それになにより、どこにでもあって、目立ちにくい…」


 「…目立ちにくい?…」


 「…これでも、少しは、世間で、名の知れた人間です…外見が地味だから、身元がバレる危険はあまりないが、皆無じゃありません…とにかく、私は、目立つのが嫌いです…」


 …目立つのが嫌い?…


 …だが、そう言うわりには、いかにも、高級そうなスーツを着ている…


 …これは、一体、どういうわけだ?…


 私は、疑問を思った…


 大場代議士の発言に矛盾を感じた…


 だから、言った…


 「…矛盾してませんか?…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…その高級そうなスーツと、この軽自動車…目立ちたくないならば、もっと地味な服を着てくるんじゃ…」


 私の言葉に、大場代議士は、笑った…


 「…お嬢さんの言う通りです…でも、服選びがわからない…」


 「…服選びがわからない?…」


 「…今日、お嬢さんに会いに行く…当たり前ですが、普通は、普段着で行きます…すると、どんな服を着ればいいのか、わからない…安っぽ過ぎれば、お嬢さんをバカにした感じになる…高校時代の、女の子との初めてのデートになにを着て行けば、いいのか迷うのと同じです…」


 「…」


 「…だから、いつも、着慣れたスーツで、やって来ました…それに、この軽…たしかに、お嬢さんの言う通り、矛盾してますね…」


 …そう言われれば、反論できなかった…


 だが、ふと、気付いた…


 娘のあっちゃんは、私同様、地味めの顔にもかかわらず、たしか、レンジローバーとか言う、大きなSUVに乗っていたはずだ…


 父娘とはいえ、随分、違うものだ…


 「…どうしました? …お嬢さん?…」


 「…いえ、お嬢さんに、一度、クルマに乗せてもらったんですが、凄く大きく高級そうなクルマだったんで…以外と言うか…」


 「…若いからですよ…」


 あっさりと言った…


 「…どういう意味ですか?…」


 「…娘は、私同様、ルックスが地味です…だから、派手なクルマが似合わない…にもかかわらず、自分に似合わないクルマに乗る…これは若さ以外の何物でもない…」


 「…」


 「…まっ、これは、私も同じでした…今もホントは、こんな高級そうなスーツを着るのは、嫌です…地味めな自分に似合わない…でも、仕事柄、着るしかない…下手をすれば、ピエロですよ…」


 「…ピエロ?…」


 「…つまり、道化師です…それに徹するのは、嫌なものです…」


 私は、あらためて、この大場小太郎代議士を見た…


 やはりというか、自分がよくわかっている…


 自分という人間が、よくわかっている…


 当たり前だが、バカではない…


 次期総理総裁候補に名前が挙がるのは、よくわかった…


 だが、一体、今日は、なにをしに私に会いにやって来たのだろうか?


 それが、謎だった…


 「…今日は、一体、なんのために、私に会いにやって来たんですか?…」


 直球で、訊いた…


 大場代議士は、私の質問に驚かなかった…


 むしろ、その質問は、当然のことのようだった…


 予想できた質問だったからだ…


 「…少し、お時間を頂けますか? 娘そっくりのお嬢さんと、お話ししたいのです…」


 大場代議士は、そう言って笑った…


 ひどく平凡な回答だった…


 誰にも、予想できる回答だった…



 「…では、参りましょう…」


 大場代議士が、宣言する。


 が、


 すぐに、私に向かって、


 「…お嬢さん…おうちの方に連絡しないで、大丈夫ですか?…」


 と、訊いた…


 「…連絡? …どうしてですか?…」


 「私と話せば、どうしても、うちに帰るのが遅れる…ご両親が心配したら、困ります…いや、その前に、お嬢さんが、今日、これから、私に付き合ってくれるのか、聞くのを忘れてました…」


 大場代議士が、照れ臭そうに、笑った…


 私は、なんだか、その笑いを見て、この大場代議士が好きになった…


 照れた顔が、なんだか、可愛いというか、好感を持てるのだ…


 人は誰でも、ちょっとしたことで、そのひとを好きになったり、嫌いになったりする…


 私の場合は、この大場代議士の恥ずかしそうに、照れた笑いが、好感を持てた。


 「…今日、これから、私にお付き合い下さいますか? …お嬢さん?…」


 私は、大場議員の問いかけに、黙って、首を縦に振って、頷いた…


 その私の答えを見て、


 「…ありがとうございます…では…」


 大場代議士は、私を軽自動車に誘った…


 私は、黙って、大場代議士の後をついて、歩いた…



 私は、大場代議士の軽自動車に乗り込んだ…


 正直、著名な代議士が、軽自動車に乗っている事実にも、驚いたが、その軽自動車が、今、流行のNボックスのように、背の高いクルマでないことにも、驚いた…


 だから、失礼ながら、大場代議士の軽自動車に乗り込んだ私は、つい室内を見回してしまった…


 その言動に気付いた、大場代議士が、


 「…どうしました? …お嬢さん?…」


 と、訊いた…


 当たり前のことだ…


 「…いえ、失礼ですけど、この軽、天井が高くないな、と…」


 私の言葉に、


 「…みんな、そう言いますよ…」


 と、大場代議士が笑った…


 「…私は、背の高い軽が好きじゃない…」


 「…好きじゃない? …どうしてですか?…」


 「…いえ、家族が乗るには、背の高い軽の方がいいに決まってます…なにしろ、室内が広い…でも、この軽は、私だけの軽…私専用の軽自動車です…このアルトワークスは…」


 「…アルトワークス?…」


 「…この軽の名前です…このクルマに乗るときは、大抵、私一人です…誰にも邪魔されない私だけの時間です…自分でいうのも、なんですが、私は、一人の時間が、ほとんどありません…だから、他人に邪魔されないというと、語弊がありますが、一人っきりになれる時間が、欲しい…この軽に乗るときは、いつも私一人…自分だけの時間になれるのです…」


 大場代議士が、吐露する…


 たしかに、大場代議士が、次期総理総裁候補…


 大物代議士だ…


 一人になる時間は、眠っている時間ぐらいしか、ないのかもしれない…


 私は、思った…


 「…だから、この助手席に乗った女のひとは、お嬢さんが、初めてです…妻も、娘も、その席にまだ、座ったことはありません…」


 私は、その言葉に、どう返答していいか、わからなかった…


 だから、


 「…」


 と、黙っていた…


 すると、私の返答を待つこともなく、


 「…出発しましょう…」


 と、言って、大場代議士は、アルトワークスを発進させた…



 大場代議士の運転は、うまかった…


 このアルトワークスを、まるで、自分の分身のように、上手に扱う…


 また、なにより、楽しそうだ…


 私は、こんなにも楽しそうにクルマを運転する姿の人間を見たことがなかった…


 そんな私の視線に気付いたのだろう…


 「…どうしました? …お嬢さん?…」


 「…いえ、失礼ですけど、運転する姿がとても楽しそうで…」


 「…そうですか? …お嬢さんに、そう言われるのは、嬉しいですね…」


 「…嬉しい…ですか?…」


 「…それは、そうです…実際、私は、このワークスを運転するときは、無心になれるというか…なにもかも忘れることができます…国会のことも、家族のことも…」


 「…家族もですか?…」


 「…自分一人になれる…このワークスに乗るとき以外で、自分一人になれるのは、トイレと風呂ぐらいものです…」


 大場議員が、苦笑する。


 「…自分で言うのもなんですが、有名議員になったのは、いいが、失ったものも、大きい…とりわけ、一人になれる時間を失ったのは、痛かった…私は、本来一人が好きな性格です…できるなら、作家かなにかになって、一日中、家にこもりっきりの生活をしたかった…それが、私の理想の生活です…」



 「…作家…ですか?…」


 「…そうです…家から一歩も出ず、家族以外の人間と口を利くこともなく、それで、生活できる…私にとっての理想の生活です…」


 「…」


 「…こんなことを言うのは、なんですが、国会議員なんて、世襲が大半でしょう…皆、親の地盤を受け継いで、議員になる…しかも、その多くが、東大や京大など有名大学を出て、頭がいい…そして、頭がいい人間は、ホントは、自分一人で、勉強をするのが、好きな人間です…だから、ホントは、イヤイヤ、議員になった人間も多い…」


 「…イヤイヤ?…」


 「…親が議員なら、その息子や娘の誰かが、親の後を継がなくてはならない…オーナー企業の会社の経営と同じです…家族の誰かが、やらなくてはならない…」


 大場議員が、力を込めた…


 「…私も仕方なく、議員になったクチです…でも、議員になったのならば、適性も何もない…自分に合っているとか、いないとかは、いってられません…がむしゃらに、歯を食いしばって、やるしかない…もっとも、これは、他の議員の方も皆同じです…つくづく嫌な星の元に生まれたと、親を恨んだことも、一度や二度ではありませんよ…」


 そう言って、大場議員は、運転をしながら、ニヤッと私を見て笑った…


 私は、どう返答していいか、わからなかったので、


 「…」


 と、黙っていた…


 「…でも、これは、娘の敦子も同じかもしれない…」


 「…敦子って、あっちゃんのことですか?…」


 「…そうです…敦子も私の娘で生まれて、嫌なこともたくさん、経験してきたに違いない…」


 しんみりと、言う。


 「…でも、国会議員の娘ですよ…」


 つい言ってしまった…


 「…お嬢さん…国会議員も芸能人も皆同じです…」


 「…同じ? どう同じなんですか?…」


 「…要するに、目立つ職業です…親が目立つから、どうしても、その子供も注目を浴びる…それが、嫌な子も多い…私がそうでした…敦子もそうでしょう…」


 「…あっちゃんが?…」


 「…敦子も私同様地味です…外見もそうですが、中身もです…だから、あんなレンジローバーなんて、大きなクルマに乗って、ホントは地味というか、内気な自分を隠したいがために、ヤクザで言えば、虚勢を張っている…いきがっている…」


 「…」


 「…自分も同じだったから、余計に、わかるんです…」


 大場代議士が力を込めた…


 私は、どう言っていいか、わからないので、黙って、大場代議士を見た…


 ハンドルを握る大場代議士を見た…


 「…誰もが、親の呪縛から、逃れることはできない…敦子が、私の娘として、生まれたことは、ラッキーではなくアンラッキーです…」


 「…アンラッキー?…」


 「…目立つことが嫌いな人間に、目立つ位置に生まれるのは、困る…嬉しくない…」


 「…」


 「…ですが、これが親の呪縛です…敦子には、悪いが、自分で乗り越えてもらうしかない…これは、親の遺産ではなく、親の借金です…」


 「…借金?…」


 「…要するに、負の財産ですよ…私もそうでした…お金持ちの家に、生まれたのは、嬉しかったけど、目立つのは、好きじゃない…はっきり言って嫌いでした…でも、どこに行っても、アイツのオヤジは、国会議員の誰々だと言われる…」


 「…」


 「…そうそう…今、話題になってる、山田会の内部抗争…あの一方の当事者の稲葉さんも同じです…」


 …稲葉さん?…


 …稲葉五郎?…


 …まさか、このタイミングで、稲葉五郎の名前が、大場代議士の口から出るとは、思わなかった…


 私は、焦った…


 一体、この大場代議士は、稲葉五郎のことを、どう言うのだろう?…


 私は、黙って、大場代議士の次の言葉を待った…


 「…あの…稲葉さん…」


 大場代議士が続ける…


 「…あの稲葉さんも、こう言っては、失礼ですが、負の遺産です…」


 …負の遺産?…


 …随分、ひどいことを言うな…


 私は、思った…


 私は、大場代議士の次の言葉を待った…


 だが、大場代議士は、それっきり、なにも言わなかった…


 だから、私は、


 「…あの…負の遺産って…」


 と、恐る恐る、訊いた…


 すると、大場代議士は、


 「…簡単ですよ…」


 と、笑った…


 「…政治家がヤクザと交流があるのは、具合が悪いでしょ? …稲葉さんは、亡くなった山田会の古賀会長の側近で、その古賀会長は、うちのオヤジと仲が良くてね…その縁で、今日まで、お付き合いさせて頂きました…」

 

「…」


 「…稲葉さん自身は、私は、好きです…決して、嫌いではない…常に腰は低く、常識がある…顔はごついが、中身は、すこぶる優秀…次期山田会の会長に推されるのも、わかる…」


 「…」


 「…でも、それと、これとは、違う…私が彼との付き合いが明るみになることで、今の地位からはずれることは、困る…」


 大場代議士が言う。


 真剣な表情だった…


 が、一瞬後、ふいに、笑った…


 「…でも、私が、彼の立場ならば、当然、納得はいかないな…それこそ、親父の代から、古賀さんや稲葉さんとは、家族同然に仲の良かった時期もあった…それが、突然、都合が悪くなったから、付き合えなくなったというのは、立場が立場だから、わかるけど、納得ができないものは、あるな…」


 「…」


 「…でも、だからといって、家のシャッターに、発砲されたのも、困るけど…」


 大場代議士が笑う…


 …わかっている…


 この大場代議士は、自分の立場も稲葉五郎の立場もよくわかっている…


 わかっていて、これから、どうすれば、よいか、考えてるに違いない…


 と、同時に、気付いた…


 一体、なぜ、この大場代議士が、私を待っていたのか?


 誘ったのか?


 もしかしたら?


 もしかしたら、稲葉五郎に関係があるのではないだろうか?


 この大場代議士は、私が、古賀会長の探していた娘だと知っている…


 気付いている…


 あるいは、稲葉五郎や高雄の父親同様、誤解している…


 だから、なにか、稲葉五郎との取引に、私が役立つのでは? と考えているのではないか?


 ふと、そう思った…


 それゆえ、今、わざと、私の前で、稲葉五郎の話題を出したのではないか?


