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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
最終章

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エピローグ6 女神がやりたいこと

「お姉さま、わたくし、引いています!」

「ほんとだな」

「助けてください。竿ごと持っていかれそうですわ!」

「いやだ」


アニマヤは露骨に顔をしかめた。


「私より早く釣れるなんて、やってられない」

「どうしようもないお姉さまですね。下手の横好きは女神の風上にもおけません。せめて、この魚を逃がす許可をください!」


ルハナの竿はさらにしなり、今にも折れそうだった。アニマヤはぶつぶつと文句を言いながらも、虚空から網を取り出す。


めんどくさそうに網を構えた瞬間、水面が大きく割れた。水底から現れたのは、巨大な口を持つ魚影。ルハナの糸を次元の裂け目へと引きずり込もうとする。


ルハナが竿を跳ね上げるタイミングに、アニマヤの網が滑り込んだ。


――バシャァン!


「虚無の大ボラ」が船の甲板に叩きつけられた。


「ナイスヒット!自分が釣れなくても、やっぱり釣りは面白いな!」


アニマヤは手のひらを返したように喜び、大ボラの口をこじ開けて胃袋の中に何が入っているのかを調べ始めた。


「お姉さま、あとはよろしくお願いします。私には温かいお茶が必要ですわ。……ふふ、今日のお茶のブレンドの名前が決まりました」


ルハナは、小さく微笑んだ。


「釣れない女神より釣れる女神。お姉さまを見ていたら『ほら吹き女神』というイメージが湧きました。今日はその趣向でブレンドをいたしましょう」


湖面には最近、妙な揺らぎが増えていた。女神の奇跡によってこの神殿の隣接次元へと移動してきた、「スーが住んでいる地球」とやらの影響だ。魔力を持たないその世界は、近隣の次元境界をざらつかせた。だが、地球という存在は同時に、格好のコマセにもなる。アニマヤはその事実に気が付くと大いに笑った。

要するに――入れ食い状態なのだ。

しかし、当のアニマヤにはさっぱり釣れなかった。釣れてもゴミばかりである。

おそらく地球の物であろう、奇妙な靴や、車輪のついたガラクタなどだ。


重力を無視して浮遊するティーカップから茶を飲んでいたルハナの元へ、アニマヤが戻ってきた。

大ボラの胃袋から、いろいろなものを引っ張り出してきたようだ。


「スーの魔法で壊した、あの次元の全領域ですか?」

「そうみたいだな。ほしいものではないが......」

ぽい、とアニマヤはそれを「次元の箱」へ投げ捨てた。


「お姉さま、……これはどこかの世界の聖典ですね。ご丁寧にレインボーセット(全7巻)ですよ」


ルハナがぱらぱらとめくる。

そこには世界の成立原理、存在維持の根幹定義が、絶対的な数式で刻まれていた。


「これがないと、この世界は滅びますね。……聖典をおろそかにした罰なのでしょう」


その傍らで、ヌルリとした光を放つ球体が転がった。


「ルハナ、見てみろ。第二次元世界の創造主の理性だぞ!」


ルハナは次元の隙間から、その創造主を覗き込んだ。


「ルハナ、あいつ今はどうなっている?」

「領域外の外で暴れはじめましたね」

アニマヤは鼻で笑った。

「まあいっか! あいつも、たまには羽目を外したほうがいいだろ」


***


ルハナはとにかく速いものが好きだった。

流線型の船体。神代金属製の推進器。

因果律干渉スクリューを三基搭載した、ルハナ自作の「スピードボート」である。


ルハナは片手でハンドルを握り、髪をなびかせて笑っていた。

「風が気持ちいいですね、お姉さま」

「風じゃない!剥き出しの確率だこれ!! 痛い痛い、可能性が肌に刺さる!!」


アニマヤはその確率の風によって次元の狭間に吹き飛ばされた。

そのまま狭間で三回転し、履いていたサンダルが因果の彼方へと消え去る。

ルハナはすかさずアニマヤの座標を固定すると、船の座席へと強制転移させた。


「ルハナ速すぎる!この私が振り落とされた!女神としての存在が希釈されている! やってられない!!」

「お姉さま、その新しいサンダルを履いて座ってください。私からのプレゼントです。私の好きな色です」


因果の波が、爆発のごとき飛沫を上げる。

ボートが加速するたびに、過去と未来が火花のように弾け飛んでいった。


二人は湖畔に戻り、昼飯にした。

先ほど釣り上げたばかりの獲物たちを、BBQにして豪快に焼く。

テーブルの上には、スーが作ってくれた『焼肉のたれシリーズ』が光り輝いていた。


アニマヤが、わざわざルハナを釣りに誘ったのも。

釣り嫌いのルハナが、あっさりとその誘いに乗ったのも。


――すべては、スーの作ったソースを食べたかった、ただそれだけの理由だった。


そして今日は珍しく、魂の女神たちの神殿にゲストが来ていた。

スーの焼き肉のタレを食べるために。


「おいしーですー。私はカレー味のたれが好きですー」

「そうか? 私はこのお好みソース味が一番好きだな」


ゲストのルルが、美味そうに次元鯨をむしゃむしゃと平らげていく。

そのあまりにも幸せそうな食いっぷりを見て、アニマヤはそっとカレー味のタレを自分の肉にかけた。


「彼女があなたの後継者なのですか? 弟子を取る傍観者……。傍観者という定義も、時代と共に変わるもののようですね」


ルハナはそう呟きながら、手元で優雅にタレをブレンドし、そっと味見をした。

小さく満足げに微笑むと、その特性ダレをたっぷりと金色に輝くヒレステーキにからめ、ナイフとフォークでその肉を口へと運んだ。


一方で、傍観者は黙って肉を焼いていた。


肉の表面では炎が踊る。しかしオーブが見ているのは火ではない。


過去に刻まれた塩。

香草が染み込んだ時間。

脂が溶ける未来。


幾重にも分岐する可能性の中から、最も幸福へと繋がる一本の因果を選び取る。


じゅう、と肉が鳴いた。


滴り落ちた肉汁が炎に触れる。

立ち上る煙は香りとなり、香りは食欲となり、食欲は笑顔という結果へ変換されていく。


オーブはその連鎖を静かに観測した。


そして。


因果律における最適な瞬間を捉える。


網から肉を持ち上げた。


持ち手の骨だけを瞬時に冷却し、マクラとフトンの皿へ並べる。


二人は顔を見合わせると、にこりと笑った。

骨付き肉を両手で掴み、そのまま豪快にかぶりつく。


肉汁が飛ぶ。

幸福が飛ぶ。


オーブは満足そうに頷いた。

完璧な焼き加減とは、肉の中心温度ではない。

食べた者が最も幸せになる未来との交点である。


自分が貰えると思っていたその骨付き肉。

二人のあまりにも美味そうな食いっぷりを横目で見ていたアニマヤが耐えかねて叫んだ。


「オーブ! 肉が全然足りないぞ!私もそれを食べたい。腹が減りすぎてやってられない!!」

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