第9話:「おばあさんは木々の上から下に」
頬を撫でる風が次第に強くなると、おじいさんは、おばあさんの声がだんだん大きくなるのを聞きました。
「おじいさん……おじ……さん、早く……起きてくださいな。もう朝ですよ!」
おばあさんの声とともに、おじいさんは起き上がりました。
「わしは……」
おじいさんは頭の上をかきました。
「私の味噌汁が美味しくて、三日間ぶっ倒れていたんですよ。今度から愛情は少なめにしますね。」
――ああ、思い出した。毒キノコにやられたんだった。
おじいさんは苦笑しながら言いました。
「おばあさんの愛情に食あたりとは、すまなかったのう。」
「本当ですよ。びっくりしたじゃないですか。」
おばあさんも、つられて笑いました。
「ところで、三日間も寝てたってことは、もう食材がないじゃろ。」
おじいさんは台所を見ながら言いました。
「そうなんですよ。だからおじいさんの頬を撫でて起こしました。」
――ランプの妖精か!
と、おじいさんは心の中でつぶやきました。
辺りには天然の薬草や水枕、盥が置かれており、三日もの間、おばあさんがつきっきりで看病していたことがうかがえました。
「体もだいぶマシになったし、山菜やらシカやらをとってくることにするよ。」
「ありがとうございます。気を付けていってきてくださいね。」
おじいさんは籠を持ち、山道を上がっていきました。
おばあさんも、洗濯物を干し、いつものように木々を伝い、最短ルートで川へ魚を取りに向かいました。
その瞬間、山を裂くような銃声が轟き、銃弾がおばあさんの顔をかすめました。
音の先では、二人組の猟師が遠くから煙の出ている猟銃を構えていました。
「あれ?おかしいな。今、猿みたいなのに当たったと思ったんだけどな~」
「お前、腕が鈍ったんじゃないのか?あんまり弾を無駄にするなよ。」
「そんなこと、わかってるよ。お前が音を立てるから、猿に気づかれたんじゃないのか?」
「おいおい、人のせいにするなよ。まぁ、見に行こうぜ。」
男たちは歩きながら山中を移動していきました。
おばあさんは弾を避けたものの、バランスを崩して木々から落ちていきました。
――この高さなら、大丈夫ね。
そう思いながら受け身の体勢を取りました。
しかし、落ちる先に子供の姿が見えました。
――子供を押しつぶしてしまう。
咄嗟に受け身の体勢を解き、体を大きく捻り、かろうじて子供を避けました。
受け身が取れなかったおばあさんの体には枝が突き刺さり、衣もろとも血だらけとなって、子供の前に姿を晒してしまいました。
子供は怯え、当然のように泣き叫びました。
先ほどの二人組の猟師が、「一郎!どこにいるんだ!」と、声をかけながら草をかき分けてこちらに向かってくるのが見えました。
おばあさんは、比較的無事だった左の手足で踏み込み、横の木々が生い茂る崖下へと降りていきました。
猟師たちが子供のいる場所に着くと、崖下へ降りていく衣をまとった黒い影が見え、足元には赤黒い血が広がっていました。
「何だったんだ今のは?人か?」猟師の一人は猟銃を崖下へ向け、目を凝らしました。
「大丈夫か。怪我してないか一郎。何があったんだ。」と、心配する猟師。
子供は泣き続け、まったく言葉が出ませんでした。
「とりあえず、いったん村へ戻ろう。」
猟師の一人が、子供を慰めながら言いました。
「そうだな、急ごう。これは村長に報告だな。」
猟師は子供を抱え、村へ続く山道を下りていきました。