 そう思った…


 そう考えれば、今日どうして、私を待っていたのか、納得できる…


 理解できる…


 「…どうしました? …お嬢さん…さっきから、急に黙り込んで…」


 私は、その問いに、どう答えようか、悩んだ…


 まさか、稲葉五郎の話題を出すわけにはいかない…


 だが、だとすれば、なにを言っていいか、わからない…


 「…大丈夫です…お嬢さんに、手を出したりしませんから、ご安心下さい…」


 突然、大場代議士が言った…


 私は、驚いて、ハンドルを握る大場代議士を見た…


 すると、大場代議士が、ニヤリと笑っていた…


 それを見て、すぐに、大場代議士が冗談を言っているのだと、気付いた…


 「…失礼ながら、私とお嬢さんでは、私の方が、失うものが大きい…」


 ポツリと、大場代議士が言った…


 「…どういう意味ですか?…」


 「…仮に、今、これから、私とお嬢さんが、ホテルに入って、男女の関係になり、外に出る…そこに、週刊誌の記者が待ち構えていたとする…」


 「…」


 「…すると、どうなると思います…お嬢さんは、敦子と同年齢ぐらいだから、二十歳は過ぎているので、淫行とはならない…しかし、父娘ほど、歳の離れたお嬢さんと、私が真剣交際していると、世間に説明するのは、無理があります…」


 「…」


 「…となると、どうでしょう? 国会議員は、国民の選挙の結果、選ばれます…仮に、すぐに、辞めずとも、いずれ落選するでしょう…いや、その前に、今、総理総裁候補と、持ち上げられてる、私の地位は、一瞬にして、崩れます…議員を辞職せずとも、議員生命は、ほぼ終わりでしょう…仮に落選して、数年後に、復職しても、二度と、総理総裁候補と呼ばれる地位に就くことはないと、断言できます…」


 大場議員が、笑って説明する。


 「…なにもない人間は、強い…失うものが、なにもない…だから、傍若無人に振る舞える…欲望のままに、行動できる…」


 「…」


 「…稲葉さんも、同じですよ…」


 突然、言った…


 「…稲葉さんも?…」


 「…私が、総理を目指すのと同じ…稲葉さんも、山田会の次期会長の呼び声が高い…そんな稲葉さんが、例えば、未成年の女子と淫行したりすれば、ヤクザ界で、笑われるでしょう…」


 「…笑われる?…」


 「…ヤクザは、議員ではないから、国民の審判は受けない…でも、所属する団体や、業界から、なにを言われるか、わからないでしょう…」


 「…」


 「…稲葉さんは、たしか、50歳…私も、ほぼ同じです…だから、例えば、中学や高校の同窓会があれば、仲間内で、よく娘のような年齢の女のコと、関係ができたなと、いじられたり、羨ましがられたりするでしょう…でも、例えば、会社ならば、そうじゃない…あの年齢で、よく、自分の娘のような若いコに、と思われるでしょう…そして、そこにあるのは、羨望ではなく、失望です…」


 「…失望…」


 「…要するに、単なるスケベオヤジ…」


 そう言って、大場議員が笑った…


 「…ホントならば、ざっくり言うと、個人の嗜好と、仕事は違うと思う…」


 「…どういうことですか?…」


 「…わかりやすく言うと、女好きであることと、仕事ができることは、違う…有名会社の社長が、女好きであっても、業績を上げられれば、問題ないと思う…自分の立場を利用したセクハラでないならば…」


 「…」


 「…でも、実際は叩かれる…先ほどの稲葉さんの例に戻れば、ヤクザ界の人望を失う危険もある…稲葉さんは、クレバーな方だから、そんな危険は冒さないが…」


 大場の話は、切りがなかった…


 と、同時に、大場の狙いが、なんとなくわかってきた…


 つまりは、ひとつには、私に、大場代議士が変な下心がないことを伝えていること…


 そして、もう一つは、稲葉五郎との関係だ…


 自分と稲葉五郎の関係を私にアピールしているとも、取れる…


 だが、本当の狙いはわからない…


 大場代議士がハンドルを握るアルトワークスが、闇の中を疾走した…



 …一体、どうして、大場代議士は、こんな話を延々としているのだろう?


 私は、思った…


 と、同時に、なんだか、頭にきた…


 もしかしたら、稲葉五郎の話を、本当は、したかったんだけれども、いきなりそれができないから、自分や、自分の家族のことを、話題にして、それから、さりげなく稲葉五郎の話に持っていきたかったのかもしれない…


 しかし、それにしても話が長い(怒)…


 なんだか、うんざりしてきた…


 そして、それが、私の表情に出たのだろう…


 いや、仮に、表情に出ていたとしても、それを隠す努力もしたくなくなってきた…


 「…なんだか、お嬢さん…退屈なようですね…」


 私は、大場代議士の話に、なんの反応も示さなかった…


 返事もしなければ、顎を振って、頷くこともなかった…


 首を横に振って、否定することもなかった…


 ただ、無言だった…


 黙っていた…


 「…でも、それも、わかります…こんな父親のようなオジサンと話しても、面白くもなんともないでしょう…」


 「…」


 「…でも、一つだけ、言い訳させて下さい…」


 …言い訳?…


 …一体、なんの言い訳だ?…


 私は、思った…

 

 だが、無言だった…


 なにも、言わなかった…


 「…私が、こうして、一方的に話しているのは、お嬢さんに、誤解されたくないからです…」


 「…誤解?…」


 私は、つい、その言葉に反応してしまった…


 「…これは、男女を限らず、誰でもあることですが、自分にその気がないのに、相手が一方的に口説いているのでは? と、誤解することが、多々あります…」


 「…」


 「…私は、それが嫌で…」


 大場代議士が説明する…


 「…実は、私も若い頃に、そんな経験が、何度かあって、それが、大げさに言えば、今でもトラウマになっています…」


 「…トラウマ?…」


 「…ええ…好きな女を口説いて、フラれるなら、わかります…でも、好きでもない女に、アイツに口説かれて、ゾッとしたようなことを、周囲に言い触らされたら、誰でも、嫌なものでしょう…」


 「…でも、失礼ですが、それは、大場さんが、女性にそう思わせる態度を取ったんじゃ…」


 「…いいえ…」


 大場代議士は、首を横に振って、否定した…


 「…単純に誤解です…」


 「…誤解?…」


 「…若い頃に、会社勤めをした経験があって、職場で、すぐに打ち解けた女性がいたんです…誰でも、そうですが、自分の配属された職場を知るには、その職場の人間から、色々、職場の情報を聞くのが手っ取り早い…私もそうでした…」


 「…」


 「…すると、思いがけないことが起きました…」


 「…思いがけないこと?…」


 「…要するに、失礼ながら、私が、情報源と頼っていた女性が、私がその女性を口説いているとか、思ったんですね…」


 「…」


 「…当時は、若いし、私も、職場のことを色々聞こうと、休みの日も、頻繁に、彼女に電話をかけたのだから、ある意味、当然の反応かもしれません…」


 「…」


 「…そのうちに、会社の先輩の男性から、どうして、彼女の家に電話をするんだ? と、問い詰められました…後になって、わかったんですが、その先輩と、彼女は、付き合っていたんですね…彼女としては、私に直接言うのは、嫌だったのでしょう…その先輩に言われて、初めて、自分のした行動が、誤解されているのに、気付きました…」



 「…」


 「…そして、その経験が、今でも、トラウマになっています…好きでもない女性から、口説かれたと思われるのは、はっきり言って、心外です…」


 大場代議士が、声を大にして言った…


 「…男も女も同じですが、好きな相手を口説いて、フラれるのは、仕方がない…でも、好きでもない女に、私は、アイツから口説かれたと思われるのは、我慢できないでしょう…」


 大場代議士が、笑った…


 しかし、それは、怒りを含んだ、笑いだった…


 「…でも、どうしてですか?…」


 「…どうしてって?…」


 「…だって、大場さんは、お父様が、政治家だったのでしょう…だったら?…」


 「…ああ…それですか?…」


 大場議員が笑った…


 「…それは、職場では、秘密だったんです…それを明かせば、周囲の私を見る目が変わる…だから、誰も私を知らない場所で、就職して、世間を知るというか…それが、親父の目的でした…」


 「…」


 「…だから、彼女もひょっとしたら、私が、政治家の跡取り息子だと知っていたら、私に対して、違う態度を取っていた可能性も高い…でも…」


 そこで、大場議員は、口ごもった…


 だから、


 「…でも、なんですか?…」


 と、私は、訊いた…


 「…でも、それは、もっと嫌でしょう…口説かれたと誤解されるのも嫌ですが、私が、国会議員の息子だと知って、近寄って来る女性は、もっと嫌です…」


 …たしかに、大場議員の言う通り…


 …そんな女は願い下げだ…


 「…いずれにしろ、誰もが、誤解されるのは、嫌です…それをされないために、こうして、延々と話しています…」


 「…」


 「…でも、いくら説明しても、わかってくれない女性もいます…ホントは、私のことが好きなんでしょ?…とか、言われて…これは、どうにも、困りました…」


 「…どうしてですか?…」


 「…どうしてって?…」


 「…どうして、大場さんが、いくら説明しても、わからないんですか?…」


 「…私の話を信じないからですよ…」


 大場議員が笑った…


 「…信じない?…」


 「…例えば、さっきの話に戻ると、私は、配属された職場の人間関係とか、色々聞くために、親しくなった女性に頻繁に電話しました…でも、それは、今も言ったように、配属された職場について、知りたいからです…でも、仮にそんな説明をしても、ホントは、私のことを好きで、口説いていたんでしょ? と相手が思えば、いくら言っても、無駄です…」


 「…」


 「…だから、私は、とりあえず、説明します…今、お嬢さんに言ったように…でも、それを信じなければ、仕方がありません…」


 「…」


 「…ただ…」


 と言って、大場代議士は、口をつぐんだ…


 私は、気になって、大場代議士を見た…


 「…ただ、この歳になって思います…いくら、説明しても、それを信じない人間は、一体それまで、どんな生き方をしてきたのだろうということを、です…」


 大場代議士が力を込めた…


 「…さっきの例で挙げれば、失礼ながら、その女性は、美人ではなかった…美人ならば、私が口説いていると誤解しても、いいが、そうではなかった…それが、誤解するというのは、ちょっとありえないというか…」


 「…」


 「…いずれにしろ、議員になって、選挙の関係もあり、色々な人間と、接触することになりましたが、やはりというか、数少ないケースでした…」


 大場議員が総括する…


 そのうちに、クルマが目的地に着いたらしい…


 「…着きました…」


 大場議員が、突然言った…


 「…お嬢さん…降りましょう…」


 大場議員が言うので、私も大場の父親に従って、クルマを降りた…


 そして、そのときに、ふいに、大場の父が、


 「…運命婚…」


 と、呟いた…


 「…運命婚?…」


 思わず、訊いた…


 オウム返しに繰り返した…


 「…私が今の妻と結婚したのは、運命…運命で、決められた結婚…だから、運命婚と、考えます…」


 「…」


 「…妻は、やはり、私と同じく代議士の娘でした…だから、自分勝手に結婚はできない…すべては、親の意向…親が、紹介する相手の中から、選ぶしかない…」


 「…」


 「…無論、恋愛は自由です…ただ、やはり、親の名前はある…変な男と交際するわけにはいかない…そして、その恋愛と結婚は別物…つまりは、恋愛の延長線上に結婚はないということです…」


 「…」


 「…トランプでいえば、親の手の内にあるカードの中から、相手を選ばなければ、ならない…これは辛い…選択肢が限られるからです…」


 「…」


 「…私もこれは、妻と同じです…親の選んだ相手の中から、見合い相手を選び、何度か見合いをして、妻と結婚した…だから、運命婚…」


 「…運命婚?…」


 「…私も妻も代議士の子として生まれ、親の提示した見合い相手の中から、選んで、見合いをして、その見合い相手の中から、相手を選んで、結婚した…代議士の子として、生まれたのも、運命ならば、結婚相手を決めたのも、運命…だから、運命婚…そう思わなければ、私も妻もやってられないというか…」


 「…」


 「…だから、お嬢さんの身にこれから、起きることも、すべて運命と言うか…そう考えれば、肩の力が抜けると言うか…悩まずに済む…」


 大場議員が言った…


 なんだか、実に意味深な言葉だった…


 たしかに、大場議員の言うことは、わかる…


 政治家の息子として生まれ、政治家になる…


 おそらく、最初から、歩むべき道が決められてる…


 だから、本人は、その道を進むしかない…


 他に選択肢はない…


 結婚も就職もすべて決まっている…


 トランプで言えば、親の手の内にあるカードの中から、選ぶしか、選択肢はない…


 そういう人生を歩めば、余計に、運命を感じる…


 運命を信じる…


 あらかじめ、自分の生きる道が、すべて、決められていると、感じてしまう…


 また、そう信じ込まなければ、やっていられないというか…


 この大場の父親のような人生を歩めば、そうなってしまうのも、よくわかる…


 しかし、それを今、どうして、私に言うのだろうか?


 次期総理総裁候補と呼ばれる著名な政治家が、どうして、この平凡極まりない、私、竹下クミに言うのだろうか?


 謎がある…


 が、その謎が解けた…


 いや、解けかけた…


 なぜなら…


 なぜなら、今、これから、入ろうとする店の前に、一人の長身の若い男が立っていた…


 私は、その男に見覚えがあった…


 いや、


 その男に出会って、初めて、この物語が、始まった…


 この竹下クミの人生が始まったといってよい…


 私の人生が始まったといってよい…


 なぜ、そんな大げさな表現をするのか?


 それは、この男に出会ってから、これまで接したことのない人々、


 高雄組組長…


 ヤクザ界のスター、稲葉五郎…


 そして、


 今、いっしょにいる、次期総理総裁候補の呼び声も高い、大場小太郎代議士…


 そんなキラ星のごとく、著名な人間と知り合うことができた…


 政治家とヤクザと、住む世界は、天と地の如く違うが、共に、業界のトップに近い人物…


 まぎれもない、業界のエリート…


 選ばれた人間だ…


 そんな優秀な人間と知り合うことができた…


 そして、そんな人間が、皆、一様に、


 「…お嬢…」


 あるいは、


 「…お嬢さん…」


 と、私を持ち上げてる…


 なぜか、わからないが、持ち上げてる…


 いや、


 わからないではない…


 理由は、わかっている…


 単純に、誤解しているのだ…


 私、竹下クミを、亡くなった山田会の古賀会長の探していた娘と誤解しているのだ…


 それゆえ、優遇する…


 大事にする…


 だが、それは、誤解…


 間違いなく、誤解だ…


 が、それにしても、その誤解の発端と言うか、真っ先に誤解したのは、この男ではなかったのではないのだろうか?


 今、眼前に現れた、高雄組組長の実子、高雄悠(ゆう)ではないのだろうか?


