第2話 プロローグ:ルネサンスの夜明けは、私の体重計の上で(2)
「――セリア、セリア、我が愛しの天使! さあ、目を開けておくれ!」
頭に響く、やけに品のある、けれど必死な男の声……。
ゆっくりとまぶたを持ち上げると、そこは見たこともない豪華な天蓋付きのベッドの上だった。
視界に飛び込んできたのは、映画の貴族のような格好をした、彫刻のように整った顔立ちの中年男性と、涙を流す絶世の美女……
。
(え? ……ここ、どこ? 私、死んだはずじゃ……)
混乱する頭のまま、自分の手を顔の前に突き出して、私は硬直した。
白くて、短くて、まるでクリームパンのように丸々とした手……
起き上がろうとすると、お腹の肉がたっぷりと邪魔をする。
(嘘でしょ……!?)
這うようにしてベッドを抜け出し、部屋の隅にある大きな姿見に縋り付いた。
そこに映っていたのは――前世の私をそのまま縮小して、金髪碧眼にしたような、あまりにも見事な【ぽっちゃり体型の幼女】だった。
(最悪だわ……。神様のいじわる。せっかく異世界に転生させてくれたっていうのに、またこの呪われた体型なの!? 異世界の聖女とか悪役令嬢って、みんなスラリとした美少女って決まってるんじゃないの!? またデブって蔑まれて、日陰を歩いて生きるのね……!)
絶望のあまり、鏡の前で膝をつき、しくしくと泣き出した私の肩を、先ほどの中年男性――この世界の私の父親であるブラント伯爵が、壊れ物を触るように優しく抱きしめた。
「ああ、セリア、可哀想に。高熱のせいで、そんなにやつれてしまって……!」
「……え?」
やつれて……?
私のどこが? どう見ても、わがままに育ちすぎたマシュマロボディだが?
私が振り返ると、部屋に控えていたメイドたちも、一様に胸に手を当てて、うっとりとした表情で私を見つめていた。
「本当でございます、旦那さま。セリシーヌお嬢さまの、あの絹のように滑らかで、今にも弾けそうなほど豊かな白いお肌……。このブラント伯爵家に、これほど完璧な『美の結晶』が生まれるなんて、神に感謝いたしますわ」
「ああ。これほど素晴らしい肉付きの娘だ。将来は間違いなく、我が国……いや、大陸一の美姫として、社交界の男どもを狂わせる女王になるに違いない!」
父親は、本気で、心から、悦びに満ちた顔でそう断言した。
私は、ポカンと口を開けたまま、自分の丸いお腹と、涙を流して私を称える美形な大人たちを交互に見つめた。
(……待って。やつれてる? 美の結晶? 社交界の女王……?)
その時、前世で貪るように読んだ歴史書の知識が、私の脳内でカチリと音を立てて繋がった。
そうか。この世界は――!
私が生前、夢にまで見た『ふくよかな女性こそが、至高の美とされる世界』なんだ。
前世の私を散々コケにしてくれた、あの男たちの顔が脳裏をよぎる。
私にお金を貢がすだけ、貢がせてフッた元同僚……
私をデブと笑ったクラスメイト……
「……ふふ。あはははは!」
幼女の可愛い声で、私は突然笑い出した!
周囲の大人たちがビクリと肩を揺らす。
鏡に映る私は、丸い頬を吊り上げ、実に邪悪で、最高に魅力的な笑みを浮かべていた。
男なんて、みんなルックスだけで調子に乗る生き物だ。
前世の私はそれを嫌というほど学んだ。
なら、今度は私がその立場になってあげよう。
この極上のワガママボディ(※この世界における世界遺産級の美貌)を使って、すました顔をしたイケメンどもを、徹底的に手のひらで転がして、狂わせて、依存させてやる。
「お父さま。私、お腹が空きましたわ。最高に甘くて、お肉になるお菓子を持ってきてくださる?」
三宅聖子は死んだ。
ここから始まるのは、美の基準がバグった異世界で、すべての男をかしずかせる稀代の悪役令嬢、セリシーヌ・フォン・ブラントの物語だ。
◇◇◇




