第31話 魔道庁・地下訓練区画編 第三試験
痩せ型忠犬二匹が涙目で帰っていった後──訓練区画には、静寂が戻った。
セリシーヌは深く息を吐いた。
(……本当に、あの子たちはどうしてこうも行動力があるのかしら……。悪役令嬢の秘密訓練に、忠犬がついてくるなんて聞いたことありませんわ)
オルフェン副院長は、黒曜の瞳でセリシーヌを見つめた。
「……気を散らされたな……。だが、訓練は続けるぞ」
セリシーヌは剣を握り直した。
「はい! 私、続けますわ」
オルフェンはゆっくりと歩み寄り、セリシーヌの剣先に宿る光の刃を見つめた。
「第二試験で作った《《魔力の形》》……。次は、それを《《維持》》する訓練だ……」
セリシーヌは胸を張った。
「維持するだけなら、簡単ですわ」
オルフェンは静かに首を振った。
「君の魔力は肥大化している。維持は最も難しい」
黒曜の瞳が、セリシーヌの瞳をまっすぐ射抜いた。
「集中しろ……。魔力の刃を保つには、心を静める必要がある」
セリシーヌは深呼吸した。
「……ふぅ……」
剣先の光が揺らめく。
オルフェンはセリシーヌの背後に立ち、そっと彼女の手に触れた。
(……また近いですわね……。オルフェンさま、距離が近いですわ……)
「魔力が揺れている……。心が乱れている証拠だ」
「乱れて……いませんわ」
「忠犬たちの侵入で、乱れたはずだ」
セリシーヌは頬をふくらませた。
「……少しだけ、乱れましたわ」
オルフェンはわずかに微笑んだ。
「正直でいい……。では、心を静める方法を教えよう」
彼はセリシーヌの手を包み込み、魔力の流れを《《整える》》ように指を添えた。
「魔力は心の形だ……。君の心が揺れれば、刃も揺れる……。だから心を静めるために、私の声だけを聞け」
セリシーヌは息を呑んだ。
(……わたくしの心を静めるために、声だけを……? そんな……恋愛イベントみたいなことを……)
オルフェンは低く、落ち着いた声で続けた。
「呼吸を整えろ。魔力を細く──静かに通す。刃の形を思い描け。君の魔力は、美しい。その美しさを、保て……」
セリシーヌの胸が熱くなる。
(……美しい……、また言われましたわ……。悪役令嬢として、こんなふうに褒められるなんて……)
剣先の光が、ゆっくりと安定していく。
オルフェンは静かに言った。
「……そうだ。そのまま維持しろ。君はできる」
セリシーヌは震える声で答えた。
「……はい……」
光の刃は、揺れずに保たれていた。
オルフェンはわずかに目を見開いた。
「……見事だ……。初めてでここまで維持できる者は、魔道庁でもほとんどいない」
セリシーヌは胸を張った。
「わたくし、悪役令嬢ですもの! 影の戦場でも、美しく戦ってみせますわ!」
オルフェンは静かに頷いた。
「……君は本当に、影に向いている。……その強さと美しさは──影を照らす光になる」
セリシーヌは頬を赤らめた。
(……影を照らす光……。そんな言葉、言われたことありませんわ……)
オルフェンは剣から手を離し、セリシーヌの肩にそっと触れた。
「第三試験──合格だ」
セリシーヌは目を丸くした。
「……本当に?」
「本当だ! 君は、魔道庁の戦力として十分に通用する」
セリシーヌは胸が熱くなった。
(……わたくし、影の戦場に立てるのですわね……。悪役令嬢としての新しい舞台が……)
オルフェンは静かに言った。
「次は実戦訓練だ! 魔力の刃を使い、実際に《《斬る》》!」
セリシーヌは剣を握りしめた。
「……わたくし、やってみせますわ」
オルフェンは黒曜の瞳で彼女を見つめた。
「期待している……。セリシーヌ嬢……」
その声は、どこか優しく──どこか特別だった。
◇◇◇