 考える…


 思えば、この高雄悠(ゆう)と、出会ってから、私の運命が始まった…


 この竹下クミの人生が、激変した…


 まるで、大きな音を立てて、動き出した…


 この高雄悠(ゆう)と、会ったのは、わずか、数回、数えるほどだ…


 しかし、


 しかし、この高雄悠(ゆう)との出会いが、私の人生のキーポイントになったのは、明らか…


 まぎれもない、事実だ…


 この高雄悠(ゆう)と、会ってから、私の人生が激変したのだ…


 いや、


 激変しつつあるのだ…


 もし、運命というものがあるならば、まぎれもなく、この高雄悠(ゆう)が、私の運命の人…


 結婚するか、どうかはわからないが、間違いなく、私にとってのキーパーソン…


 私の運命を左右する人物に違いない…


 運命婚…


 さっき、この大場小太郎代議士が、自分と妻との結婚を運命婚と呼んだ…


 あらかじめ、運命によって、決められた結婚…


 そう説明した…


 ならば、私にとっての運命婚は、この高雄悠(ゆう)…


 この竹下クミにとっての、運命の相手は、高雄悠(ゆう)に他ならない…


 私は、そう見た…


 私は、そう睨んだ…


 そして、その運命の男、高雄悠(ゆう)は、その穏やかな風貌に笑みをたたえて、私の数十メートル先に、立っていた…


 図書館や花屋が似合う、おとなしめの男子…


 それが、見せかけであることに、いち早く気付いた私だった…


 にもかかわらず、惹かれている…


 中身は、極悪人かもしれない男に魅了されている…


 そして、これこそが、運命婚…


 この竹下クミの運命の相手に他ならない…


 そう考えて、私は、高雄悠(ゆう)に、向かって、歩き出した…



 私は、黙って、高雄悠(ゆう)に、向かって、進んだ…


 高雄の顔をジッと見つめながら、進んだ…


 まるで、好敵手に再会した感じだった…


 私の人生最大のライバルに再会した感じだった…


 寺沢武一のコブラでいえば、クリスタル・ボーイに再会したようなものだ…


 つまりは、高揚感…


 圧倒的な高揚感があった…


 ずばり、気持ちが高ぶった…


 竹下クミ、22歳…


 これまで、生きてきて、これほどの高揚感を感じたことは、かつてなかった…


 が、


 高雄は、そんなことは、まったくなかったらしい…


 私の姿が、高雄の間近に迫ると、


 「…おや…偶然ですね…」


 と、気安く、私に声をかけた…


 …偶然?…


 …偶然であるものか!…


 なんて、しらじらしい…


 私は、頭にきた…


 しかし、眼前の高雄は、私の怒りなど、どこ吹く風…


 澄ました表情だ…


 …食えない男!…


 とっさに、そう思った…


 すでに、それは、わかっていたが、あらためて、そう思った…


 が、


 私は、怒りを押し殺して、


 「…ホント、偶然ですね…」


 と、返した…


 すると、高雄も、一瞬…わずか、一瞬、たじろいだ様子だったが、


 「…ホント、偶然…」


 と、これも、私に返した…


 この言葉で、私の怒りが倍増した…


 私の内に秘めたマグマが、爆発寸前になった…


 私が、男ならば、いきなり殴りかかっているところだ…


 が、


 私は、女だから、それはできない…


 だから、私は、高雄に殴りかかる代わりに、グッと力強く、拳を握り締めた…


 ありったけの力を込めて、拳を握り締めた…


 とんでもない食わせ者…


 私の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ…


 目の前の、長身の優男…


 まるで、図書館や花屋が似合う、清潔感溢れた、好青年…


 だが、その内側が、ドロドロだ…


 狡猾な男…


 私を、竹下クミを利用しようと、手ぐすね引いている…


 私は、今、それを悟っている…


 この眼前の高雄悠(ゆう)が、顔だけの男…


 善良を装った顔だけの男と、見抜いている…


 だからだろうか?


 最初は、薄ら笑いを浮かべていた、高雄の表情が、少しばかり、強張ったように、見えた…


 余裕を持って、私を見ていた、高雄の表情に焦りが見えたと言っては、言い過ぎだろうか?


 私は、ゆっくりと、高雄に向けて、歩いた…


 そして、やがて、高雄の前で、歩みを止めた…


 しかし、互いに、言葉をかけることは、なかった…


 ただ、黙って、お互いを、睨んだ…


 それは、誰が見ても、最愛の人に再会した感じではなかった…


 まるで、生涯の敵に再会した感じだった…


 それは、また大場小太郎代議士にしても、同じだった…


 「…お二人とも、どうしました?…まるで、生涯の宿敵にでも再会した感じですね…」


 大場代議士が、戸惑うように、言った…


 「…同じような年齢のお二人だから、似合いのカップルだと思ってたんですが…」


 明らかに当惑した感じだった…


 私は、その言葉に怒りを覚えた…


 「…大場さん…このひとに、会わせるために、今日、私を待っていたんですか?…」


 誰が見ても、怒気を含んだ、私の声に、大場は、たじろいだ…


 「…たしかに…今日、私が、お嬢さんを誘ったのは、確かですが、彼に会わせるためではありません…」


 大場代議士が説明する。


 「…では、どうして、高雄さんが、ここにいるんですか?…」


 「…たまたま、彼から連絡があって、それで、今日、この場所ならば、私もお嬢さんに会うつもりだったので、時間が空いていると伝えたんです…それで…」


 私は、大場の父の話を遮るように、


 「…ウソですね…」


 と、断言した…


 「…ウソ?…」


 「…見え透いたウソです…私に彼と会わせるために仕組んだんですね…」


 私の予想外の怒りは、大場代議士にとって、想定外だったようだ…


 「…お嬢さん…ウソではありません…」


 大場が言い訳するように、言った…


 「…ホントのことです…先ほども、お嬢さんに言ったように、いくら私が、ホントだと言っても、その様子では、私の言うことを信じない様子ですね…」


 「…ええ…」


 ハッキリと、私は、断言した…


 私の態度に、大場代議士は、お手上げのようだった…


 どうしていいか、わからないようだった…


 「…私、帰ります…」


 私は、断言した…


 「…帰る?…」


 大場代議士が、驚きの声を上げた…


 「…私は、このひとといっしょにいたくは、ありません…」


 私は、高雄を指さした…


 「…それに、失礼ながら、大場さんも、です…私を騙して、ここに連れてきた大場さんとも、これ以上、ごいっしょしたくありません…」


 私は、断言して、踵を返して、歩き出した…


 はっきり、言って、これ以上、ここにいたくなかった…


 高雄の顔を見たくなかった…


 高雄は、嫌いではない…


 本当は、好きだ…


 惹かれる…


 だが、それ以上に、怖い…


 いわゆる、ヤクザの息子とか、そういうことではなく、高雄自身が、はっきり言って、胡散臭いというか…


 なにを考えているか、わからない…


 そんな怖さがある…


 だから、高雄に惹かれる一方、高雄にこれ以上、近付いては、まずいと、判断する私がいる…


 つまり、感情では、高雄に一歩でも近くに近寄りたいが、理性では、一刻も早く、高雄から逃げ出さなければならないと、思っている…


 うーむ、


 実に悩ましい選択だ(笑)…


 だから、私は、一刻も早く、その場から、立ち去ろうとした…


 グズグズしていると、私の決断が鈍ると言うか…


 高雄に取り込まれる危険がある…


 穏やかなイケメンの高雄に利用される危険がある…


 そう判断したのだ…


 そう考え、歩き出した、私の背中に、


 「…お嬢さん…帰るって、一体、どうやって、帰るんですか?…」


 という、大場代議士の声がした…


 私は立ち止まって、大場代議士を振り返った…


 「…これから、スマホで、タクシーでも呼んで、家に帰ります…」


 私は、宣言した…


 「…タクシーって…」


 大場議員は、絶句する…


 「…それでは、失礼します…」


 私は、大場議員に一礼して、再び、歩き出した…


 暗闇の中、一歩ずつ歩き出す…


 まるで、それは、おおげさに言えば、私の人生のようだった…


 これから始まる、私の人生のようだった…


 が、


 そのときは、まだ、私自身、気付いていなかった…


 と、歩き出した、私の背中に、


 「…お嬢さん…逃げるんですか?…」


 という、高雄の声が響いた…


 「…逃げる?…」


 その言葉に、私は、反応した…


 私は、即座に足を止めて、高雄を振り返った…


 「…逃げるって、どういう意味ですか?…」


 「…それとも、ボクが怖い?…」


 高雄が、ニヤッと笑って言う…


 が、


 それが、私の本心だった…


 それこそが、隠された私の本心だった…


 なにより、高雄自身が、ある意味、不気味だった…


 いわゆる、コワモテのヤクザが、怖いのは、わかる…


 しかしながら、高雄のように、花屋や図書館が似合う、おとなしめの男子が、なにを考えているのか、わからないのは、別の意味で、怖い…


 高雄は、一見、暴力とは、無縁…


 だが、本当は、著名な暴力団の組長の息子…


 それを考えれば、すぐにでも、暴力を行使することができる…


 父の配下のヤクザを使うことができる…


 虫も殺せぬ外観でありながら、その実、誰よりも、暴力に近い存在…


 そんなことを、考えると、私は、怖い…


 高雄悠(ゆう)が、怖い…


 そして、その一方で、だからこそ、高雄に惹かれる…


 まるで、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、高雄に引き寄せられる…


 だから、怖い…


 いわゆる、怖いもの見たさ…


 それが、私の心の根底にある…


 そして、それを今、高雄に見透かされた…


 だから、


 「…怖いって、なにがですか?…」


 と、真逆に、高雄に訊いた…


 開き直ったといっていい…


 ホントは、高雄が怖いから、それを知られたくないから、


 「…なにが、怖いんですか?…」


 と、さらに、言葉を続けた…


 私の恐怖を知られるのが、怖かった…


 高雄に知られるのが、怖かったのだ…


 それが、すべてだった…


 「…ボクが、怖くないのならば、いっしょに、食事を取りましょう…お嬢さん…」


 高雄が言った…


 提案した…


 「…ボクも竹下さんと、再会できて、嬉しいです…」


 高雄が言う…


 事実、その言葉通り、満面に笑みを浮かべている…


 そして、それが、見せかけだけであることは、明らかだった…


 この高雄は、自分が、よくわかっている…


 自分自身を研究しているといっていい…


 自分の魅力がなにで、欠点がなにであるかを熟知している…


 高雄の最大の長所は、その穏やかな虫も殺さぬ顔…


 図書館や花屋が似合う、おとなしめの男子…


 その外観が、相手の警戒心を解かせる…


 本当は、その外観とは、真逆の、ズルい性格であることは、この竹下クミを騙したことからも明らかだ…


 だから、私も、高雄に言い返した…


 「…ホント、今日、高雄さんに、再会できて、私も嬉しかったです…」


 私は、作り笑顔で、応じた…


 「…ですが、私は、高雄さんが、嫌いです…」


 私は、はっきりと、言った…


 「…嫌い? どうして?…」


 「…私を騙したからです…」


 「…ボクが、竹下さんを騙した?…」


 「…ハイ…」


 「…いつ、竹下さんを騙したんですか?…」


 「…最初に会ったときです…」


 「…最初に会ったとき?…」


 「…私が、杉崎実業の内定式の帰りに、高雄さんは、電車の中で、私を待ち伏せて、私と途中下車して、駅のホームで、私に杉崎実業の内定を蹴らないで欲しい、と、頼みました…」


 「…」


 「…覚えていますか?…」


 「…覚えています…」


 「…だったら、そのときに、高雄さんは、私に、どういう話をしたか、覚えていますか?…」


 「…」


 「…覚えていらっしゃらないようでしたら、私が、言います…高雄さんは、こう、おっしゃいました…自分は、狙われていると…」


 「…」


 「…狙われているという、言葉を使ったかどうかは、覚えていませんが、そんなふうな意味で、言われました…具体的には、杉崎実業を食おうとしている、組織があり、私たち、5人の杉崎実業の内定者の中に、その人間がいる…真逆に、こちらが、食おうと狙っている組織の人間もいる…だから、下手をすれば、こちらが食われるかもしれないし、真逆に、こちらが、相手を食うこともできる…」


 「…」


 「…私は、杉崎実業に内定した、5人の話から、それが、高雄組の話だと、推測しました…つまり、高雄さんと、結婚して、うまく高雄組に潜入して、内側から、高雄組に潜入して、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力がある…一方で、高雄さんが、乗っとろうとしている、組織がある…そう考えました…」


 「…」


 「…高雄さんは、あのとき、そんな自分の内情を私に説明して、私に杉崎実業の内定を辞退しないで、もらいたい…自分に力を貸して、欲しいと、私に懇願しました…」


 「…」


 「…だから、私は、杉崎実業の内定を辞退しませんでした…でも、その後、林さんや、大場さんと、接するうちに、なんだか、当初、聞いた話と違う話が出てきました…」


 「…違う話? どう違うんですか?…」


 「…まず…ヤクザはいない…」


 「…」


 「…林さんは、お金持ち…大場さんは、著名な政治家の娘…つまり、誰も、高雄組を乗っ取ろうとしている人間はいない…」


 「…」


 「…これは、おかしいです…」


 「…」


 「…つまり、高雄さんは、私を騙したんです…」


 私は、断言した…


 「…騙した?…」


 「…ハイ…」


 私は、答えた。


 高雄は、私の話に考え込んだ…


 それから、ポツリと、


 「…竹下さんは、そう思ったんだ…」


 と、小さく、呟いた…


 私は、その言葉に、


 「…」


 と、なにも言わなかった…


 黙っていた…


 それは、所詮、高雄の独り言だからだ…


 が、高雄は、その後、


 「…竹下さんは、誤解していますね…誤解している…」


 と、はっきりと、私に向かって言った…


 それは、まるで、私に挑戦しているようにも…


 ケンカを売っているようにも、見えた…


 「…誤解? …なにが、誤解なんですか?…」


 私は、高雄のケンカを買った…


 正面切って、反論した…


 「…まず、ボクは、敵が、ヤクザ組織うんうんは、一言も言っていない…」


 「…」


 「…相手が、どこの誰とも、一言も言っていない…」


 「…」


 「…つまりは、竹下さんの話に根拠はない…ただ…」


 「…ただ、なんですか?…」


 「…一つだけ、当たっています…あの五人の中で、父の高雄組を乗っ取ろうとしている、人間が、混じってました…ボクは、その人間を、もっとも、警戒していました…」


 「…」


 「…その人間は、無邪気を装って、ボクに近付き、ボクの父親の組織を乗っ取ろうとしました…だから、ボクは、父のためにも、その人間から、父を、組織を守らなければならない…」


 …そんな人間が、身近にいたのか?…


 …それは、一体、誰なのだろう?…


 …林?…


 …大場?…


 それとも、


 …柴野?…


 …野口?…


 私は、考える…


 そんな私の様子を見て、高雄が面白そうに、言った…


 「…竹下さん…誰だか、考えているようですね?…」


 「…」


 と、私は、無言だった…


 「…ならば、教えます…それは、竹下クミ…アナタです…」


 高雄は言った…



 …わ…わ・た・し?…


 …高雄組を乗っ取ろうとしているのが、私?…


 …ウソッ?…


 …どうして?…


 …どうして、私なんだ?…


 …どうして、竹下クミなんだ?…


 私は、叫び出したい気持ちだった…


 …どうして、この平凡な竹下クミなんだ?…


 バカじゃないのか!


 ふと、そんな気持ちが脳裏をよぎった…


 かすめた…


 よりによって、私が、高雄組を乗っ取ろうとしているだと?


