第四十二夜 決着
サイレンの音が止み、赤色灯の光が降りしきる雪を毒々しく照らしていた。
俺たちを乗せたパトカーが到着したのは、増尾川のさらに上流にある、廃業した小さな工場だった。
ヒナが泣き腫らした目で、記憶の底から絞り出すように教えてくれた唯一の心当たり。
それは、両親が離婚する前、まだ家族が一緒に暮らしていた頃に、父親が「秘密基地」と呼んでよく釣りの道具を手入れしていた場所だった。
「君たちは車から絶対に出るなよ!」
助手席から降りた山岡刑事が鋭く命じ、他のパトカーから降りた制服警官たちと共に、錆びついたトタンの引き戸へと向かっていく。
だが、俺は大人しく待っていることなんてできなかった。
双葉も同じだった。
俺たちは顔を見合わせ、山岡刑事の制止を振り切って雪の中へと飛び出した。後ろから、ヒナも青ざめた顔で付いてくる。
「警察だ! 首藤、大人しくしろ!」
警官たちが引き戸を蹴破り、雪崩れ込むように工場の中へと突入する。
俺たちが入り口に駆けつけた時、薄暗い空間の奥で、数人の警官に取り押さえられそうになっている首藤の姿が見えた。
その後ろの床に、後ろ手に縛られて倒れ込んでいる麻里奈の姿があった。
「麻里奈!」
双葉が叫んだ。その声に反応した首藤が、血走った両眼をこちらに向けた。
「お前ら……! よくもノコノコと……!」
首藤は警官たちの制止を振り払うほどの異様な力で暴れ、俺たちに向かって吠えた。
「お前らのせいだ! お前らがあの日、俺を川に突き落とさなければ……! 要は死ななかった! 俺は被害者だ!」
狂気に満ちたその叫びは、廃工場に不気味に響き渡った。
俺は一瞬、その凄まじい怨念に足がすくみそうになった。
だが、俺の前に、小柄な背中がスッと立ち塞がった。ヒナだった。
「……ヒナ?」
首藤の動きが、ピタリと止まった。自分の娘が、憎き仇である俺たちを庇うように立っている状況が理解できないようだった。
「雛子、そこをどくんだ。そいつらが、要を殺した悪魔だ……お父さんの人生を壊したんだ!」
ヒナの肩は、小刻みに震えていた。
だが、彼女は一歩も引かず、首藤を真っ直ぐに見据えた。
「お父さん……もう、嘘はやめて」
悲痛な、しかし静かな声だった。
「警察の人から、全部聞いたよ……。あの日、お父さんがどうして川に落ちたのかも。奈央ちゃんを襲おうとしていたことも」
「なっ……違う! 俺はただちょっと……!」
「違わない!!」
ヒナの絶叫が、首藤の醜い言い訳を完全に断ち切った。
「自分の身勝手な欲望で女の子を襲おうとして、反撃されただけでしょ!? 自分が要を車の中に置き去りにしたくせに……その罪から逃げるために、全部この人たちのせいにして!」
ヒナの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
「要を……要を殺したのは、お父さんだよ……!」
その一言は、どんな刃よりも鋭く、首藤の心の急所を貫いた。
「あ……ぁ……」
首藤の口から、空気が漏れるような情けない音が響く。
狂気と憎悪で充血していた目が泳ぎ、自分を正当化するために積み上げてきた脆い嘘の城が、実の娘の言葉によって完全に崩れ去っていく。
「お父さんのせいで、要は死んだの! これ以上、人のせいにしないでよ……!」
「違う……俺は……俺は……」
首藤の膝から力が抜け、そのままガクンと冷たいコンクリートの床に崩れ落ちた。
警官たちが即座に彼を取り囲み、背後に腕を回して手錠をかける。
冷たい金属音が響いたが、首藤はもう抵抗する気力を完全に失い、ただ虚ろな目で床を見つめていた。
「麻里奈!」
双葉が一直線に走り寄り、麻里奈を縛っていたビニール紐を不器用な手つきで急いで解いた。
「双葉……」
麻里奈は強がって見せようとしたのか、少しだけ口角を上げたが、すぐにその顔はぐしゃぐしゃに歪み、双葉の胸に顔を押し付けて声を上げて泣き始めた。
双葉は何も言わず、ただ強く彼女の背中を抱きしめていた。
俺は、床に崩れ落ちた首藤と、彼を見下ろしたまま静かに涙を流し続けるヒナの背中を、ただ見つめることしかできなかった。
事件は終わった。
だが、暴かれた真実の代償は、あまりにも重く、痛々しかった。




