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第7話:「おじいさんは子供から青年に」

月日が流れ、その子供は成人し、親戚の家を出ることになりました。

「今まで、本当にお世話になりました!」と親戚に深々と頭を下げる青年。


青年は日雇いの仕事を転々としながら、自分の生まれ故郷の村へ続く山道を歩いておりました。

その日は晴れており、キビタキのさえずりが聞こえておりましたが、木々の上で物音がすると、あっという間に辺りは静寂に包まれました。


“ガッッッ”

青年は突然、首を掴まれ、地面に押し倒されました。

「あなた、この村の人ではありませんね?」

逆立った長い髪を揺らしながら、女は青年に詰め寄りました。


――どう答えたら穏便に済むだろう。

そう考えを巡らせながら、青年は言いました。


「俺は、昔あの村から見捨てられた子供で、今はただの行商です。そういえば、肉もあります!もしよければ……」

青年は籠から散乱した笹の葉を開け、牛の肉を差し出しました。

しかし、女はそれを手に取ると、後方へ投げ捨てました。


――今のご時世、肉を好まぬ者(ベジタリアン)もいるのだろうか。

青年は混乱したまま考えておりました。


死を悟った青年の心は、不思議と静かになっておりました。

「君は、亡くなった俺の母さんに目がよく似ている。どこか悲しい思いをしている目だ。」


その言葉に、女は一瞬、首を掴む手を緩めました。

「嗅いだことがある匂いだと思いましたが……あの時の子供でしたか。何年前でしたでしょう。雨の中、うるさく泣き叫んでいたのは。」


女は、あの雨の日に木の上から見ていたことを静かに語りました。


「あぁ、やっぱりあの頃からいたのか。山姥だろう?良かったよ、ずっと探してはいたんだ。」

母親が死んだ原因の一つが山姥だと知り、憎む気持ちもありました。

しかし同時に、母親は存在しないものに疑われて死んだわけではなかったと理解し、青年はどこかほっとしている様子でもありました。


「もう少し話せないか、俺の母親は山姥だと疑われ…」青年は長い歳月、山姥というものを考え続けてきました。今となっては、興味すら湧いてきておりました。

「知っていますよ。ずっと見ていましたから。今日はもう日が暮れます。行商でしょう?この山道を通るたびに、お聞きしたい話をしてあげましょう。」


そう言うと、山姥は山道を通る風に乗り、どこかへ消えていきました。


「なぜだ?君にとって何の得に……って、行ってしまったか。」青年は、女が残した風に届かぬ声をかけました。


それからというもの、青年はその山道を何度も行き来するようになりました。

そして山姥と出会うたび、互いに言葉を交わしました。


山姥の話によれば、村人たちの噂のように人を食べることはないということでした。

山姥が旅人を食べるという噂は、あてもなく歩く旅人を狙った窃盗や、地位の高い者による刀の試し切りが原因であり、それがいつしか山姥が人を襲うという噂となり広まったのだということでした。


「そうだったのか…」青年はうつむきます。

「それでも、お母様が亡くなられたのは、山姥である私の存在そのものが原因なのでしょう。」

そう言ったあと、山姥は問いかけました。


「あなたは今、私を殺したいですか?」

その一言で、昼間の山の空気が一瞬にして張り詰めました。


青年はしばらく口を閉ざしておりましたが、やがて静かに答えました。

「……殺してやりたいというか、憎いんだよ。山姥も、あの村の人たちも。」


「母さんは村人たちに殺されたようなものだ。だから、あの村人たちには母さんが無罪だったこと、そして自分たちがいかに愚かだったかを自覚させたい。」と、力強い言葉で続け、

「殺すのではなく、あの村に業を背負わせたい。そして、母さんや昔の俺のような子供が二度と生まれないようにしたいんだ。」

青年の目は山姥を見つめ、覚悟を宿した目でございました。


「それなら、こうしましょう。」山姥は名案を思い付いたように、青年の顔を見返しました。

「あなたは私を殺しなさい。私もあなたがあの村に復讐するのを手伝います。」


青年は、――何言ってんだ

という先ほどの覚悟の顔から阿呆(あほう)を見る顔になり固まります。


それを察した山姥は続けました。

「ですから、あなたはあらゆる方法で私を殺そうとしてください。その代わり、あの村への復讐ができるように、私もあなたを手伝います。」


青年は悩みながら

「君を殺すってことは、……つまり、君は死にたいのかい?」


「いいえ、死にたくありませんが、数千年生きてきた身です。どうやって殺してくれるのか、面白そうではありませんか。」山姥は、好奇心を持った笑顔を浮かべておりました。


「…村への復讐っていうのは、具体的にはどうやってやるんだい?」

「それは、私と一緒に生活していけばわかりますので、ご安心ください。」


「一緒に生活?」青年は、首をかしげました。


「まず初めに、あなたには私の夫になってもらいます。」

「お…夫!?待て、待て、待て、話が見えてこないんだが。」青年は山姥のその一言に被せるように言いました


「あなたはあの村の人たちが憎いのでしょう。」再度確認をするよう、山姥が問いました。

「まぁ、そうだが…。それとこれとでは話が違う気が……」青年は言います


「いえいえ、違いません。私と一緒に生活していれば、あなたは村の人たちへの復讐をすることができるのです。」

「そして、私と暮らしながら私を殺せたのなら、山姥とあの村への復讐が同時にできるということです。もちろん、私も妻としては一生添い遂げる覚悟です。」


青年は、まんざらでもない顔をしておりました。

山姥といえど絶世の美女ときて、どこか記憶の片隅に置いてきた母親に似ている風貌でございました。

何年も山道を通い続けた理由も、それがあったのかもしれません。


「本当に、君はそれでよいのか?俺はただの行商で、その……人間ですよ?」


「えぇ、もちろんです。私からの提案ですから。」山姥は即答します。


山姥にも思うところがありました。

数千年、山で一人きりだった彼女にとって、昔からの知り合いのように話しかけてくれる青年の存在は、特別なものでした。


そして、

――人として生きてみたい。

そんな願いが、どこかにあったのかもしれません。


突然の提案に動揺している青年ですが、腰の革袋を探りました。

「普通は杯を交わすのだけども、目立つこともできないし……」


そう言って取り出したのは、父の形見の()()()()()でした。

「じゃあ、これを君にあげるので夫婦の契りということで、いいかな?」青年は山姥へ渡しました。

「もちろん、これで正式に夫婦ですね!よろしくお願いします。」


――これで復讐ができるなら。

そう思うことで、青年は自らを納得させました。


こうして、静かな山奥で、人と山姥による夫婦の契りが交わされたのでした。

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