 冗談にも、ほどがある…


 この平凡な竹下クミに、どうして、高雄組を乗っ取る力がある…


 ヤクザ屋やヤンキーが大の苦手な竹下クミに、どうして、高雄組を乗っ取ることができるというんだ?


 私は、思った…


 私をからかっている?


 もしかして、私をからかっている?


 そう思った…


 そして、気付いた。


 矛盾している…


 なにより、高雄の発言が矛盾している…


 たった今、高雄は、私、竹下クミを警戒していたと言った…


 断言した…


 だったら、なぜ、私に、杉崎実業を辞退しないで、欲しいと、懇願したのか?


 普通ならば、自分が警戒する人間は、自分から、遠ざけるのが、基本だろう?


 誰もが、いつ、裏切るか、わからない相手を手元に置く人間はいない…


 危険な人間を、身近に置く人間はいない…


 そして、


 そして、なにより、一番に思ったこと…


 高雄は、初めて、あの杉崎実業の内定式に集まったときに、


 「…ボクは、皆さんの中の一人と結婚します…」


 と、宣言した…


 アレは、ウソだったのか?


 正直、私も、アレにやられた口だった(涙)…


 高雄悠(ゆう)の持つ、圧倒的な爽やかさ…


 長身で、穏やかなイケメン…


 一目見て、誰もが、信頼でき、そして、好きになる、好青年の口から、

 

 「…ボクは、皆さんの中の一人と結婚します…」


 と、宣言された…


 もしかして、私も、このイケメンと結婚できるかも?


 そう思ったのは、ウソではない…


 私だけではない…


 竹下クミ、22歳…


 決して、ブスではない…


 が、


 かといって、美人でもない…


 あえていえば、そこそこの美人…


 クラスで、20人弱の女のコがいれば、3番目の美人…


 一番や、二番は、誰もが、わかる…


 例え、20人弱の女のコの中でも、誰が、一番きれいか?


かわいいか?


思うのは、皆いっしょだからだ…


ところが、三番目あたりから、少々怪しくなる…


はっきり言って、後は、どんぐりの背比べ…


大差はない(笑)…


だから、悩む…


だから、三番目に、かわいいのは誰?


きれいなのは誰?


と、言われると、後は、個人の好みとなる(笑)…


だから、千差万別…


男も女も、それぞれが、好きなタイプを挙げる…


私は、そんな三番目にかわいい…キレイな女のコだった…


もっといえば、ブスではないが、美人ではない…


少々、かわいいかな?


きれいかな?


と、ひとから思われるレベルの美人?だった…


そんな私が、決して、手の届きそうにないイケメンの高雄から、告白された…


ずばり、コクられた…


もちろん、私だけに対して、言ったわけでない…


私を含めた五人の女に言ったのだ…


だが、人数は5人…


もしかしたら、私も、高雄と結婚できるかもしれない…


五分の一の確率で、結婚できるかもしれない…


そう思った…


はっきりいって、奇跡…


ありえない奇跡だった…


私のルックスで、高雄のようなイケメンと結婚できるなんて?


考えたこともない出来事だった…


そして、もしかしたら、私以外の四人も同じ…


皆、似たような身長に、似たような顔…


五人全員が、似ている…


だから、ホントなら、高雄のようなイケメンと付き合えるわけがない…


結婚できるわけがない…


それが…


つまりは、高雄は、自分のルックスを餌に、私たち五人を釣ろうとしていると、私は、考えた…


しかし、その考えは、間違っていた…


私以外の4人は、皆、お金持ち…


お金持ちの林が、そう断言した…


現に、大場は、次期総理総裁候補の大場小太郎代議士の娘だ…


私以外の四人は、ルックスは、私と同じだが、お金持ちと言う武器を持っている…


私だけ、なにもない…


この竹下クミだけ、なにもないのだ(涙)…


それが…


それが、私を警戒していたなんて…


思ってもいない、高雄の言葉だった…


ありえない言葉だった…


そんな思いでいると、高雄が、


「…さすがに、動揺してますね…」


と、声をかけた。


私は、その言葉が不快だった…


不愉快だった…


「…高雄さん…おかしいんじゃないですか?…」


と、私は、高雄に食ってかかった…


「…おかしい? …なにが、おかしいんですか?…」


「…だって、そうでしょう…高雄さんは、私を警戒していると、言いましたね…」


「…ハイ…」


「…だったら、その警戒している人間を、どうして、身近に置こうとしたんですか? …私は、高雄さんと初めて会った、杉崎実業の内定の後、帰りの電車の中で、悩みました…なぜなら、杉崎実業が、ヤクザのフロント企業じゃないか?と、たしか大場さんが言って、それで、杉崎実業を辞退しようかどうか、悩みました…でも、私は、杉崎実業しか内定はもらえてないし…すでに、今年の就活は、終わっていて、就活をするなら、来年するしかないからです…でも、留年するお金がない…それで、どうしていいか、わからず悩んででいると、高雄さんが、現れ、杉崎実業の内定を辞退しないで欲しいと、私に言いました…だから、私は、今日まで、杉崎実業の内定を辞退しないで、いたんです…」


私は、一気にしゃべった…


まるで、ダムで、一気に放流するが如く、勢いよくしゃべった…


高雄は、そんな私の話を黙って聞いていた…


そして、私が、話し終えると、静かに、


「…竹下さんは、そうだったんだ…」


と、やはり、さっきと同じように、ポツリと呟いた…


 「…やはり、自分がわかってないんだ…」


 と、これも、ポツリと、呟いた…


 付け加えた…


 …自分が、わかってない?…


 高雄のこの言葉に、私は頭にきた…


 怒髪天を突いたといっていい…


 …なにが、自分が、わかってない、だ!…


 …どうして、高雄に、そんなことが言えるんだ!…


 …一体、高雄…アンタは、私のなにを知っていると言うんだ?…


 …著名なヤクザの息子で、お坊ちゃま…


 …ヤクザのフロント企業かもしれないけど、一部上場企業の役員を務める、お金持ちのお坊ちゃまだ…


 …そんな、お坊ちゃまが、私に上から目線で、


 「…やはり、自分がわかってないんだ…」


 と、言われて、猛烈に頭にきた…


 私は、自分がわかっている…


 自分のルックスも、学力も…


 ルックスも、学力も十人並み…


 とりたてて、他人様よりも、劣っているわけではないが、他人様よりも、優れたものも、なにもない…


 それが、なにより、わかっている…


 それを、私よりも、はるかに、ルックスが良く、お金持ちの高雄に、


 「…やはり、自分がわかってないんだ…」


 と、言われて、悔しいことと言ったら、この上なかった…


 いくら、ルックスが良く、お金持ちでも、どうして、私が、そんなふうに、言われなくちゃいけないんだ…


 …どうして、私を下に見るんだ!…


 私は、叫び出したい気持ちだった…


 だから、


 「…高雄さん…どうして、私は、自分がわかってないんですか?…」


 と、高雄に食ってかかった…


 「…私は、自分がわかってます…高雄さんのように、ルックスもよくありませんし、大学も人並み…家も、お金持ちでも何でもありません…でも、だからといって、私が、高雄さんに、下に見られる筋合いはないです…」


 私は、力を込めて言った。


 が、この私の言葉は、高雄にとって、あまりにも、意外だったようだ…


 「…ボクが、上から目線?…」


 予期せぬ言葉だったようだ…


 「…そんなバカな…」


 明らかに、動揺した様子だった…


 私が、言った言葉が、ブーメランといっては、おかしいが、高雄に跳ね返ったようだ…


 最初、私に動揺しましたね、と言った高雄自身が、なぜか、私の言葉に動揺した…


 だが、なぜ、動揺したのか、さっぱりわからない…


 一体、私の言葉のなにが、彼に刺さったのか、わからなかった…


 「…ボクが、竹下さんより、上? ありえない…」


 高雄が呟く…


 「…そんなこと…ありえない…絶対…」


 高雄が繰り返す…


 私は、高雄のその言葉に、今度は、私が動揺した…


 私、竹下クミが、動揺した…


 目の前の、高雄を見ると、明らかに、動揺している…


 そして、それは、演技には見えない…


 なにより、高雄が、自分より、私、竹下クミが、上だと思っている…


 高雄悠(ゆう)よりも、竹下クミが上だと思っている…


 それが、驚きだった…


 どうして、私が、高雄よりも、上なんだ?


 この平凡な竹下クミが、イケメンで、お金持ちの、高雄よりも、上なんだ?


 正直、わけがわからなかった…


 「…竹下さんは、亡くなった古賀会長の直系の血縁者…ヤクザ界の秀吉と言われた、古賀会長の、血を受け継いだ、数少ない、血縁者…その竹下さんよりも、ボクが上なんて…」


 高雄が呟く…


 …私が、古賀会長の血縁者?…


 …ウソォ?…


 …一体、なにを証拠に、そんなバカなことを言っているんだ?…


 …なにを、根拠に、そんなわけのわからないことを言ってるんだ?…


 私は、叫び出したい気持ちだった…


 私は、平凡な家庭の出身…


 何度も言うように、親戚にヤクザは、一人もいない…


 それが、どうして、私が、古賀会長とやらの血縁者なんだ?


 ふざけるのも、たいがいにしろ! と言いたい…


 だから、


 「…高雄さん、ふざけないで下さい…」


 私は、怒鳴った…


 「…どうして、私が、古賀会長の血縁者なんですか? どこに、そんな証拠があるんですか?…」


 と、怒鳴った…


 私の怒鳴り声に、高雄は、ビビったというか…


 「…証拠は…」


 と、小さく、呟いた…


 が、


 それよりも、大きな声で、


 「…古賀さんが、ヤクザ界の秀吉と言われたのは、意味があるんですよ…」


 と、誰かが言った…


 私は、その声の主を振り向いた…


 そこにいたのは、当然のことながら、大場小太郎代議士だった…


 私は、高雄のことが、頭の中に一杯で、そこに、大場小太郎代議士がいたのを、すっかり忘れていた(苦笑)…


 いや、


 それを言えば、失礼ながら、そもそも大場小太郎代議士自体が、存在感が薄かったのも、大きい…


 次期総理総裁候補の筆頭に挙げられる、大場代議士だが、世間の知名度はイマイチ…


 理由は色々あるが、やはり、それは、キャラの薄さというか、存在感が希薄なことが大きい…


 そして、存在感というのは、イケメンだったり、背が高かったりするのとは、全然違う…


 存在感とはなにか? 


 と、問われれば、そこにいることが、すぐにわかる人物…


 要するに、どこにいっても、目立つ人物だ…


 元AKBの前田敦子が、その好例だろう…


 決して、美人ではないし、身長も160㎝と、高くも低くもない…


 だが、


 なぜか、目立つ!…


 どこにいても、目立つ!…


 それこそが、存在感に他ならない…


 残念ながら、大場代議士には、それがない…


 それがないから、私も、近くに大場代議士がいたことを、すっかり忘れていた(笑)…


 次期総理総裁候補と呼ばれる大物代議士なのに、すっかり忘れていた(笑)…


 そして、大場代議士の話を、私は聞いてみたくなった…


 なにより、大場代議士は、亡くなった古賀会長と、一時は家族ぐるみの付き合いをしていたと、さっき、クルマの中で、私に語ったばかりだった…


 だから、古賀会長のことを、よく知っているに違いない…


 だから、


 「…意味って、なんですか?…」


 と、大場代議士に訊いた…


 私が、古賀会長の直系の血縁者なんて、ありもしない与太話よりも、ずっと、興味があった…


 「…古賀さんが、ヤクザ界の秀吉と言われたのは、豊臣秀吉のように、極貧の家庭から、ヤクザ界のトップにのし上がったことが、一つ…そして、もう一つは、子供がいなかったこと…」


 「…子供がいない?…」


 「…豊臣秀吉も晩年になるまで、子供がいなかった…それに例えられたんです…」


 大場代議士が、しんみりと言った…


 「…でも、豊臣秀吉には、秀頼という子供が…」


 私は、言った…


 「…諸説ありますが、秀頼は、秀吉の実子ではないという説も、あります…理由は、色々ありますが、秀頼の母親である、淀殿しか、秀吉の子供を産まなかったというのが、大きい…秀吉は、女好きで知られ、数多くの女性と関係しました…それが、淀殿しか妊娠しないというのは、誰が考えても、おかしいでしょう…」


 やんわりと、大場代議士が、秀頼が秀吉の実子であることを否定する…


 「…それは、ともかく、古賀さんには、子供がなかった…ただ、古賀さんが、豊臣秀吉と違うのは、女好きではなかった…別に、ゲイというか、男が好きというのではなく、普通というか…周りが眉をひそめるような、女遊びはしなかった…それでは、ヤクザ界のトップを務める立場上、周囲の人間に、示しがつかないと考えたのかもしれない…ただ…」


 「…ただ、なんですか?…」


 「…古賀さんは、若い頃に、ある女性と、いっしょに住んでいて、その女性が、古賀さんの子供を産んで…その後、古賀さんと、別れたという話を、よくしていました…おそらく、その子供が、古賀さんの唯一の子供だと…」


 大場代議士が、説明した…



 「…古賀さんの子供? …」


 私は、一瞬、考えた…


 でも、普通に考えて、その子供が、私であるわけはない…


 普通に考えれば、私の両親…父か母のどちらかが、その古賀さんの子供であるはずだ…


 私の父か母のどちらかが、古賀さんの子供?


 私は、考える…


 たしかに、そう考えると、納得する…


 それに…


 それに、たしか、母は、シングルマザーの家庭で、育った…


 だから、私は、母方の祖父を知らない…


 知っているのは、父方だけだ…


 母は、自分の父は、幼いときに、死んだと聞かされて育ったと、言っていた…


 だったら、母の父親が、亡くなった古賀会長なのか?


 私の母方の祖父が、古賀会長なのか?


