第12.5話 第一王子アルフレッド、筋肉がついた結果、ついに婚約者セリシーヌ嬢から“別の評価”を受けてしまう
セリシーヌ嬢に《《哀れな見た目》》と言われてから七ヶ月……。
王宮廊下・朝──
筋肉がつき、肩幅が広がり、歩くだけで侍女たちが頬を赤らめるようになったアルフレッド王子……。
しかし今日の彼は、いつも以上に落ち込んでいた。
「……僕は……太りたいだけなのに……」
肩幅が広がったせいで、歩くたびにマントがひらりと揺れ、王子はまだ十三歳なのに、まるで英雄のような姿になってしまったのだ。
侍女たちがざわめく。
「殿下……今日も凛々しい……」
「肩幅が広がったことで、歩く姿がさらに美しく……」
「殿下の背中……頼もしすぎます……!」
しかしアルフレッドは絶望していた。
「頼もしさなんていらない!! 僕はふくよかになりたいんだ!!」
侍女たちは泣きそうな顔でついていく。
そんな中――
「殿下。おはようございますわ」
廊下の向こうから、ゆっくりと歩いてくる令嬢がいた。
金糸のような髪を揺らし、宝石のような瞳を持つ少女――
そう、アルフレッドの婚約者、セリシーヌ・フォン・ブラント嬢(愛称:セリア)である。
「セリシーヌ嬢……!」
アルフレッドは反射的に背筋を伸ばした。
しかし次の瞬間――
セリシーヌ嬢は、ぴたりと足を止めた。
そして、ゆっくりとアルフレッドを見上げた。
その瞳が、驚きに揺れた。
「……殿下。肩幅が……広がりましたわね?」
「ひ、広がりました……。太りたかったのに……筋肉がついてしまって……」
セリシーヌ嬢は、しばし沈黙した。
その沈黙が、アルフレッドには恐怖だった。
(また……《《哀れな見た目》》と言われるのか……? 僕は……また彼女に失望されるのか……?)
しかし――
セリシーヌ嬢は、ふっと目を伏せた。
そして、ほんの少しだけ頬を赤らめた。
「……殿下。以前より……ずっと、王子らしいお姿になられましたのね」
「え……?」
アルフレッドは固まった。
セリシーヌ嬢は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、いつもの冷たい輝きではなく――どこか、柔らかい光を宿していた。
「殿下。私……あなたが《《哀れな見た目》》だったから、改善を促したのですけれど……」
「う、うん……」
「まさか……ここまで変わるとは思いませんでしたわ」
セリシーヌ嬢は、ほんの少しだけ視線をそらした。
「……その……少しだけ……素敵だと思いましたの」
「す、すてき……!?」
侍女たちが一斉に悲鳴を上げた。
「セリシーヌ嬢が殿下を褒めた!?」
「殿下が……殿下がついに……!」
「これは歴史的瞬間ですわ!!」
アルフレッドは震えた。
「セリシーヌ嬢……僕は……太りたかっただけなのに……」
「太る必要はありませんわ。殿下は……そのままで十分です」
「そのままで……?」
「ええ。むしろ……これ以上太られると……私の隣で見栄えが悪くなりますもの」
セリシーヌ嬢は、いつもの高貴な微笑みを浮かべた。
「殿下。あなたは今のままが一番よろしいのですわ……。私の婚約者として、ね」
アルフレッドは、顔を真っ赤にした。
「セリシーヌ嬢……!」
侍女たちは泣きながら叫んだ。
「殿下! 方向性が間違っていたのは、最初から殿下だけです!」
しかしアルフレッドは、筋肉がついてさらに美少年化した顔で、胸を押さえながら呟いた。
「……セリシーヌ嬢に……褒められた……」
その瞬間──アルフレッド王子は、七ヶ月間の苦行が報われたような気がした。
だが!
その直後、セリシーヌ嬢はさらりと言い放った。
「ただし殿下! ――その《《太りたいという奇妙な執念》》は、今すぐ捨ててくださいませ! 私の婚約者が《《哀れな方向性》》で努力するなど、恥ですわ」
「な……なんだってぇええええええっ!?」
アルフレッドは床に崩れ落ちた。
「セリシーヌ嬢……! 僕は……あなたに認められるために太ろうとしていたのに……!」
「認めておりますわ! これからは太らない努力を、これからはなさってくださいませ」
「方向性が逆ぅうううっ!!」
侍女たちは泣きながら叫んだ。
「殿下!! 今度こそ正しい方向性です!!」
しかしアルフレッドは、枕ではなく胸元をぎゅっと抱きしめながら呟いた。
「……ぼ、僕は……絶対に……セリシーヌ嬢に認められる……!!」
その決意は、誰にも止められなかった。
(完)
◇◇◇




