第6話:「おじいさんは幸せから孤独に」
おじいさんは、寝込んでいる間に昔の夢を見ておりました。
それは、おじいさんがまだ小さいころの話でございます。
その子は、村はずれの山の麓で、父と母と三人で暮らしておりました。
その子の父親は、鍛冶職人として名の知れた男でございました
ある日、五つ山を越えた先の村の大地主から、仕事の依頼を受けたのでございます。
父親は、いつものように鉄粉のついた手拭い、革袋に包んだ細い鑿などの道具、そしてお守りの錠を持ち、土間へ降りて玄関先へ出ました。
「お帰りはいつ頃になるんですか?この子も寂しがるでしょうに」母親が子の頭をなでながら、父親に申しました。
「そうだな。三か月はかかるだろう。だが大丈夫さ、文も必ず出すから」
父親はそう答えました。
「ちょっとの辛抱だ。人の大事なものを必ず守る錠。錠の職人としての大事な依頼なんだ。」父親は子の前にしゃがみ、言い聞かせました。
「うん、わかった。早く帰ってきてね」子は涙ぐみながらも、父親の背中を見送りました。
しかし、一か月二か月と月日が流れますが、一向に文が届くことはありませんでした。
三か月を過ぎたころでしょうか、ようやく一通の文が届いたのでございます。
「お母さん、お父さんからの文?」
子は母親の手から文を取ろうといたしました。
けれども、母親は文を握りしめ、子を抱きしめながら涙をこらえました。
文からは、小袋に入った父親のお守りの錠が、ぽとりと落ちました。
「お母さん、どうしたの?なんで震えているの?」子は幼いながらも、父親がもう帰らぬ人となったことを、どこかで悟っておりました。
その日を境に、母親はいつもの笑顔の奥にどこか悲しい目をするようになりました。
それからというもの、母親は村でもらえる仕事を次々に引き受けました。
忙しくしていることで、悲しみを少しでも忘れようとしていたのでしょうか、
畑仕事、手工業、雑用と、日の出から日没まで毎日休むことなく働きました。
その甲斐もあって、村人からは『しっかり者だ。』と評判でございました。
しかし、その真面目さを妬む村人もおりました。
そのころ、その村では奇妙な噂が流れておりました。
近くの山で、旅人が忽然と姿を消す神隠しが起きているという噂でございます。
村人たちは、古くからの伝承にもある山に住む山姥の仕業だと恐れておりました。
その子の母親を妬む村人は、その噂を利用し始めました。
「毎日仕事ができるのは、山姥だからだ!」
「旦那も食べてしまった!」
「いつか村人も一人ずつ食べられてしまう」
根も葉もない噂を陰で言いふらしておりました。
小さな村では、あっという間に山姥とその子の母親の噂で持ちきりになりました。
やがて、その子の母親に任されていた仕事は、ひとつ、またひとつと無くなっていきました。
ある日、その子が雑木林で遊んでいると、一本道を進む村人の列が見えました。
その後ろには、奉行所の役人たちの姿もございました。
列は、子の家へ向かっておりました。
子は息をひそめ、列の後をついていきました。
役人たちは子の家の前で立ち止まり、呼びかけに応じて中から母親が出てきました。
奉行所の役人は、紙を母親の顔の前に差し出し母親は諦めた様子で頷き、役人に連れていかれました。
その子は母親を連れていく役人に、
「お母さんをどうする気だ!」と涙ながらに袖にすがりました。
「うるさいぞ!」と片手で振り払われ、道の溝に伏しました。
そのまま、母親の姿は村から消えました。
「やはり、役人に頼んでよかった」
「山姥がいなくなってせいせいする」
少し前まで母親と仲良くしていた村人ですら、口々にそう言っておりました。
村に身寄りのないその子は、遠い親戚に預けられることとなりました。
家財を整理し、最後に家の近くの山を登っていきました。
「なんで母さんなんだ!母さんが何をしたっていうんだ!」山に響くその子の声。
村では吐き出せない心の声が木々を震わせ、大木に頭を打ちつけながら、その子は何度も何度も叫び続けました。
ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は、やがて激しくなり、その声を飲み込みました。
「絶対に……許さない」
雨の中、身震いしながら、その場から動きませんでした。
大木の上が、わずかに揺れました。
けれども子は、それに気づくこともなく、泣き叫び続けておりました。
そして次の日の朝。
子は親戚に連れられ、父と母と過ごした家を後にしたのでございます。
その胸に残ったのは、ただひとつ。
許さぬという、静かな復讐の種でございました。