 私は、考える。


 「…身に覚えがあるようですね…」


 大場小太郎代議士が、私に声をかける…


 「…母…私の母は、たしかに、シングルマザーの祖母に育てられました…」


 私は、言った…


 「…母は、自分の父親の顔を知りません…」


 私は、続ける。


 私の言葉に、大場小太郎代議士が、無言で、頷いた…


 「…ならば、おそらく、竹下さんのお母さんの父親が、古賀さんなのでしょう…」


 大場代議士が答える。


 「…さっきも、言ったように、古賀さんは、死ぬ直前まで、自分の子供のことを、気にしていました…おそらくは、会えないまでも、どこで、どう暮らしているか、知りたかったのでしょう…誰もがそうですが、自分の死が近付くと、これまで、生きていて、やり残したことや、できなかったことを、考える…そして、一番気になるのが、残された肉親です…古賀さんに、仮に、身近に子供がいても、やはり、どこで、暮らしているか、わからない子供のことが、一番気がかりだったでしょう…」


 大場代議士が説明する。


 私は、その説明を聞きながら、考えた…


 たしか、あの稲葉五郎も初めて、私に会ったときに、


 「…亡くなった古賀会長も亡くなる寸前まで、お嬢のことを、気にかけていて…」


 と、言っていた…


 だが、もしかしたら、稲葉五郎が言った、お嬢とは、私の母かもしれない…


 そう思った…


 だとすれば、年齢的に辻褄が合う…


 いや、


 やはり、それでは、おかしい…


 なぜなら、それが本当ならば、稲葉五郎は、真っ先に、私の母親に会いに来るはずだ…


 それが、なぜか、私に会いに来た…


 これは、おかしい…


 怪しい…


 私は、考える…


 いや、


 それだけではない…


 私は、この大場代議士との会話で、今思い出したが、たしか、あの杉崎実業の内定で、私を含め、5人の女のコが、集まったときに、誰かが、この杉崎実業のことを、ヤクザのフロント企業と、呼んだ…


 あれは、たしかに、大場だった…


 この大場小太郎代議士の娘だった…


 すると、あの時点で、すでに、大場は、杉崎実業が、高雄組のフロント企業であることを、知っていたことになる…


 知っていて、わざと知らないフリをしていて、


 「…この杉崎実業が、暴力団のフロント企業だなんて…」


 と、お芝居をしたことになる…


 いや、


 そもそも、それ以前に、この大場代議士と、高雄は、知り合い…


 つまりは、大場の父親と、高雄悠(ゆう)は、知り合いだから、当然、娘の敦子と高雄は、顔見知りの可能性が高い…


 だから、当初から、大場は、お芝居をしていたことになる…


 なにも知らないフリをして、実は、そのすべてを知っていたことになる…


 だが、


 だとすれば、どうか?


 いや、


 そうではない…


 高雄は、私がなにもわかってないと言った…


 つまりは、私が言った、


 「…高雄が、言った、あの5人の中に、高雄組を乗っ取ろうとしている勢力があり、真逆に、高雄組が、乗っ取ろうとしている勢力がある…」


と、いう言葉が、真実かもしれないという事実だ…


 高雄は、私が、杉崎実業に入社することで、高雄組を乗っ取ると考えたに違いない…


 だが、


 だとすれば、どうだ?


 当然のことながら、私に、そんな力はない…


 もし、あるとすれば、私が、亡くなった古賀会長の血筋を引く者として、それを利用して、高雄組を乗っ取る…


 それしかない!


 その方法しかない!


 だが、当然のことながら、それができる者は限られる…


 私の身近な者で、それができる人間と言えば…


 …稲葉五郎…


 とっさに、その名前が浮かんだ…


 そして、それが、真実ならば、それまで、一面識もない私に対して、


 「…お嬢…お嬢…」


 と、私を持ち上げて、いたのは、わかる…


 なにしろ、稲葉五郎は、有力ヤクザで、年齢も私の父親ぐらい…


 にもかかわらず、こっちが、困惑するぐらい、私を持ち上げてる…


 それも、これも、私に利用価値があると、考えれば、当たり前だ…


 だが、だとすれば、どうして、高雄は、そんな私を身近に置こうとしたのか?


 謎がある…


 いや、


 謎ではない…


 もし…


 もしも、高雄が、稲葉五郎と同じ目的を持っていたとしたら?


 つまりは、古賀会長の孫と信じる私を手に入れることで、高雄の父が、次期山田会の会長争いの中で、優位に立つことができる…


 そう、考えた可能性が高い…


 いや、


 ならば、私を警戒していたという、先ほどの高雄の発言は、どうなる?


 高雄は、私から、自分の父親を守らなければ、ならない、と、言った…


 この発言を、どう捉える?


 もろ刃の剣…


 とっさに、私の脳裏に、その言葉が浮かんだ…


 もしも、私が、亡くなった古賀会長の孫ならば、お宝…


 紛れもない、お宝だ…


 しかし、そのお宝は、毒というか、扱いが、難しい…


 例えば、純粋に、お宝である、古賀会長の孫である、私を、高雄が手に入れたとしても、実は、私が、例えば、稲葉五郎とすでに、繋がっていたりすると、困る…


 自分は、古賀会長の孫を手に入れたことで、山田会の次期会長の座に、父親を近づけたと思ったのに、実は、すでに、私が、稲葉五郎と繋がっていて、高雄組を乗っ取ろうとしている…


 そんな危険がある…


 そう思ったのではないか?


 私は、思った…


 いや、


 それは、ありえないか?


 仮に、私が、稲葉五郎と結託していたとしても、高雄と結婚して、高雄組に潜入しても、高雄組を乗っ取ることはできないのではないか?


 当たり前だが、同じ山田会で、稲葉五郎が、高雄の父のことを、兄貴と呼んで慕っていた…


 そんな関係の二人が、実は、虎視眈々と、相手を食おうと狙っている…


 果たして、そんなことがあるのだろうか?


 世間一般では、ありふれた出来事かもしれないが、少なくとも、稲葉五郎が、兄貴、兄貴と、高雄の父を慕っていたのは、事実だし、そこに、芝居臭さと言うか…そんな感じは、微塵もしなかった…


 心の底から、信頼しているように、思えた…


 むしろ、それを言えば、高雄の父親の方が、怪しい…


 高雄の父親は、稲葉五郎と真逆…


 今、ここにいる、大場小太郎同様、サラリーマンに見える…


 稲葉五郎が、誰が見ても、一見して、ゴリラのように、ゴツイ顔で、ヤクザに見えるのとは、対照的に、すらりとして、長身で、ヤクザのヤの字も感じない…銀行員かなにかのように思える…


 そして、以前、高雄の父が、稲葉五郎に対して、言った、評価…


 「…いい男ですよ…仮にも、この私のライバルと言われる男です…いい男でなければ、なりません…」


 そう語った…


 その言い方には、強烈な自尊心を感じたものだ…


 高雄の父は、そのとき、


 「…自分は、何事にも、慎重で、これまで、チャンスを逃してきた…」


 「…そんな私にも、チャンスが巡って来た…」


 と、私に語ったものだ…


 それは、控えめの中にも、確固とした決意表明だった…


 山田会の次期会長に立候補する決意表明だった…


 しかし、冷静に考えれば、それもおかしい…


 なぜ、一介の小娘である、私、竹下クミに、向かって、そんな話をするのか?


 普通に考えれば、やはり、稲葉五郎や、息子の悠(ゆう)同様、私を古賀会長の孫と考えて、自分が、山田会の会長になるために有利と、思って、私に接近したのだろう…


 すべては、私を、古賀会長の孫娘と、考えたゆえの行動と言える…


 私は、思った…


 が、


 疑問が残る…


 それは、私自身の疑問だ…


 私が、本当に、古賀会長の孫娘であるのか? 


 という疑問だ…


 たしかに、祖母はシングルマザーで、母を育てたが、祖母の夫が、古賀会長なのかというと、疑問が湧く…


 祖母はすでに、他界したが、その祖母もまた、私の両親同様、真面目なひとだった…


 とてもじゃないが、いくら若くても、ヤクザと結婚していた人間には、見えなかった…


 だから、条件は合うが、本当に、祖母が古賀会長の妻であったのか、大いに疑問だ…


 高雄の父も、高雄も、そして、稲葉五郎もまた、祖母を知らない…


 祖母の人柄を知らない…


 だから、単純に条件が合うから、私が、古賀会長の孫娘と考えた可能性が高い…


 そう思える…


 私が、考えていると、


 「…竹下さんは、おかしい…自分がわかってない…」


 と、高雄が続けた…


 私は、不満が、あったが、


 「…」


 と、黙っていた…


 この場で、私が、高雄になにを言おうと、水掛け論になると、気付いたのだ…


 すでに、言ったように、高雄は、祖母の人柄を知らない…


 だから、私に言わせれば、天地がひっくり返っても、祖母が、ヤクザと結婚するなんて、ありえない…


 それは、断言できる…


 若気の至りという過ちは、誰にもある…


 祖母もまた例外ではないだろう…


 しかし、それにしても、真面目過ぎて、冗談の一つも言えなかった祖母が、いくら若くても、ヤクザと結婚したというのは、ありえない話だった…


 どうしても、信じられない話だった…


 しかし、それを、いくら説明しても、亡くなった祖母の人柄を知らない高雄や、大場代議士に納得してもらうことはできない…


 私は、思った…


 「…ボクは竹下さんが…」


 高雄が続ける。


 が、


 そこで、高雄の声が、途絶えた…


 いくら、なにを言っても、ダメだと気付いたのだろう…


 私は、思った…


 が、


 そうではなかった…


 高雄の視線が、どこかを睨んでいた…


 最初、高雄の視線が、私に向けられているものだと、思ったが、高雄の視線は、私の背後…一瞬、私を見ていると、思ったが、実は私の背後を見ていた…


 つまりは、私の背後に、なにかが、あるということだ…


 私は、高雄同様、振り返って、私の背後を見た…


 大場代議士も、同様だった…


 暗闇で、一瞬、わからなかったが、そこには、長身の人物の影があった…


 その人物がゆっくりと、歩いてこちらに歩いて来る…


 すると、徐々に顔が明らかになった…


 私は、その人物に面識があった…


 すでに、数えるほどだが、会ったことがある…


 それは、高雄の父、高雄組組長だった…


 高雄の父は私たちに近付くと、私や、息子の悠(ゆう)には、目もくれず、


 「…お久しぶりです…」


 と、大場代議士に向かって、一礼した…


 それから、


 「…ご迷惑をおかけしています…」


 と、大場代議士に詫びた…


 私は、正直、わけがわからななかった…


 なんで、ここに、高雄の父親が、現れるのだろう?


 謎だった…


 が、


 大場代議士にとっては、想定内だったようだ…


 「…高雄さん…タイミングが良すぎます…」


 と、言って、笑った…


 「…それは、また…それは、誉め言葉ですか?…」


 「…もちろんです…」


 大場代議士が、笑う…


 「…お互い…子供には、苦労します…」


 大場代議士が言うと、意外にも、高雄の父親は、不機嫌だった…


 「…いえ、息子ではありません…」


 一転して、厳しい顔になった…


 「…息子ではない?…」


 これには、大場代議士も仰天した…


 「…この男は、私の息子を装っていただけです…」


 高雄の父が、仰天の事実を告白する…


 「…息子を装っていただけ? …それは、一体どういう?…」


 「…この男に聞けば、わかります…」


 高雄の父? が、厳しい表情で、続ける…


 「…でも、高雄さんは、息子さんを…」


 つい、私が、口を挟んでしまった…


 本当は、私ごときが、口を出す場面ではなかった…


 だが、高雄の父? は、ヤクザとは思えないほど、コワモテではない…


 むしろ、銀行員とでも呼べそうな律儀で、お堅い印象だった…


 だから、つい、言ってしまった…


 すると、高雄の父? は、私を振り返った…


 「…今まで、泳がせていただけです…」


 静かに、言った…


 「…泳がせていただけ?…」


 「…その通りです…」


 「…でも、高雄さんは、悠(ゆう)さんを、杉崎実業の取締役にして、優遇していたんじゃ…」


 「…この男が使えるから、そうしただけです…」


 けんもほろろな言い分だった…


 その言い方には、情もなにもなかった…


 「…でも、この男も今回は、馬脚を現した…それは、お嬢さんと接したからです…」


 「…私と接したから?…」


 「…偽物は、所詮、偽物…本物と接したときに、馬脚を現す…」


 高雄の父が静かに言った…



 「…偽物は、所詮、偽物?…本物と接したときに、馬脚を現す?…それは、一体どういう…」


 私は、つい、高雄の父親?の言葉を繰り返した…


 が、


 高雄の父親? は、嫌な顔も一つも見せず、


 「…偽物は、当然、自分が偽物であることが、よくわかってます…だから、本物以上に、本物を気取る…あるいは、本物っぽく見せる…」


 「…本物っぽく見せる?…」


 「…詐欺師がよくやる手口です…例えば、金持ちを演じるならば、実際の金持ち以上に、金持ちっぽく見せる…必要以上に、それっぽく見せる…高級車を乗り回し、いい女を連れ、高級店に入り浸り、金をふんだんに使う…でも、本物の金持ちは、そんなバカな真似はしません…彼らは、むしろケチです…必要なときに、必要な金しか、使いません…」


 高雄の父? が、淡々と説明する。


 「…お嬢さん…アナタの存在が、この男を焦らせたのです…」


 「…私の存在?…」


 「…お嬢さんは、生粋の本物…その本物を前にして、偽物のこの男は、焦った…」


 「…偽物? …どうして、悠(ゆう)さんは、偽物なんですか?…」


 「…この男は、私の息子を装ったんです…」


 「…装った?…」


 「…私もヤクザです…だから、御多分に洩れず、若い頃は、女関係が派手でした…ただ、私に言わせれば、私の関係した女性たちもまた、男関係が派手でした…要するに、似た者同士です…」


 「…」


 「…私は、自分で言うのも、なんですが、組織の中で、順調に出世しました…すると、以前、付き合って、別れた女から、アナタの子供だから、面倒を見てと、言ってきた女がいました…」


 「…それが?…」


 「…それが、この男の母親です…」


 私は、無言で、悠(ゆう)を見た…


 悠(ゆう)もまた、無言で、高雄を睨んでいた…


 「…私は、一目見て、この男が、私の息子ではないことがわかりました…」


 「…どうして、わかったんですか?…」


 「…簡単です…中身です…」


 「…中身?…」


 「…私は、ヤクザです…当たり前ですが、若い頃は、ヤンチャでした…今の私からは、想像もできないくらいね…しかし、この悠(ゆう)は、違った…見た目こそ、私に似ていたが、中身は、真逆…似ても似つかない…物静かで、控えめ…ただし、頭の回転がずば抜けて、早い…私は、それを買ったんです…」


 「…買った?…」


 「…ヤクザは、利用できるものは、すべて、利用します…私は、彼の能力を買った…そういうことです…」


 「…」


 「…悠(ゆう)の母親は、うまく私を騙したと思ったのかもしれない…自分は、病気で、長くは、なかったからね…もっとも、この悠(ゆう)も、私の元に来るまで、さんざん母親関係の親類や知人の家を、たらいまわしにされていたらしい…」


 …そう言えば、以前、この悠(ゆう)と、駅のプラットホームで、話した際に、自分は、子供の頃は、いろんな家庭に、出入りして、落ち着かなかったというようなことを、言っていた…


