第10話:「村人は疑心から行動に」
その夜は、珍しく遅くまで村の明かりが灯っていました。
「だーかーらー、本当に見たんだって。女物の衣を着たやつが崖を降りていくのをよー」
猟師の一人が、村の寄合で話し始めました。
「とは言ってもなぁ。村の女があの山に入ったりすることはないしなぁ。」
「何かの見間違いじゃねぇのか?」
寄合に来ていた村人たちは、次々と疑問を投げかけました。
「うちの一郎も襲われそうになったんだ!だろう、一郎!」
もう一人の猟師が、自分の子どもを見つめて話を進めました。
「うぅん……僕を食べようとしたから、とっさに叫んだんだ!」
子どもは村人たちを見回しながら話しました。
「長い髪の女の人だった。顔が血だらけで……歯まで真っ赤だった。それで僕は……」
そこまで言って、子どもは泣き始めてしまいました。
「ほら、一郎も怖い思いをしたから、もう山に入れなくなっちまった。猟師のせがれだっていうのに……まったく、困ったもんだぜ。」場の空気が少し重くなりました。
「それは、本当に女だったんだな?」
奥に座り、黙って話を聞いていた村長が口を開きました。
「う……うん、お……おんなの人だったよ……」
一郎は涙をぬぐいながら頷きました。
村長はゆっくりと息を吐きました。
「だとしたら、山姥かもしれんな。まだあの山にいたのか。」
「よく噂に聞いていた、あの山姥かい?」猟師が聞き返しました。
村長は頷きます。
「昔からあの山には山姥がいると言い伝えがあってな。実際に住んでいるとも言われておった。最近は聞かなくなっていたが……まだ生き残りがいるとはな。昔はのう……お前らの爺様たちと、山姥狩りをしたものだ。」
寄合の場がざわつきました。
「村長……山姥は、その……人を食べるのかい?」
猟師の一人が、声を潜めて尋ねました。
村人たちも、その一言にわずかに身を寄せ合いました。
「それはもちろん、食べるさ。」
村長は断言しました。
「昔は旅人がよくあの山で消えていった。皆、食われてしまったのさ。」
村長は、自分が見聞きしてきたこと、そして過去の山姥狩りについて語り始めました。
「各村にも、ひっそり暮らす山姥がおった。そんな山姥たちは、奉行所に捕らえられていったよ。もちろん、村人たちは協力し、その謝礼も出てな。」
「山姥がいるというだけで、村は駄目になる。怪しければすぐに報告しておったわ。」
その言葉に、村人たちの顔色が変わりました。
「で、どうすればいいだ、村長!」猟師が声を荒げました。
「村の近くにそんな化け物がいるなんて御免だぜ。」
「もう山に入れないじゃないか!」
不安が、不満へと変わり始めていました。
「まずは山で、山姥の住処を見つけることからだな。」
村長は落ち着いた声で言いました。
「もっとも、山姥の家がそう簡単に見つかるかはわからんが。」
そのとき、寄合に来ていた商人が口を開きました。
「そういえば、たまに山から下りてくるじいさんがいるだろ。」
「山はわしの庭じゃ、とか言ってるあのじいさんか?」
「そうそう、あのじいさん。」
「ああ、あの自慢じいさんか。」猟師が顎に手を当て、思い出したように頷きました。
商人は続けました。
「あのじいさんなら、山姥の住処になりそうな場所もわかるんじゃないか?山を知り尽くしているみたいだしな。」
「まあ、聞いてみるだけなら。山をそこまで知っているとは思えないが…」猟師が少し考えながら言いました。
「今度そのじいさんが来たときに、それとなく聞いてみるか。」
商人がそう言うと、村長が低い声で釘を刺しました。
「気をつけるんだぞ。そのじいさんを信用しすぎるな。山姥と繋がっているかもしれん。」
「わかってますよ、村長。こっちは客商売で数十年。客の考えていることなんざ、手に取るようにわかりますって。」
軽口が戻ったものの、場の空気はすでに変わっていました。
そしてその日の寄合は終わりました。
村人たちは、
「山姥って本当にいたんだな」
「山姥狩りか……」
と、口々に言いながら、それぞれの家へ散っていき、明かりはひとつ、またひとつと消えていきました。




