第5話 氷の瞳で私を見つめる最初の忠犬!(1)
骨皮筋右衛門なアルフレッド王子との最悪な出会いから、早くも6年……。
13歳になった私は、ブラント伯爵家の令嬢セリシーヌとして、社交界の圧倒的女王へとお成り上がっていた。
「まあ、セリシーヌさま、本日もなんて神々しいボリューム感……」
「あの豊満なデコルテ、そして歩くたびに優雅に揺れるシルクのようなお肉……。まさに女神の化身だわ」
きらびやかな王宮の晩餐会──
私が一歩足を踏み入れるだけで、周囲の貴族たちから一斉にうっとりとした感嘆の吐息が漏れる。
特注のコルセットで限界まで胸元を押し上げ、前世のルネサンス絵画を参考にしたボリュームドレスを纏った私は──鏡を見るたびに『今日も最高に仕上がっているわ』とほくそ笑んでいた。
前世の日本なら『関取』と呼ばれかねない体型だが、この世界ではこれこそが国宝級の美貌なのだ。
(ふふん。男なんてみんな、女を容姿のスペックでしか見ない生き物! 前世の私をフッた元同僚もそうだったわ。なら、私はこの世界遺産級のワガママボディで、男どもを完膚なきまでに踏みつけ、かしずかせてあげる!)
私は、前世の復讐ばかりを考えながら、給仕のトレイからラードと砂糖がたっぷりの大ぶりなタルトを優雅につまんでいた、その時だった。
「――おい。見苦しいぞ、大食らいの雌豚が」
低く、地を這うような冷徹な声が、私の鼓膜を震わせた。
振り返ると、そこに立っていたのは、一人の青年だった。
夜闇を溶かし込んだような漆黒の長髪……。
切れ長の涼しげな、冷たい氷のような瞳……。
すらりと伸びた長い脚に、モデルのような細身の体躯……。
前世の感覚なら、画面から飛び出してきたクール系天才二次元イケメン──
彼こそが、若くして最高峰の魔力を誇る天才魔術師にして、レイス侯爵家の次男、ルファード・フォン・レイスだった。
ルファードは、社交界で『幽霊のように青白く、薄っぺらくて醜い男』と陰口を叩かれ、誰にも心を開かない孤高の魔術師として有名だった。
そんな彼は、私の豊かな肉体を見て、己のコンプレックスを刺激されたのだろう。
彼は嫌悪感を露わにして、私を見下ろしていた。
「……何かおっしゃいました、レイス侯爵令息?」
私がいつもの無詠唱で、神々しい、光の扇を召喚士して、口元を隠し、冷ややかに微笑むと、ルファードは最初こそ、私の得意としている《《無詠唱魔法》》に対して、少しばかり驚くと、直ぐに鼻で笑った。
「……聞こえなかったか? 君のように醜く肥え太った女が、これ見よがしに社交界の真ん中を歩いているのが不愉快だと言ったんだ! その見苦しい肉の塊を、少しは恥じたらどうだ」
――出た!!
前世で、私が嫌というほど浴びせられてきた、痩せ型イケメン特有の《《容姿マウンティング》》──
前世の私なら、この冷たい瞳に見つめられただけで、己の体型を恥じて、泣きながら逃げ出していただろう。
だが、今の私は違う。
ここは私のためだけの世界だ!
私はゆっくりとタルトを飲み込み、扇を指で「パチン!」と激しい音を立てて閉じた。
そして、ルファードの全身を、ゴミを見るような、心底軽蔑しきった目で見つめ返した。
「……まあ。あなた、よくそんな《《木の枝のように干からびた体》》で、私に話しかけられましたわね?」
「なっ……!?」
ルファードの端正な顔が、驚愕に固まる。
私は彼に一歩歩み寄り、その薄っぺらい胸板を、扇の先で痛烈に突き刺した。