 私は、それは、父親が、ヤクザという家庭の事情によるものだと、考えていたが、そうではなかったのかもしれない…


 「…この悠(ゆう)は、私が期待した以上の逸材だった…」


 高雄の父? が語る。


 「…能力が抜きん出ていた…だから、私は、血の繋がり、うんぬんは別にして、この男に色々、任せた…杉崎実業の取締役にしたのは、その最たる例だ…」


 「…」


 「…が、所詮、偽物は、偽物…本物が出てくれば、焦る…」


 「…本物?…」


 「…お嬢さんを前にして、この男は、焦った…だから、焦った、この男は、自分の持ち前の武器…イケメンであることを、武器にして、お嬢さんたち5人の中から、一人を、ボクのお嫁さんにするとかなんとか言って、起死回生の策に打って出た…」


 「…」


 「…もっとも、本人にとっては、背水の陣かもしれないが…」


 「…どうして、背水の陣なんですか?…」


 「…自分の地位を失うかもしれないからですよ…」


 「…自分の地位を?…」


 「…この男は有能です…ですが、有能な人間にありがちな欠点がある…」


 「…欠点? それは、なんですか?…」


 「…周囲の人間を下に見ることです…」


 「…下に見る?…」


 「…そうです…その結果、情報が、入りづらくなる…周囲の者が、この男を嫌うからです…だから、自分が、私の息子でないことに、私が気付いていることに、気付いたのも、最近でした…」


 「…」


 「…だから、偽物です…そこへ、本物が現れた…」


 「…本物?…」


 「…お嬢さん…アナタです…」


 「…私?…」


 「…亡き古賀会長の血を引く、正統後継者…それが、お嬢さんです…」


 「…」


 「…この男は、焦った…焦りまくった…自分が、私の実子ではないことに、私が気付いていると、ようやく、最近、知った…それで、どうしていいか、わからなくなった…自分の行く末を不安に感じたのです…」


 「…」


 「…それで、お嬢さんに近付いた…」


 「…私に?…」


 「…お嬢さんの情報が、この男の元にも入り、偶然、杉崎実業の入社試験を受けていたことを知った…それを利用したのです…」


 「…利用…」


 「…そうです…お嬢さんと、うまく結婚しようと、画策した…お嬢さんと結婚すれば、偽物が本物になれるからです…」


 「…偽物が、本物に?…」


 「…例えば、皇族がいい例です…例えば、自分が、皇族でなくても、皇族の末裔とでも、言い触らして、周囲がそのウソに気付くとする…しかし、その人間が、皇族と結婚すれば、どうなると思います? ウソがウソではなくなる…この男は、それを狙ったんです…」


 「…」


 「…具体的には、お嬢さんが、杉崎実業を受けたことを知った、この男は、ここにいる、大場代議士のお嬢さんと、共謀した…大場代議士のお嬢さんと、アナタは、似ている…それを利用したんです…」


 「…」


 「…同じような身長と、同じような顔の人間を何人も集めた…それで、周囲を幻惑させた…」


 高雄の父? が、続ける…


 が、


 なぜか、高雄の父? の説明に、悠(ゆう)は、せせら笑った…


 ずばり、冷笑を浴びせた…


 「…その程度か?…」


 笑いながら、高雄の父? に、食いかかった…


 「…その程度? …どういう意味だ?…」


 「…その程度の推理力しかない人間が、山田会の次期会長の座に就ける能力があると思うのか?…」


 悠(ゆう)が、言った…


 まるで、自分の父親?に、挑戦状を叩きつけるかのようだった…


 「…アンタの推理は薄っぺらだ…アンタは見てくれがいい…このボクといっしょさ…」


 「…見てくれ?…」


 「…つまりは、長身で、落ち着いて、信頼できる…そういった雰囲気がある…もっとも、アンタの場合は、意図的に作ったんだろうが…」


 「…」


 「…ボクの場合は、生まれつきだが、アンタは違う…最初、ボクが、子供のときに、出会ったアンタは、今のアンタとは、全然別人だった…異様にハイテンションで、獣のように、獰猛で、ケンカに明け暮れていた…そんな、アンタは、ボクを見て気付いた…」


 「…なにに、だ?…」


 「…見てくれの重要さに、だ…」


 「…ひとは、見てくれに騙される…いかにも、おとなしそうで、落ち着いた雰囲気は、周囲の者を安心させ、容易に信頼を得ることができる…なにより、自分の持った能力以上に、周囲が、自分を、評価してくれる…もち上げてくれる…その事実に気付いたんだ…」


 「…」


 「…アンタが、周囲の人間に、山田会の会長に推されて、固辞したのは、別段、アンタが、おくゆかしいとか、慎重だとか、そういうことじゃない…アンタは、自分の能力が、周囲が評価しているほどの能力が、ない現実に、気付いているだけだ…」


 「…」


 「…そして、それを誰よりも、知っていたのは、あの死んだ、古賀の爺さんだった…だから、アンタを決して、若頭に抜擢しなかった…組織の№2に、しなかった…だから、アンタは、あの爺さんが、死んだのを見計らって、動き出した…アンタを推しているのは、皆、アンタの実力を見誤ってる人間たちだ…能力を知っている人間は、皆、稲葉五郎を推している…」


 意外なことを、悠(ゆう)が、口にした…


 私は、驚いた…


 この悠(ゆう)の言葉を信じるのならば、自分の父? よりも、あの稲葉五郎の方が、優秀だということになる…


 能力が優れていることになる…


 だが、果たして、それは、本当なのだろうか?


 「…アンタは、稲葉五郎が脅威だった…ケンカに強く、人望もある…昔は、稲葉五郎の兄貴分だったが、いつしか、アンタは、自分と、稲葉五郎の器の違いに気付いた…それから、いつしか、アンタは、稲葉五郎の真逆をいった…」


 「…真逆?…」


 「…稲葉五郎が、いかにも、昔ながらのヤクザを気取れば、気取るほど、アンタは、その真逆をいった…つまり、いかにも、ヤクザに縁遠い恰好をして、周囲の信頼を勝ち取ることに、奔走した…銀行員のような真面目で、実直な姿を装って、周囲の信頼を勝ち取ろうとした…ひとは、見た目で、選ぶ…歳を取っても、若い頃と同じく、獰猛なヤクザを続ける稲葉五郎に比べて、歳を取り、温和で、丸くなった印象を周囲に与えようとした…その方が、周囲から好かれることに気付いたんだ…なにより、アンタは、自分の能力を知っている…稲葉五郎に、ケンカでも、頭脳でも、勝てないことを知っている…だから、周囲の者を巻き込んで、山田会で、出世しようとした…自分の派閥を作って、勢力を拡大しようとした…だけど、アンタ以外に、アンタの能力を冷徹に見極めている男がいた…」


 「…誰なんですか?…」


 大場代議士が、口を挟んだ…


 「…死んだ古賀の爺さんさ…」


 「…古賀さん?…」


 大場代議士が、絶句する。


 「…オヤジの能力を見切っていたから、絶対に、身近に置かなかった…真逆に、稲葉五郎を身近に置いたのは、あの人が、優れてるからさ…だから、手元に置いて、離さなかった…誰もが、優れた人間は、手元に置いて、育てようとする…それが、わかってるからこそ、この人は、焦った…」


 「…焦った?…」


 またも、大場代議士が、口を挟んだ…


 「…杉崎実業を買収したことです…あそこは、色々噂があって、手を出すのが、ヤバイ案件だった…儲かるかもしれないが、それ以上のヤバイ噂もあった…だが、このオヤジは、それを承知で、あの杉崎実業を買収した…稲葉五郎に張り合うために…」


 「…稲葉さんに?…」


 今度は、私は声を上げた…


 と、同時に気付いた…


 以前、稲葉五郎が言っていた、言葉を思い出した…


 杉崎実業の買収を高雄の父が、進めたことに、関して、


 「…アレは、うちも狙ってたんだが、筋が良くない…だから、うちは手を引いたんだ…でも、まさか、それを兄貴が買うとは?…」


 と、驚いていたことを、思い出した…


 要するに、アレこそが、高雄の父の焦りに違いないと思った…


 自分の能力では、稲葉五郎に勝てない…


 だから、一発逆転で、儲かるかもしれないが、危険かもしれない、ヤバイ物件に手を出したということだ…


 焦りが、本来、慎重な性格の高雄の父?の判断を狂わせたということだ…


 「…高雄組組長…アンタは、コンプレックスの塊だ…」


 「…コンプレックスの塊?…」


 「…稲葉五郎に対してのコンプレックスの塊さ…アンタにとって、不幸だったのは、稲葉五郎が、アンタの弟分として、現れたことだ…二人とも、若い頃は、獰猛な獣のような性格で、一見、似た者同士に思えた…が、中身がまるで、別だったことに、アンタは、気付いた…まるで、比較にならないほどの別物…ケンカは、ともかく、頭の方は、草野球のエースと、プロのエースほどの違いがあると、気付いたんだ…」


 悠(ゆう)が、淡々と、説明する。


 そして、その説明は、私にとって、驚きの反面、どこか、納得のできるものでもあった…


 真実というものは、すべからく、納得できるものだからだ…


 一見、荒唐無稽なことに見えても、説明されると、納得する…


 真実とは、そういうものだ…


 事実、稲葉五郎と、接して、私が、一度たりとも、稲葉五郎が、愚かだと思った行動や、言動を取ったことは、なかった…


 稲葉五郎は、一見、昔ながらのヤクザそのもので、誰が見ても、獰猛な獣のようだったが、その言動は、まるで、違った…


 行動自体が理にかなっていた…


 たしかに、悠(ゆう)の言う通り、この高雄組組長にしても、若い頃、稲葉五郎といっしょに、ヤクザをしていれば、最初は、自分と、稲葉五郎の違いがわからなかったかもしれない…


 しかし、何年か経ち、少しは、大人になってくると、大部分の人間は、少しは、周りを見る力がついてくるものだ…


 周りを見る力が、できてくるものだ…


 おそらくは、高雄の父は、稲葉五郎と数年過ごして、自分と、稲葉五郎の違いに気付いたに違いない…


 と、私が、考えたとき、


 高雄の父が、ポツリと、


 「…コンプレックスはない…」


 と、呟いた…


 「…ウソをつくな…」


 悠(ゆう)が、叫んだ…


 「…ウソじゃない…」


 穏やかに、高雄の父?が、反論する。


 「…ただ、器の違いというか、能力の違いがあるだけだ…」


 高雄の父が言った…


 その言葉に、悠(ゆう)は、黙った…


 しかし、すぐに、


 「…アンタ…だったら、アンタは、それをなんとも感じないのか?…」


 と、自分の父親?を問い詰めた…


 が、


 高雄の父?は、ただ、


 「…感じない…」


 と、短く答えた…


 「…感じない?…」


 悠(ゆう)は、自分の父?の言葉に、驚いたようだ…


 いや、


 むしろ、感じないと、簡単に答える、自分の父?に怒りを持ったようだ…


 「…感じないって、アンタ…どうしてだ? アンタ、自分の弟分に負けてるんだぞ…」


 悠(ゆう)が、怒鳴った…


 父?の答えが、納得できない様子だった…


 が、


 父?である、高雄組組長は、悠(ゆう)に優しかった…


 「…オマエはまだ、大人になりきれてないだけだ…」


 穏やかに、諭した…


 「…大人になりきれてない? どういう意味だ?…」


 「…オマエは、他人と、自分の能力の違いが、わからない…能力の違いがわかれば、嫉妬することも、コンプレックスを抱くこともない…」


 高雄の父?が、諭す。


 「…オマエは、私の息子にしては、優秀過ぎた…私が、オマエを本当に、私の血が繋がった息子か? と、最初に疑ったのは、オマエが優秀過ぎたからだ…私の血が繋がった息子ならば、優秀なわけはないからな…」


 高雄の父?が、意外な真相を語った…


 しかし、それこそが、本当のところかもしれない…


 私は、思った…


 高雄の父? は、自分が、優秀でないと言っているが、それは、自分を卑下しているだけ…


 本当は、紛れもなく、優秀だ…


 優れているに決まっている…


 そうでなければ、有力ヤクザであるはずがない…


 山田会の次期会長候補に名が挙がるわけがない…


 ただ、失礼ながら、稲葉五郎に比べると、劣っているというだけだ…


 単純に、誰が優れているかとか、劣っているかは、判断が難しい…


 東大卒ならば、日本人ならば、誰もが頭がいいと思うが、普通は、そういうわかりやすい例はあまりない…


 だから、通常は、特定の誰々と、誰々を比べれば、どっちが、優れているか、劣っているかで、判断する…


 その方が、簡単だし、わかりやすい…


 学歴やルックスは、その最たるものだろう…


 AさんとBさんを比べれば、どっちが、優れているか、劣っているか、誰にも、わかりやすいからだ…


 私が、そう考えたときに、


 「…なんだ…そうだったんですか…」


 と、いう声がした…


 私や、高雄の父、悠(ゆう)の3人が、その声の主を見た。


 大場小太郎代議士が笑っていた…



 「…なんだ…そうだったんですか?って?…」


 悠(ゆう)が、驚いた…


 悠(ゆう)の父も、驚いて、大場小太郎代議士を見た。


 その表情は、驚きに溢れていた…


 「…それは、どういう…」


 遠慮がちに、高雄の父が訊いた…


 「…敦子から、報告を聞いていたんですが、どうにも、わからないことが多かった…それが、高雄さんと、息子さん?の会話で、だんだんわかってきた…」


 大場代議士が、楽しそうに言う…


 「…敦子が悠(ゆう)くんの誘いに、乗った甲斐があった…」


 穏やかに、微笑んだ…


 「…甲斐があった?…」


 悠(ゆう)が、仰天した…


 「…大場が一体なにを?…」


 大場代議士は、悠(ゆう)の質問には、直接答えなかった…


 ただ、


 「…悠(ゆう)くん…アナタはモテないんですよ…自分が、思っているほど…」


 と、短く言った…


 「…モテない? …オレが?…」


 大場代議士の指摘は、悠(ゆう)にとって、意外だったようだ…


 「…悠(ゆう)くんは、長身で、イケメン…穏やかで、頭の回転も速く、誰もが、安心して、接する…男女を問わずにね…だが、それは、見せかけに過ぎない…」


 「…見せかけに過ぎない?…」


 「…高雄さんもおっしゃったが、悠(ゆう)くんは、ひとを下に見下す癖がある…だから、歳を取れば、取るほど、悠(ゆう)くんの本性に、女の人は気付く…」


 「…」


 「…男も女もそうだが、誰もが、二十歳のときは、気付かなかったことも、四十歳になれば、気付くものです…男も女も大抵は、若い頃は、ルックス重視(笑)…キレイだったり、カッコ良かったりする異性から、声をかけられれば、ポッとなる…そして、付き合い始めて、半年、一年と経って、ようやく相手の中身が見えてくるというか…それが、四十歳にでもなれば、結果は同じでも、相手の中身が見えてくる時間が、短くなる…二十歳の頃は、半年経って、ようやくわかったことが、一月もしないで、わかってくる…」


