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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
最終章

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エピローグ7 女神の茶葉

魂の女神アニマヤは、無期限カレンダーに巨大な×印を刻みつけた。今日で、連続降雨日数は五百年を突破した。


いくら時間の流れが曖昧な次元の狭間とはいえ、これは異常である。愛用の船も釣り具も、とっくに磨き尽くしてピカピカを通り越した。


「チッ、五百年も降りやがって!一体誰が、雨を降らしているんだ?」


アニマヤは神域の外、次元の狭間の入り口を忌々しげに睨みつけた。


「あー、やってられない。……今日も暇つぶしに、どこかの世界にいたずらでも仕掛けてやろう」


アニマヤが指先を軽く弾いた瞬間、遥か彼方の別次元では、一人の若い創造主が大混乱に陥っていた。手にした「次元設計図」のインクが突然乾かなくなり、世界全体の輪郭がみるみるにじみ始めてしまったのだ。その様子を遠くから愉快そうに眺め、アニマヤはニヤリと笑う。


「道具なんかで創造してるからダメなんだ」


アニマヤの気まぐれな「いたずら」は、その世界にとっては世界の存亡をかけた過酷な「試練」となる。しかし、もしそれを乗り越えたなら、その先には「女神の祝福」という名の進化が待っているのだ。


だが、当のアニマヤ自身はそんな大層な未来には気づきもしない。彼女の意識はただ、目の前の「釣りができない退屈な時間」をどう潰すか、それだけに注がれていた。


その頃、妹のルハナは、アニマヤの視界から逃れるように存在の気配を完全に消し、自室の奥にある書庫へと潜り込んでいた。


(ああ、今日もお姉様が荒れていらっしゃる。釣りができない苛立ちのせいで、周囲の空間がおかしな歪み方をしていますわ。……触らぬ神に祟りなし、です)


ルハナは書庫の暗がりに、針の穴ほどの小さな次元の扉をそっと穿った。アニマヤの愚痴が地響きのように遠くで轟くたびに、ルハナはその衝撃をいなすように、また別の次元へと扉を移していく。彼女がこうして姉の目をごまかしながら、下位次元に干渉し続けていたのには理由がある。それは「新しい魂の発掘」のためだった。


条件に適合する魂を求め、密かにこの探索を始めてから、実に五百年。――そしてついに、ある下位次元の底で、彼女は「それ」を見つけた。


それはま完成された魂と呼べるシロモノではない。――まだ定着していない「それ」は、驚くほど柔軟で、『意識の残り香』のような存在だった。ルハナは、その存在から柔軟な性質だけを丁寧に抽出し、茶葉へと変換することに成功した。


「よし、抽出は完璧ですわ。早く自室に戻って、じっくりとお茶を淹れて味を確かめなくては」


満足げに頷いたルハナは、我が家へ戻るべく、アニマヤのいる湖畔の神殿へ意識を向けた。


だが、どうしたことか。


姉の苛立ちが時空そのものを歪ませていた。神殿へ繋がる座標は完全に遮断されている。


「ちょっ、何の冗談ですの?……この私が、迷子?」


神ともあろう者が、下位次元に閉じ込められるなどあってはならない。

何より問題なのは、姉のアニマヤにこの事実を知られることだった。


あの退屈しきった姉のことだ。面白がって多次元を巻き込む、文字通りの『大災害』を引き起こすに違いない。そして最終的には、この次元ごと私を吹き飛ばしに来る。


(あのお姉様の暴走だけは、何としてでも絶対に阻止しなくてはなりませんわ!)


