第12話:「おじいさんは山から村に」
村で寄合が開かれてから、数週間、雨が降り続きました。
そして雨が止んだある曇り空の日。
山から村へ続く一本道を、おじいさんが下りてきました。
道わきで畑の手入れをしていた村人たちは、おじいさんが通り過ぎたあと、皆一様に手を止め、その背中を見つめていました。
――今日はやけに見られておるのう。衣の値札でも外し忘れたかのう。
そう思いながらも、おばあさんに頼まれた米を買うため、商人の店へ向かいました。
「へい、らっしゃい。今日は何を買っていきますか、じいさん。」
「今日は米を買いにきたんじゃが、残っておるかのう。二升ほど欲しいのう。」
「もちろん、残ってますよ。お得意さんですから。」
そう言って、商人は二升分を量り始めました。
「じいさんは、山に長いのかい?」
麻袋に米を入れながら、何気ない調子で尋ねます。
「そうじゃな。この店よりは少し長いかのう。もう、山はわしの庭じゃ。」
「でた、『山はわしの庭』!じいさん、本当に山で長く住んでるんだな。」
商人は笑いましたが、その目は笑っていませんでした。
「ところで、じいさんは山姥って知ってるかい?」
秤に目をやりながら、それでもおじいさんの顔色をうかがうように聞きました。
「山姥?ああ、昔から山におるっていう女のことじゃろ。」
おじいさんは、昔話のように淡々と答えました。
「そうそう。それが最近、あの山に出るって話でな……。じいさんなら、何か知らないか?」
「残念じゃが、知らんのう。あの山には猿もおるし、見間違いなんじゃろ。」
「そうか。知らないならいいんだ。ほい、米だ。」
商人は、麻袋を差し出しました。
「ありがとうよ。また無くなったら来るでのう。」
おじいさんは、少し足早に店を後にしました。
――あぶねぇ。
内心では冷や汗をかきながらも、顔は平然としたまま、山への一本道を戻っていきました。
おじいさんの背中が見えなくなると、村長と村人たちが商人のもとへ集まりました。
「で、どうであったか。」
村長が低い声で尋ねました。
「ああ……何か知っている様子はあったな。もっとも、すぐに口を割るような爺でもなさそうだ。」
「それだけわかれば十分だ。」
村長の声は低く、逆らえぬ響きを帯びていました。
「今夜は寄合を開く。必ず村の衆、全員参加するように。」
村長は集まった村人たちに言い渡しました。
その日の夜、寄合は夕方から始まりました。
「賛成多数により、明日、山へ入る。」
村長が宣言しました。
「あのじいさんを見つけ、まずは山姥のことを聞き出す。」
「いつ頃山に入るんだ?」「猟銃は何丁持っていく?弓矢は持っていくのか?」「反撃してきたらどうする?」誰一人として、山へ入らぬという選択肢を口にする者はいませんでした。
「なぁに、たかがじいさんに話を聞きにいくだけだろ。農作業を終えて、夜にでも行くぞ。」
「猟師は、一応動物が襲ってくるかもしれんから、数丁猟銃を用意しておけ。それ以外のやつは、農具か弓矢を持って山に入れ。」
村長の指示に、村人たちはそれぞれ頷きました。
そして夜になると、村人たちは山の入り口に集まっていました。