 「…」


 「…悠(ゆう)くんの本性に気付いた女の人は、悠(ゆう)くんから、離れてゆく…でも、おそらく、そんな現実に悠(ゆう)くん自身は、気付いてないんじゃないかな…悠(ゆう)くんは、女の人から、モテる…私なんかにすれば、羨ましいほどにね…だから、女をとっかえひっかえできるから、自分の元から去った女が、どうして、自分の元から去ったのか、考えもしないのが、現実でしょう…常に、両手に抱えきれないほどの薔薇の花があれば、その両手から、いくつもの薔薇の花がこぼれおちても、見向きもしない…そんな感じでしょう…どうして、自分の元から去ったのか、考えもしない…」


 大場代議士の言葉に、悠(ゆう)は、


 「…」


 と、黙っていた…


 反論できなかったのかもしれない…


 それから、大場代議士は、高雄の父?に、向かって、


 「…でも…高雄さん…アナタはひとつ、ウソをついてますよ…」


 と、言った…


 「…ウソですか? 私が?…」


 大場代議士の言葉に、高雄の父は、当惑した様子だった…


 「…そうです…」


 自信たっぷりに、大場代議士が、答える。


 「…それは、どんな…」


 「…アナタが、この悠(ゆう)くんを、自分の血の繋がった息子ではないと知りながら、育てたのは、使えるからだと、おっしゃいました…でも、本当は、違うでしょ?…」


 「…違う? …どう違うんですか?…」


 「…本当に嫌いならば、誰も、自分の手元には、置きませんよ…嫌いな人間を、身近に置く人間はいない…高雄さんは、悠(ゆう)くんを、嫌ってはいない…あるいは、嫌いでも、心底嫌っているわけではない…いかに、能力があり、才能に溢れた人間でも、本当に嫌いならば、見るのも嫌なはずです…」


 大場代議士の言葉に、今度は、


 「…」


 と、高雄の父? が無言だった…


 「…敦子が言ってました…」


 「…お嬢さんが? 一体なにを?…」


 「…高雄さんは、不器用だと…」


 「…不器用? …ですか?…」


 「…いや、私に言わせれば、優しすぎるのかもしれない…」


 「…優しい? …私が?…」


 「…だって、そうでしょう? いくら、昔付き合った女から、アナタの息子だから、面倒を見てくれと、言われても、自分の息子じゃないと、わかれば、家から放り出します…具体的には、養護施設かなにかに、引き取ってもらいます…それが、できないのは、よく言えば、高雄さんの優しさ…悪く言えば、それが、できないから、失礼ながら、亡くなった古賀さんが、高雄さんを評価しなかったんでしょう…」


 「…古賀会長が?…」


 「…切るべき人間を切れない人間は、中途半端です…高雄さんの優しさは、高雄さんの弱さでもあります…それを、古賀さんは、見抜いていた…知っていたということです…」


 大場代議士の言葉に、高雄の父?は、


 「…」


 と、一言もなかった…


 「…そして、高雄さんの弱さは、私の弱さでもあります…」


 「…大場さんの?…」


 高雄の父が、驚いた…


 「…次期総理総裁候補と呼ばれながら、決して、総理の座に手が届かない…失礼ながら、高雄さん同様、見る人は、私の能力をわかっているのでしょう…」


 大場代議士が、自嘲気味に呟く。


 「…ひとは、見てるものです…どんな人間か? どんな性格か? どんな能力を持っているのか? 見ているものです…そして、その評価は、大体八割方同じです…」


 「…八割方…ですか? …」


 思わず、私が、口を挟んだ…


 「…そう…八割方です…お嬢さんは、まだ、お若いから、会社にいったことはないかもしれないから、学校を例に挙げましょう…中学でも、高校でも、大学でも、あのコは、美人だとみんなが言えば、美人だし、性格(たち)が悪いヤツだと、お嬢さんが、思えば、お嬢さんが、それを口にしないまでも、誰もが、心の底で、そう思っているものです…」


 大場代議士が説明する。


 事実、その通りだと、私も思った…


 誰もが、思うことは、大抵同じだ…


 …でも、八割というのは、残り、二割は違うのだろうか?…


 私は、考える。


 だから、


 「…八割方というのは、残り二割は、違うんですか?…」


 と、つい聞いてしまった(笑)…


 が、


 大場代議士は、私の質問に嫌な顔も少しもしないで、


 「…違います…」


 と、即答した…


 「…例えば、失礼ながら、悠(ゆう)くんです…悠(ゆう)くんは、見た目ほど、モテないと、さっき、私は言いました…でも、なぜ、悠(ゆう)くんが、その事実に気付かないかと言えば、八割の人間が、悠(ゆう)くんの内面に気付いて、逃げ出すにもかかわらず、残りの二割の人間は、いつまでも、悠(ゆう)くんの本性に、気付かない…完璧なモテ男だと思って、付いて来る…そういうものです…」


 大場代議士が、苦笑する。


 私も、大場代議士の言葉に、賛同した…


 バカの壁ではないが、わからないものは、いくら説得しても、わからないものだ…


 アイツは、ルックスがいいが、見せかけだけだから、あんな男は、やめておけと、友人が、忠告するにも、かかわらず、その男と交際を続けて、泣きを見た、女も、私は、何人も、知っている…


 …惚れた弱みとでもいえば、聞こえはいいが、実際は、その男の本性を見抜く力がないだけだろう…


 が、


 さすがに、それを口にすることはできない(笑)…


 あるいは、


 似た者同士…


 性格が、悪い人間は、男女を問わず、性格が悪い人同士、つるむものだ…


 行動を共にするものだ…


 お互い似た者同士だから、気が合うのだ…


 だから、相手の性格が悪いことに気付かない…

 

 ただし、


 自分たち当人は、決して、自分自身を性格の悪い人間だと、思っていない(笑)…


 ここに、明らかに、周囲の人間との間に、ズレがある(笑)…


 だが、


 これは、ある意味、誰もが、同じだ…


 そういうものだ(笑)…


 大抵は、自分自身を過大評価する。


 オマエは、性格が悪いと言われて、心の底から、その通りだと、認める人間は、皆無だろう…


 ただし、その認識にあまりにズレがあるというか、かけ離れていると、おかしい…


 他に、わかりやすい例でいえば、やはり、ルックスだろう…


 美人でも、イケメンでもなんでもない人間で、自分は、モテると、勘違いしている輩(やから)が、稀にいるが、陰で、周囲から失笑ものになっている現実が、わからない…


 ルックスが平凡でも、いい大学を出ていたり、家がお金持ちであったりすれば、わかるが、なにもない人間で、心底そう思っている輩(やから)がいる…


 見せかけや、強がりならば、まだ許せるが、心底そう思っているとなると、やはり、その人間性と言うか、認識の違いに愕然とする(笑)…


 ただただ、唖然とする…


 私が、漠然と、そんなことを思っていると、


 「…今日は、ご苦労様でした…」


 という、高雄組組長の声が聞こえた…


 「…わざわざ、お越し頂き、感謝に堪えません…」


 と、直立不動で、大場代議士に、お辞儀をした…


 「…高雄さん…そんな真似はしないでください…」


 大場代議士が、言う。


 「…高雄さんに、そんな真似をされると、こちらもどうしていいか、わからない…なにしろ、次期、山田会会長ですからね…」


 意外なことを言った…


 私の目が点になった…


 だって、さっきまで、稲葉五郎が、この高雄組組長よりも、能力が抜きん出ていると、話したばかりだ…


 それが、一体どうして?


 私は、唖然として、高雄組組長を見た…


 「…まだ、正式に決まったわけでは、ありません…」


 高雄組組長が謙遜する。


 「…ただ、五郎は、下手を打ちました…」


 「…下手を打った? どういうことだ?…」


 悠(ゆう)が、口を挟んだ…


 「…この大場さんの家のクルマのガレージのシャッターに発砲した件だ…アレは、誰が見ても、五郎の大場さんに対する威嚇だ…アレが、山田会内部で、今、問題になってるんだ…」


 高雄の父? が、説明する。


 「…問題? なにが、問題なんだ?…」


 悠(ゆう)が、問い詰める。


 「…次期総理総裁候補に名を連ねる、大場さんの屋敷に、拳銃を打ち込んだんだ…下手をすれば、今の時代、政府や警察が、本気で、山田会を潰しにかかる可能性がある…そんな真似をしでかした五郎に、山田会の内部で、反感が強まってるんだ…」


 高雄の父? が、淡々と説明した…


 私は、驚いたが、同時に、納得もできた…


 稲葉五郎は、昔ながらのヤクザそのものの行動で、自分と、大場代議士の関係が、週刊誌に暴露されたことで、その関係を断とうとした…


…大場代議士の自宅に、拳銃を打ち込むことで、大場代議士を脅した…


 が、


 それが、今の時代にあわなかったのだろう…


 ヤクザが、暴力を使えないのは、驚くが、やはり、今の時代、稲葉五郎の行為は、一線を越えているのかもしれない…


 現実に、山田会内部では、やり過ぎだとの声が出たに違いない…


 どこまで、やるべきか?


 どこまで、やっていいのか?


 その線引きが、難しい…


 実に、難しい…


 稲葉五郎が、自分と繋がりの深い、大場代議士が、自分に都合が悪くなったから、自分との繋がりを切ろうとしたことに対して、ヤクザだから、拳銃を使って、威嚇したわけだ

…


しかし、おそらくは、そんなヤクザにとって、当たり前の行動が、山田会の内部で、問題になっているとは?


 考えれば、考えるほど、驚くと言うか…


 ヤクザにとって、ありえない現実かもしれない(笑)…


 と、そこまで、考えたとき、


 「…バカバカしい…」


 と、悠(ゆう)が、呟いた。


 「…バカバカしい? …なにが、バカバカしいんだ?…」


 と、悠(ゆう)の父?


 「…アンタ…ヤクザだろ? ヤクザが、暴力を使わないで、なにを使うんだ?…」


 悠(ゆう)の言葉に、悠の父?である、高雄組組長は、


 「…」


 と、無言だった…


 「…ヤクザが暴力を使わないのは、ライオンが、檻に入れられたようなものだ…いかに、檻の中から、吼えても、誰も恐れない…怖がらない…それじゃ、自分が、襲われることは、絶対ないからだ…」


 「…」


 「…今、アンタを、推しているのは、和平派というか、要するに、金勘定が、すべての連中ばかりだ…会社を経営したり、株を動かして、大金を稼いでいる…」


 「…」


 「…でも、稲葉五郎を推している連中は、違う…」


 「…」


 「…一言で言えば、ヤクザの本質がわかっている連中ばかりだ…自分たちの武器が、暴力で、逆に言えば、暴力以外なにもない現実に、だ…」


 「…」


 「…高雄組組長…結局のところ、アンタが、古賀の爺さんに、好かれなかったのは、それが、原因さ…ヤクザにとって、暴力が、基本というか、根底にあるにも、かかわらず、アンタは、金儲けに走った…そして、オレの見るところ、アンタは、ホントは、暴力が嫌いだ…」


 「…暴力が嫌い?…」


 思わず、私は、叫んだというか、言葉に出してしまった…


 「…ヤクザが、暴力が嫌いって?…」


 「…このひとは、根が優しいといえば、聞こえはいいが、そこまで、暴力に徹することができないのさ…そんな、アンタの優しさもまた、あの古賀の爺さんが、嫌うことだった…あの爺さんは、暴力を武器にのし上がってきた人間だ…そんな、爺さんにとって、アンタは、ヤクザとして、なんとも、中途半端に見えたんだろうよ…」


 悠(ゆう)の指摘に、悠(ゆう)の父? は言葉もなかった…


 …きっと、その通りだからだろう…


 だが、


 「…それで、よかったんじゃないですか?…」


 と、いきなり、誰かが言った…


 言った声の主は、大場代議士だった…


 「…よかった? …なにが、よかったんだ?…」


 悠(ゆう)が怒りを込めて、大場に食ってかかった…


 「…悠(ゆう)くん、アナタにとって、よかったんです…」


 「…オレにとって、よかった? どういう意味だ?…」


 「…そんな、優しいヤクザだから、自分の子供でもないとわかった、悠(ゆう)くんの面倒を見た…それが、他のヤクザだったら、面倒を見ることもなかったでしょう…」


 大場代議士の言葉に、


 「…」


 と、悠(ゆう)は、沈黙した…


 これもまた、その通りだからだろう…


 「…だけど、それじゃ食えないよ…」


 悠(ゆう)が、反論する。


 「…いくら、優しくとも、ヤクザとして、中途半端な、この高雄組組長じゃ、山田会は、まとめられない…残念ながら、それが、現実さ…」


 悠(ゆう)は、断言すると、ゆっくりと、歩き出し、その場から、立ち去った…


 おそらく、悠(ゆう)の言うことは、真実だろう…


 優しいヤクザに、組織はまとめられない…


 他団体になめられるからだ…


 私は、思った…


 そして、それを最後に、その日は、終わった…


 私は、悠(ゆう)の父親? に、自宅近くまで、クルマで、送ってもらった…


 高雄組の若い衆の運転するクルマに乗りながら、後部座席で、私と悠(ゆう)の父親は、並んで座った…


 言葉は、一切交わさなかった…


 ただ、クルマから降りるときに、高雄の父が、わざわざ、クルマから降りて、私に、


 「…今日は、ご苦労様でした…」


 と、直立不動で、まるで、会社の上司か、なにかにするように頭を下げただけだった…



 家に帰った私は、自分の部屋で、考えた…


 悠(ゆう)が、言ったことは、真実か否かは、わからない…


 だが、自分の父?として、身近に見てきた人間の人物像に間違いがあるとも思えない…


 そうも、思った…


 事実、まもなく、それが、正しいか否か、証明されるときが、やって来た…


 まるで、悠(ゆう)の言葉を、試すかのように、やって来た…


 抗争が始まったのだ…



 …抗争が始まった…


 テレビや新聞、ネットで、山田会で、抗争があったことが伝えられた…


 私は、当然のことながら、高雄組組長と、稲葉五郎の争いだと思った…


 高雄の父? と、稲葉五郎が、直接対決することは、当然ないが、両者を推す勢力が、ぶつかったと思ったのだ…


 が、


 違った…


 抗争の相手は、別組織の団体だった…


 私は、それを聞いて、最初、山田会は、失礼ながら、古賀会長が、亡くなって、会長不在だから、そのチャンスというか、機会を狙って、他団体が、抗争を仕掛けたのかもしれないと、考えた…


