第4話 初めての婚約者は、驚くほどに骨皮筋右衛門でした(2)
――始まった!
前世で、私が死ぬほど耳にしてきた、男たちのモラハラ特有の、《《あの嫌な声のトーン》》だ。
「だが、勘違いしないでほしいな。僕は王族だ。いくら君が伯爵家の愛娘で、それなりに《《ふくよか》》だからと言って、調子に乗られては困る。僕のように未来を約束された高貴な男が、わざわざ君のような……。その、《《肥大化した》》女を妻に迎えてあげるんだ。僕の慈悲に感謝し、これからは僕の言うことをよく聞く、従順な女になりたまえ」
王子の言葉に、周囲の大人たちが「ヒッ……」と息を呑んだ。
王族の権力を盾にしているが、要するにこれは『お前みたいな至高の美女をもらってやるんだから、僕に感謝しろ』という、己の容姿コンプレックスを隠すための、必死で哀れなマウンティングだった。
お父さまが青い顔をして割って入ろうとする。
だが、私はそれを手で制した。
前世の私なら、ここで傷つき、俯いて泣いていただろう。
けれど、今の私は違う。ここは私の、私による、私のための世界なのだ。
私は、自分の愛らしい口とふくよか、プヨプヨした手を使用して、天才的に、魔法を無詠唱で唱え──神々しく輝く、光の扇を、そっと、王子さまの前で広げて口元を隠した。
そして、「おーっ、ほっ、ほほほほほほほほほ」と、歴史書で読んだ《《悪役令嬢》》さながらの高笑いを響かせる。
「くすくす……。まあ、面白いことをおっしゃるのね、アルフレッド殿下」
「な、何が可笑しい!」
一歩、前に踏み出す!
私のみずみずしく、豊かな肉体の威圧感と──この若さにして、国の高級神官士並みの、魔法を無詠唱で発動できる素早さに、王子がビクリと一歩後ろに下がった。
私は王子のガリガリな手首を、私のふくよかで、白い指先を魔法で蒼白く輝かせて、威嚇しながら、ツン! と突いて差し上げた。
「殿下。そちらの《《貧相な腕》》で、私をエスコートできるとお思いかしら? 社交界の夜会で、私をお支えしようとした瞬間に、殿下のその細いお体が折れてしまわないか、私は今から心配で夜も眠れませんわ」
「なっ……! ぼ、僕の体が、折れるだと!?」
「ええ、そうですわ! それに、そんなにやつれてしまわれて……。その殿下の体躯だと──剣や槍、魔法の腕の方も私はご心配ですわ、殿下……。王宮では、満足な食事も与えられていませんの? かわいそうに……。もしよろしければ、我が家のお抱えシェフが作った、極上のラードたっぷりのケーキでも分けて差し上げましょうか? 殿下があまりにも『哀れな見た目』をしていらっしゃるから、私は、同情してしまいますわ」
私はアルフレッド王子に対して、《《同情》》という言葉をこれでもかと強調し、私は極上のドヤ顔で王子を見下ろした。
「な、ななな……! この僕を、哀れだと……!? 貧相だと……!?」
アルフレッド王子は、生まれて初めて『容姿を完膚なきまでにディスられた』衝撃に、顔を真っ赤にして、カエルのように口をパクパクと開閉させている。
周囲の大人たちは、セリシーヌお嬢さまが『容姿に恵まれない哀れな王子』を、慈悲深くも(??)煽り倒したお姿に、「おお……なんと気高く、恐ろしいほどの女王の器……!」と、感動のあまり震えていた。
「それでは殿下。私はお腹が空きましたので、これで失礼いたしますわ。次にお会いする時は、もう少し《《男らしい肉付き》》になっていらっしゃることを、期待しておりますわね? ――くすくす」
私は完璧な悪役の笑みを残し、呆然と立ち尽くす《《骨皮筋王子》》を置き去りにして、優雅にその場を後にした。
(あー、スカッとした! 男を容姿の差で上から殴るのって、こんなに気持ちいいのね! 決めたわ! 私はこの世界で、最高に我が儘で、最高に高飛車な、イケメン調教系悪役令嬢として生きていくんだから!)
こうして、美の基準が狂った異世界で、私の輝かしい《《悪役令嬢ライフ》》の幕が開けたのだった。
◇◇◇