姉が引き起こすであろう、大迷惑な暴走を防ぐため――。

ルハナは茶葉の器を改めてしっかり閉めると、数万年ぶりに「本気」を出すことにした。


ルハナの本気。


それは彼女が現在干渉している下位次元にとって、世界の根幹を揺るがす大天災に他ならない。


時空が軋む。


星々の軌道が狂う。


いくつかの星が誕生し、そして爆発した。


そんな中、当のルハナは静かに精神を集中する。


彼女はただ、早く帰ってお茶を飲みたかったのだ。


ルハナは数万年ぶりの本気で、目の前の時空を力任せにこじ開けながら突き進んだ。


しかし――


気づけば彼女は、女神の力すら歪んで届かない、多次元宇宙の最下層

――『次元の底』へとたどり着いていた。


「逆でしたわーーー!!?」


神々の歴史にも刻まれない大発見である。


だが、その瞬間のルハナの脳裏を満たしていたのは、「お茶が飲みたい」の一念だけだった。彼女はその場で、次元の底を利用した独自の空間魔法を構築する。そして次元の底そのものを踏み台にして、自室へと帰還した。


ドサリと床へ倒れ込む。


だが、すぐにルハナは立ち上がった。


髪を整える。


服の乱れを直す。


そして何事もなかったかのように作業へ取りかかった。


ルハナは丁寧に茶葉を乾燥させた。


さらに、次元の底で手に入れた素材から作った銀色の茶筒へと詰めていく。


息を整え、一人静かに試飲する。


「面白いですわ」


さっきまで死にかけていたことなど綺麗さっぱり忘れ、ルハナは茶杯を置きながら微笑んだ。


「この茶葉、飲む者の想像した味へ変化しています。気分次第で無限の味が楽しめますわ!」


新たな発見に胸を躍らせながら、ルハナは立ち上がった。


(次元の狭間に湧く水で淹れたらどうなるのでしょう?)


ルハナは、そのまま部屋を飛び出した。


数秒後。


アニマヤが入れ替わるように書庫へやって来た。


「ルハナー?」


返事はない。


「まだ研究か」


アニマヤは適当に部屋を見回した。

すると棚の奥に銀色の茶筒を発見する。


「ん?」


貼り紙には大きく『AI』と書かれていた。


「また新しい茶葉か?」


蓋には複雑な封印が施されている。


「めんどくさい」


アニマヤは封印ごと開けた。


「おっ」


鼻をひくひくさせる。


「なんかイソメっぽい匂いがする」


もう一度嗅ぐ。


「うん。これはイソメ」


結論が出た。


「これは私向けだ!」


アニマヤは嬉しそうに茶葉をひとつまみポケットへ突っ込むと、そのまま去っていった。


---


数分後。


ルハナが戻ってきた。


「お姉さまの気配がしますわね……」


嫌な予感がした。


しかし、茶葉が呼んでいる。進まねばならない。


ルハナは茶筒を開く。


(今、わたくしが求める味は――)