 今現在、山田会は、稲葉五郎と、高雄組組長のどちらが、古賀会長の跡目を継ぐか、内部で、争っている…


 そんな私のような素人でも、知っている情報は、当然、ヤクザ組織の人間ならば、誰でも知っている…


 だから、当然、山田会が、内部で、ゴタゴタしている最中に、他団体が、抗争を仕掛けたと、思った…


 誰でも、そうだが、相手が、弱ってるときに、叩くのが、抗争の鉄則だからだ…


 これは、ヤクザでも、国家でも、個人でも、皆同じだ…


 いかに、それまで、強いと思われていた人間でも、弱みを見せたり、落ち目になったりすれば、当然、叩く人間が、出てくるものだ…


 …溺れた犬は棒で叩け…


という、ことわざが、韓国あるいは、北朝鮮、つまりは、朝鮮半島にあるらしい…


 これは、人間社会のひとつの真実ではある。


 弱ければ、強い者が、よけいに、イジメにかかる…


 どこの国でも、個人でも、同じだ…


 植民地時代の国々が、その良い例だ…


 弱い国は、皆、欧米列強の植民地と化した…


 これは、良いとか、悪いとか、いうのでない…


 ただ、そういうものだからだ…


 無論、個人で、アイツは、弱いから、強い者が、皆、いじめてやろうということにはならない…


 ただ、ヤクザのように、いわゆる強さを売りにするというか、基準にする社会で、弱さは致命的だ…


 だから、今、弱りかけた=内部争いに走ると、思われた山田会は、他団体が、抗争を仕掛ける絶好の機会に思われた…


 が、


 違った…


 それは、あくまで、テレビや映画の世界…


 フィクションの世界の話だ…


 現実は、どこの団体も、国家や会社ではないが、他団体と、協定を結んだりして、協調路線を目指している…


 ヤクザが年がら年中、他団体と抗争をしていると、考えるのは、昔のヤクザ映画の見過ぎだ…


 それは、昔でいえば、戦国時代は、一年中、他の戦国大名と戦っていると考えるのと、同じ…


 当時、戦国大名が、戦うのは、農閑期の秋や冬のみ…


 なぜなら、当時の兵は、大部分が、農民兵=百姓侍だからだ…


 通常は、百姓として、畑を耕して生活をしていて、農閑期のみ、戦国大名に命じられて、戦(いくさ)に出向いているに過ぎないからだ…


 だから、年がら年中戦(いくさ)はできない…


 彼らの本業は、あくまで、農業だからだ…


 それと、同じ意味?で、ヤクザが年がら年中抗争を繰り返しているのは、妄想に過ぎない…


 だが、ヤクザだ…


 当然、抗争は避けては通れない…


 だが、簡単に抗争があっては、困る…


 抗争は、戦争…


 戦争には、まずお金がかかるからだ…


 年がら年中、抗争していては、資金が尽きる…


 だから、セイフティーネットとでも呼べば、いいのか、国内の主要な組織は、どこも、なんらかの団体に属し、常日頃、他団体のお偉方同士、会食したりして、交流を図っている…


 なにか、ことが起きれば、電話一本で、話し合う…


 トップ同士が、常日頃、会食をしたりして、交流を深めれば、電話一本で、物事を鎮静化することができるからだ…


 些か、前置きが、長くなったが、それゆえ、今回の抗争の発端は、些細なことだった…


 その発端を暴露すれば、いささか、拍子抜けするが、要するに、街で、組織の末端の組員同士が、いざこざを起こしたに過ぎなかった…


 酒で寄った若い組員が、店で、暴れ出し、いわゆる、みかじめ料を払った店を担当する組の組員が、駆け付け、暴れ出した組員をやっつけようとした…


 しかしながら、暴れた組員の方が、人数も多く、駆け付けた組員の方が、少なかった…


 当然、殴り合いのケンカになったが、みかじめ料を払った店の側の組員の方が劣勢…


 これも、当然のことながら、自分の属する組に連絡して、応援の組員を呼んだ…


 すると、自分たちの方が、当たり前だが、有利になる…


 多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)で、単純に、人数が多い方が、勝つ…


 当たり前のことだ…


 劣勢に立たされた側は、これもまた当然のことながら、応援の組員を呼んだ…


 そんなことを繰り返している間に、ケンカが始まって、一時間ちょっとで、百人以上のヤクザが、店に集結して、その中の何十人かが、実際に殴り合いを始めた…


 当然、警官もやって来る…


 だが、最初にやって来た警官は、あまりの人数に逃げ出した…


 これもまた、本部に応援を頼み、百人を超える人数で、鎮圧にやって来た…


 どこかで、聞いたような話だ(笑)…


 以前、たしか、これと似た話を、この物語で、書いた気がする(笑)…


 ただ、このとき、問題だったのは、山田会が、割れていたことだ…


 抗争を起こした他団体の幹部が、すぐに、顔馴染みの山田会の幹部に、連絡…


 事態の鎮静化に動いた…


 当たり前の話だ…


 が、連絡を受けた幹部は、すぐに動かなかった…


 実は、騒動を起こした組は、稲葉五郎の派閥というか、山田会内部で、稲葉五郎を慕う組に属する一派で、連絡を受けた幹部は、高雄の父を頂点とする、一派に属していた…


 だから、連絡を受けた時点で、その幹部は、動かなかった…


 敵対というほどではないが、自分と違う派閥に属する、稲葉五郎の一派のゴタゴタに、手を貸すべきか、否か、悩んだのだ…


 ところが、そんな幹部の思惑が、事態をより深刻化させた…


 一刻を争う事態にもかかわらず、連絡をしなかったことで、山田会と敵対する松尾会の双方の組員が、現場で、殴り合いの修羅場を作ってしまい、しかも、それが、見る見る大事(おおごと)になり、やがて、それは、あの稲葉五郎にも伝わった…


 五郎の動きは、迅速だった…


 すぐに、松尾会のトップクラスの幹部に連絡…


 事態の状況を伝え、直ちに、穏便にことを済ませることを告げた…


 相手の松尾会の幹部も、稲葉五郎の意見に同調…


 ことを大げさにせず、事態を鎮静化させることで、一致した…


 つまりは、大人の選択をしたわけだ…


 現場で、殴りあいのケンカをした当事者同士は、納得できないかもしれないが、こんな些細なことで、今のご時世、抗争になっては、堪らないと、双方のトップ同士が、判断したということだ…


 ただし、禍根(かこん=わざわいの根)が残った…


 この禍根というのは、山田会と松尾会との間の禍根ではない…


 山田会内部で、稲葉五郎を推す一派と、高雄組組長を推す一派との間にできた禍根だった…


 最初に騒動を聞いた、松尾会の幹部は、見知った山田会の幹部に、騒動を告げた…


 その時点で、当然、山田会として、対処してくれると、思ったに違いない…


 だが、その松尾会の幹部の連絡した相手は、高雄組組長に属する一派で、騒動を起こした組は、稲葉五郎の派閥に属する一派だから、動かなかった…


 つまりは、初動が、遅れたのだ…


 当然、この後、この件が、山田会の幹部の間で、問題になった…


 誰が、悪いのかという問題だった…


 当然、誰が考えても、騒動を起こした松尾会の幹部から連絡を受けて、すぐに対処しなかった山田会の幹部の責任になる…


 責任=落度になる…


 これは、誰の目にもわかる…


 だが、誰の目にもわかる責任のありかだが、山田会の幹部の間で、激論になった…


 連絡をしない幹部が、悪いにもかかわらず、その幹部と仲がいい幹部が、その幹部の肩を持ったのだ…


 すると、当然、騒動の中心になった稲葉五郎の属する一派は、面白くない…


 「…それは、違うだろう!…」


 と、言い合いになった…


 誰もが、その通りだとわかる…


 子供でもわかる責任のありかだ…


 しかし、議論は、いつのまにか、山田会と松尾会の末端の組員が起こした騒動ではなく、なぜか、稲葉五郎と、高雄組組長の、双方の属する派閥同士の争いになった(笑)…


 傍から見れば、笑えるし、山田会の幹部の中でも、話が、おかしな方向に向かっているのは、誰もが、わかっている…


 にも、かかわらず、誰にも止められなかった(笑)…


 いつのまにか、山田会の幹部会は、稲葉五郎と高雄組組長の双方の陣営の、激論になった…


 互いに、相手の不始末を挙げて、罵り出した…


 不始末と言うのは、今回のことだけではない…


 過去に双方の所属する組員たちの言動まで、話題に上がった…


 こうなると、双方とも、子供のケンカだ…


 最初は、黙って、みんなの意見を聞いていた、稲葉五郎と、高雄組組長だったが、さすがに黙ってはいられなくなった…


 「…いい加減にしろ!…」


 稲葉五郎の怒声が、響き渡った…


 「…ガキのケンカじゃねえんだ! 責任のありかは、どこにあるか、誰の目にも、わかるだろ! …だが、起こっちまったもんは、仕方がねえ…次からは、こんな真似は、ねえようにしよう…それだけだ…」


 五郎は言う。


 責任のありかは、誰の目にもわかるが、それを言うのは、野暮と言うか…


 今まで以上に、ゴタゴタが起きるのは、わかる(笑)…


 だから、あえて、今回の責任には、触れず、結論だけ言った…


 そして、それは、高雄組組長も同じだった…


 「…ウチは、一枚岩だ…山田会は、全員結束して、同じ方向で動く…」


 ただ一言、そう言った…


 実に当たり障りのない言葉だった(笑)…


 稲葉五郎と高雄組組長が、山田会の事実上のトップ…


 その二人が、争うわけには、いかなかった…


 だから、互いの属する陣営の発言の肩を持つこともできなければ、相手の陣営の落度を糾弾することもできなかった…


 それをすれば、一触即発になり、下手をすれば、山田会が割れる心配があるからだ…


 誰もが、それがわかっていた…


 だから、高雄組組長と、稲葉五郎の言葉で、この幹部会は終わった…


 終了した…


 が、


 面白くないのは、今回の騒動の原因を作った、花見会の花見だった…


 松尾会と、山田会がゴタゴタを起こしていると、連絡を受けた、張本人だ…


 たまたま、騒動を起こした松尾会に、見知った幹部がいて、連絡を受けたに過ぎない…


 しかしながら、騒動を起こしたのが、自分の属する高雄一派ではなく、稲葉五郎の一派だったから、上に連絡することなく、放っておいたに過ぎない…


 いや、


 実のところ、本当のことを言えば、花見自身が、どうすればよいのか、考え、悶々としていた…


 連絡をするべきか、否か…


 悶々としていた…


 自分の属する山田会としては、即座に対応しなければならないのは、わかっているが、騒動は、自分と敵対する、稲葉五郎の一派…


 連絡をしないことで、稲葉一派の落度を作ることができるかもしれないと、考えたのだ…


 が、


 同時に、


 やはり、それは、マズいとも、判断した…


 自分は、山田会の一員…


 いかに、今、山田会が、次期会長を誰にするかで、争っていても、他団体から、連絡を受けて、それを知らなかったことにするのは、マズいと判断したのだ…


 連絡をするべきか?


 それとも、


 連絡をしないべきか?


 花見会会長は、悩んだ…


 およそ、一時間近く、まるで、ハムレットが、生きるべきか、死ぬべきか、それが、問題だと言ったように、悩んだ…


 が、


 それが、いけなかった…


 当然のことながら、その間に、現場には、山田会と松尾会、双方の組員同士が、見る見る膨れ上がった…


 この花見会会長も、現場にいれば、迅速に対応したに違いない…


 怒号が飛び交う現場を見れば、すぐに、なんとか、しなきゃならんと、誰もが判断するからだ…


 それが、会議室ではないが、自分の組事務所にいたから、まさか、それほどの騒動になっているとは、思いもよらなかったのだ…


 …なぜか、オレが、悪者になった…


 と、このとき、花見会会長は、思った…


 後に、警察の発表した調書というか、報告書を見ると、そう書かれていた…


 私も、後にそれを見て、会ったことのない、花見会会長だが、可哀そうだと思った…


 たかだか、小一時間程度、連絡をするべきか、連絡をしないべきか、悩んだに過ぎない…


 が、


 その結果が、一気に、山田会での自分の立場を悪くした…


 花見会会長は、高雄一派で、自分と同じ、高雄一派に属する、幹部会の組長は、口では、あの幹部会で、自分を擁護してくれたが、それは、あの場だけ…


 口には出さないが、はっきり言って、余計なことをしてくれたなと、言わんばかりの態度になったと、後に、警察で、発表した調書で、告げている…


 そもそも、アイツがオレに電話をかけてこなければ?…


 いつのまにか、花見会会長の怒りは、連絡をくれた松尾会の幹部に向けられた…


 誰が考えても、逆恨みだが、怒りが、向かうのも、わかる…


 そして、この花見会会長が、不運だったのは、彼が酒に弱いと言うか、酒乱とまでは、いわないが、酒を飲むと、奇行とまでは、いわないが、周囲が手を付けられなくなるまで、泥酔して、暴れることがあったことだった…


 この一件で、花見会会長は、さすがに、外で暴れることは、なかったが、酔って、前回、連絡をくれた松尾会の幹部に、電話をして、管(くだ)を巻いた…


 酒に酔って、ろれつの回らない舌で、グズグズと不満をぶちまけ、執拗に相手に絡んだ…


 最初は、電話に出た松尾会の幹部も、相手が、酒に酔っていることがわかったので、適当に相手にしていたが、あまりにも、グズグズと執拗に絡んでくるので、しまいには、キレた…


 「…アンタ…いい加減にしてくれ!…」


 その幹部は電話の向こうで、怒鳴った…


 「…こっちは、穏便にことをすませようと思ったんで、アンタに連絡したんだ…それを、上に報告するか、しないかは、アンタの勝手だろ? それで、幹部会で、アンタが糾弾されたからって、連絡をしたオレに、ネチネチと文句を言うのは、筋が違うだろ!…」


 その幹部が、キレて、怒鳴った…


 当たり前の話だ…


 「…来るなら来い! アンタもヤクザならば、ヤクザらしく、かかって来い! オレは、いつでも、受けて立つぜ!…」


 その幹部が、怒鳴った…


 直後に、さすがに、大風呂敷を広げ過ぎたというか、言い過ぎたと思ったが、後の祭りだった…


 酔っ払い相手に、まともに相手にしてはいけない…


 これは、相手がヤクザであろうとなかろうと、誰もが、わかりきった理屈だ…


 それと、ヤクザ相手にケンカを売るのは、厳禁=御法度だ…


 ヤクザは、基本的に男を売る商売と、世間というか、ヤクザ社会で見られている…


 ケンカを売れば、ケンカを買わなければ、男が廃(すた)るからだ…


 なにより、ケンカを売った当人が、あちこちで、アイツはオレのケンカから逃げたと、吹聴すれば、自分が、ヤクザ社会で、生きれなくなる…


 だから、ケンカを売れば、買わななければ、ヤクザ社会で、今後生きてゆけない…


 だから、花見会会長は、高杉一家のケンカを買った…


 かくして、山田会と松尾会ではなく、花見会と、高杉一家との抗争が、勃発した…


                <続く>


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