最終話:「おじいさんはおばあさんをしばきに」
数か月の月日がたちました。
山道はいまだにつながっておりませんでしたが、山のどこからか一人の息遣いが聞こえておりました。
あの日の夜、山奥へ出かけてしまっていたおじいさんは、竹棒で崩れた山肌を突いておりました。
「ばあさんや。もう本当に殺されてしまったのかのう」
おじいさんは、あの日の夜を思い出しておりました。
家の方から火の手が上がっているのに気づき、山奥から急いで戻っていたのでした。
戻る途中、木々の隙間から、おばあさんが村長に撃ち抜かれる瞬間を遠目に見てしまいました。
それと同時に、村人たちが木々とともに土砂に流されていくのも見ておりました。
おじいさんの目には、倒れ込んだおばあさんが土石に埋もれていく姿が焼きついておりました。
「村人たちの噂通りなんじゃろうなあ。……でも、まだ信じられんのじゃ。」
おじいさんはおばあさんを諦めきれず、無事を祈る祠を半壊した家の先に設けておりました。
それから数日後のことでした。
いつものように祠に手を合わせていると、祠の裏側に、おばあさんに渡していたお守りの錠と、石に刻まれた文字があるのを見つけました。
――化粧が崩れたので、すこし手直ししてきます
それを見た瞬間、おじいさんは家に戻り、棚を開けて遠出の準備を始めました。
「昔の行商の道具はどこじゃったかのう」
そう言いながら籠を手に取りました。
そして、
「まだこの衣は着られるじゃろうか」
「あー、こんなところに穴が開いておる。こんな時におばあさんがおったらなあ」
そう言いながら、針と糸で衣の穴を縫い合わせていきました。
「わしも、随分と不器用なんじゃな。ばあさんや。」
「よし。」山々を練り歩く際に愛用していた衣に袖を通しました。
「おばあさんに約束を守らせて、わしが約束を果たせんのじゃ、男が廃るってもんよ。」
張り切りながら下駄を履きました。
「大事な約束は守らんとな。なあ、おばあさんや。」
そう微笑みながら、お守りの錠を腰に掛けました。
「おっと、いけねえや。〈夜咲山草ブレンド〉もじゃったな。」と、山菜を麻袋に詰めていきます。
そして、おじいさんは笠をかぶり、振り返ることなく家を後にしたのでした。
力強い山風が、まるで誰かの蹴りのように、おじいさんの背を押しておりました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
おじいさんとおばあさんがその後どうなったのかは、山風の便りがあれば、またいつか。
もしよろしければ、また別の話でお会いしましょう。