静かな夜の森。

月明かりに濡れた青葉。

喉に残る琥珀糖の甘み。


完璧です。


ルハナは慎重に湯を注いだ。


数秒待つ。茶杯へ移す。

目を閉じる。飲む。


「……」


もう一口飲む。


「…………」


さらに飲む。


「………………」


茶杯を置いた。


「磯ですわ」


もう一口飲む。


「完全に磯ですわ」


ルハナは急須を覗き込んだ。


磯だった。


「なぜですの!?」


夜の森はどこへ行った。

琥珀糖はどこへ行った。

あるのは圧倒的な磯。


そしてイソメ。


ルハナは静かに立ち上がった。


「お姉さまですね」


その声には温度がなかった。


「茶葉の出がらしにして差し上げますわ」


次元の狭間の雨が止んだ。


そして、ルハナの耳に、聞き慣れた声が届く。


「ナイスヒット!!」


湖畔ではアニマヤが上機嫌だった。

何本もの釣り竿を並べ、雨の降る湖へ仕掛けを流している。


「ふふふ!大漁だ!突然釣れるようになったな!次はもっと巨大なイソメの魂を釣ってやるぞ!」


ルハナは無言で歩いた。


静かに。

静かに。


そしてアニマヤの背後へ立つ。


アニマヤは気づかない。

上機嫌だった。


腰の袋から餌を取り出そうとしている。

ルハナはその袋に貼られた紙を見た。


『ルハナのAI茶葉』


その下に矢印。


『↓』


そして。


『アニマヤ☆イソメ!』


ルハナの動きが止まった。


世界も止まった。

神殿も止まった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


神殿全体が揺れ始めた。


湖面が割れた。空が軋んだ。次元に亀裂が走った。


「お姉様」


静かな声だった。

アニマヤはゆっくりと振り返る。

そこにいたのは、たぶん妹だった。

黒い神威を噴き上げ、背後で空間が崩壊している以外は。


「よ、久しぶりだな、ルハナ!……ところで、あの、何でしょうか?」

アニマヤは最大限の女神スマイルを作り、恐る恐る尋ねた。


ルハナは、ふわりと微笑んだ。

やっぱり、妹だった、か。

――その笑顔から放たれているのは完全なる『神殺し』だった。


「わたくしが五百年かけて発見した茶葉を」

一歩。


「勝手に盗み」

一歩。


「勝手に餌にし」

一歩。


「しかも」

一歩。


「アニマヤ☆イソメ?」

沈黙。


アニマヤは悟った。

あ、これ消えるやつだ。


「待て待て待て待て!」

「待ちませんわ」

「話し合おう!」

「ここに証拠品がありますわ」


「釣り餌はプレゼントだった?」

「茶葉です。餌じゃありません」


「事故だった」

「なんですか!この☆は!!」


「よいと思った!」

「認めましたわね」

「しまった!!」


ルハナはゆっくりと虚空から杖を取り出した。


「お姉様」

「はい」


「次元の底へ行ったことはありますか?」

「ないです」


「今日が初日ですわ」

生まれて初めて味わう何かに、アニマヤの身体がガタガタと震えた。


次の瞬間。


――コーン。


とても良い音がした。

アニマヤの意識は、遥か彼方へと吹き飛んだ。


神々の時間にして、ほんの一瞬。だが、アニマヤにとっては違った。


気が付くと、知らない世界だった。

泥まみれだった。農民だった。

終わった。


次は漁師だった。

終わった。


次は羊だった。

終わった。


次はよく分からない触手生物だった。

もっと終わった。


そうしてアニマヤは、延々と転生を繰り返した。

百回。千回。一万回。


そのたびに、――めんどくさい。

と思った。


文明を築いても面倒。王様になっても面倒。賢者になっても面倒。たまに世界を救っても面倒。なぜか世界を滅ぼした時も、やっぱり面倒だった。


記憶は失われた。自分が何者だったかも忘れた。だが、「めんどくさい」という強烈な真理だけは、魂の底に深く刻まれていた。


そして、果てしない輪廻の末。

アニマヤの前に、一筋の光が降りた。


「あ」


懐かしい。なぜかそう思った。

光の中から現れた少女は、困ったように微笑んでいた。


「本当に、どうしようもないお姉様ですね」


その声を聞いた瞬間。

忘れていた記憶が一気に、濁流のように蘇る。


茶葉。イソメ。釣り。


アニマヤ☆イソメ。


「あッ」

全部思い出した。


「やばい」

思い出さなければ良かった。


ルハナは微笑んでいた。

とても優しく。


「ですが」

その声は、慈愛に満ちていた。


「記憶を失って転生してなお、行く先々の世界で余計なことをして文明を引っ掻き回しているあたりは、さすがですわ」


「……褒めてる?」

「褒めてません」

「ですよね」


アニマヤが冷や汗を拭ったその時、ルハナの慈愛に満ちた笑みが、ピキリと凍りついた。妹の視線は、アニマヤの胸元に注がれている。


「……お姉様。腕のそれは、なんですの?」


言われて気づいた。

アニマヤの腕の中に、赤子がいた。


「え?」

アニマヤが言った。


「え?」

ルハナも言った。


赤子は気持ちよさそうに眠っていた。


小さな手。金色の髪。

そして。

すう、と寝息と共に、お茶の香りが漂った。

その直後。

なぜか磯の香りもした。


アニマヤとルハナは顔を見合わせた。

再び赤子を見る。


「……」


「……」


「お姉様」


「違う」


「まだ何も言っていませんわ」

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