第14話:「村人たちは正義から悪に」
先に動いたのは、村人たちでした。
鍬を振りかざし、鎌を投げつけましたが、おばあさんはそれらをすべていなしていきました。
「あのばあさん、化け物かよ」
猟師たちも弾を込め、次々と発砲しました。
おばあさんは弾を避けながら、猟師の放つ無数の弾に当たりそうな村人をはねのけ、猟師たちの方へと進んでいきました。
村長は自慢の矛を振りかざし、猟師に迫るおばあさんの前に立ちはだかりました。
おばあさんは華麗にかわし、矛先の上にすっと立ちました。
「まぁまぁ、物騒なものを振り回すのですね。」
やけになった村長は、所かまわずおばあさんめがけて矛を振り回しました。
「村長、危ない!」
「俺らを殺す気ですか!」
村人たちは叫びました。
――もとはといえば、お前らが腰抜けだからだ。
村長は心の中で毒づきましたが、声に出したのは別の指示でした。
「手の空いている者は火矢と油を用意しろ。焼き討ちだ!」
村人たちは後方へ下がり、火矢の準備を始めました。
村長はおばあさんを引きつけながら、攻防を続けました。
「ちっ!なぜ当たらん!」
「はぁ……村長さんといえど、この程度でしたか。少し残念です」
「ふざけるな、山姥ごときが!」
渾身の突きを繰り出しましたが、あっさりといなされました。
「くそっ!山姥を殺せば謝礼があるんだ!」
振り向きざまに矛を回しましたが、気づけば背後を取られていました。
「まだ謝礼があるのですか。」
その一言とともに、おばあさんは村長の背を足裏で軽く蹴りました。
大きくよろけた村長は、後方を確認しました。
「準備できたぞ、村長!」
「早く火矢を放て!」
村長の指示のもと、村人たちは山だけでなく、おばあさんの家と畑にも火を放ちました。油を入れた陶器が炎の中へ投げ込まれます。
炎は瞬く間に燃え広がりました。
おばあさんは村長の矛をかわし、真っ先に家へ向かいました。しかし火の回りは早く、家の中はすでに火の海でした。
おじいさんと過ごした縁側。
小突いて空いた壁の穴。
朝早くから夜遅くまで立ち続けた土間の台所。
数千年の生の中で、ほんの数十年の思い出。
それらが炎に包まれていくのを、ただ立ち尽くし見つめていました。
「山姥が人の真似をするからだ。あの世で、これまで襲った人たちに謝るんだな。」追いついた村長は言いました。
そうして、立ち尽くすおばあさんに縄をかけ、村人たちの前に引きずっていきました。
「いいか、村の衆!今日この場で、この山姥は殺す。お前らが生き証人だ!」
村長は矛先を見て舌打ちしました。
「この矛はもう駄目だ。刃こぼれしてやがる。」
そう言って猟師から猟銃を奪い、弾を込めながら問いかけました。
「山姥、数千年生きた化け物よ。何か言い残すことはあるか。」
「そうですね。数千年、山から村々を見て生きてきましたが……」
とおばあさんは一呼吸おき、そして、静かに言いました。
「山姥は……私だけでしたよ。」
その一言は、村人たちを困惑させました。
「ばあさん一人だけ?」
「でも山姥は村にもいたって……」
「昔から山姥を殺してきたって……」
「ちっ、戯言を!死が早まったな!」村長は猟銃を構えました。
銃声が夜の山に響き、おばあさんは倒れました。
「ふん、終わったな。」
「それじゃあ、村の衆。村へ……」
村長が言い、振り返ろうとしたそのときでした。
地面が、うねり始めました。
「なんだ、地面が流れてるぞ!」
「木につかまれ!」
「逃げろ!」
「うわぁ!」
長雨で緩んだ山肌が轟音とともに崩れ、村人たちを木々ごと押し流しました。
土砂は山道を飲み込み、畑を埋めました。
「おい、皆大丈夫か?」
幸い命を落とした者はおらず、擦り傷や捻挫だけで済んでおりました。
しかし、山を切り開いた道と村の一部の畑は、完全に土石に埋もれていました。
「何だったんだ、今のは……」
「ばあさんを殺したからか?」
「祟りじゃないのか?」
「もう山に手を出すのはやめたほうがいい……」
ざわめきは、やがて別の声へと変わりました。
「それより、どういうことだ村長! 山姥は一人だけって!」
「あんた知ってたのか!」
「俺たちは仲間を奉行所に売ったのかよ!」
「もしかして、気に入らないやつを山姥に仕立て上げていたんじゃないのか!」
村人たちが村長に詰め寄りました。
「わしは……村を守っただけだ……」
しかし、その言葉に耳を貸す者はもういませんでした。
小さな村に広まったのは、
――山姥を殺したという話ではなく
――山姥は一人だけだったという話でした。
これまで山姥と疑われ、村八分にされ、家族を失った者たちが声を上げました。
そして同時に、山姥狩りに加担していた村人たちは罪悪感に苛まれました。
村人たちは自らの手で、これまで山姥と疑われて亡くなった同胞たちのため、毎年必ず供養を行うことを決めました。
正義だと信じた行いが、悪だったと知った夜となりました。




