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月は君を見ていた  作者: Tohna
月の章
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第四十三夜 太陽の孤独

 警察署での事情聴取は、夜が明けるまで続いた。


 三年前、記憶を取り戻した首藤は、要の車内放置による死亡事件で起訴をされたが、暴漢に襲われ記憶をなくしたという情状を酌量されて三年間の執行猶予がついていた。


 そもそも離婚し、親権がないのに何故要と一緒にいたのか。


 その日は離婚協議で決まった月一度の面会日だった。

 

 要を車で連れまわしている最中に不可解で卑劣な犯行に及ぼうとした理由については、ついぞ自白することは無かったが、今後司法がどのように判断するのか社会的な話題となった。


 そして三年前の俺たちが起こした出来事は、首藤の未成年者略取未遂に対する「正当防衛」と「緊急避難」として処理される見通しとなった。


 俺たち中学生が刑事罰に問われることはなく、少年法や児童福祉の観点からも、警察はこれ以上俺たちを咎めることはしなかった。


 だが、社会的には俺たちは完全な「悪者」となった。


 俺たちが事実を隠蔽したことで、捜査が遅れ、首藤 要という幼い命が失われたという結果は、ネットの中では誹謗中傷の格好の的となったのだ。


 学校でも同様に同級生には腫れ物に触れるような


 隠蔽した事で、この事は一生俺たちの背中に重くのしかかる十字架となった。



 冬晴れの冷たい風が吹く中、俺と双葉、雄二の三人は、赤笹川の河川敷にあるフットサルコートに向かっていた。


 クラブハウスのロッカーを片付け、山田さんや筧さんに退団を申し出るためだ。


 学校での風当たりや、保護者たちの視線。


 それに何より、俺たち自身が「嘘をつき続けて手に入れた日常」の上で、これ以上無邪気にサッカーのボールを蹴ることはできなかった。これが、俺たちが自ら選んだ「代償」だった。

 コートに近づくと、パーン、パーンと、ボールを蹴る乾いた音が響いてきた。


 見慣れたハイブリッドターフのピッチには、たった一人でボールを蹴り続ける柊の姿があった。


 俺たちの姿に気付くと、柊は足元でボールをピタリと止め、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。


「……(しゅう)


 俺が声をかけると、柊はいつものように飄々とした、だがどこか寂しげな顔で笑った。


「ニュースにもなってたし、太刀川(センセイ)からも聞いたよ。……お前ら、辞めちまうんだろ?」


「ああ」


 双葉が短く答えた。


「お前には悪いことをした。せっかく転校してきて、俺たちと連携も合い始めてたのにな。一番いいトップ下を失って、せいぜい苦労してくれ」


 双葉らしい、精一杯の憎まれ口だった。


「本当だよ。雄二のデコイの使い方も、晴矢のボランチからの展開も、やっと面白くなってきたところだったのにさ」


 柊はそう言って、足元のボールを軽くリフティングした。


「……でも、お前らは逃げずに、自分の過去と向き合ったんだろ?」


 俺たちはハッとして柊を見た。


「交差点でおっさんとすれ違った時、お前らが何かヤバい隠し事をしてるのは分かってた。でも、お前らはそれを自分の足で終わらせてきたんだ。だったら、下向くなよ」


 柊の言葉には、同情も軽蔑もなかった。


 ただ、一人のチームメイトとしての、真っ直ぐな信頼だけがあった。


 過去の罪という暗い夜に囚われていた俺たちにとって、トラウマを持たない柊の存在は、眩しすぎる太陽そのものだった。


「柊……ごめんな」


 雄二が顔をくしゃくしゃにして、涙声で言った。


「俺、お前のパスからもっとゴール決めたかったよ」


「何言ってんだよ」


 柊はボールを蹴り上げ、両手でキャッチした。


「いつか、絶対にお前らにパスを出すよ。高校か、それとももっと先か分からないけど……俺が、完璧なラストパスをお前らの足元に届けてやる」


 その言葉が、どれだけ現実味のない約束か、俺たちには分かっていた。


 一度このレールから降りた俺たちが、再び柊のような天才と同じピッチに立つ日が来る可能性は、限りなくゼロに近い。


 それでも、俺はその約束を笑えなかった。


「……ああ」


 俺は必死に涙を堪え、柊に向かって笑ってみせた。


「その時までに、もっと上手くなっとけよ。ノイアーも琉玖も、お前一人でぶち抜け」

「言われなくても」


 柊がニッと白い歯を見せた。


 俺たちは踵を返し、ピッチを背にして歩き出した。


 クラブハウスへ向かう途中、一度だけ振り返った。


 冬の低い太陽に照らされたピッチの中央で、柊はたった一人、再びボールを蹴り始めていた。


 パーン、パーンという音が、冷たい冬の空気に孤独に響く。


 それは、俺たちが自らの手で手放した『眩しい未来』の音だった。


 もう戻れないピッチの光景を網膜に焼き付け、俺は前を向いて歩き続けた。

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