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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
最終章

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エピローグ5 女神の奇跡

神殿の湖畔。


アニマヤはいつものように釣竿の手入れをし、ルハナは優雅な手つきでお茶を淹れていた。スーが旅立ってから、湖畔の家は再び静寂に包まれていたが、漂う空気には以前とは異なる「興味」が満ちていた。


「お姉さま、お茶が入りましたよ」


アニマヤは溜息をつき、琥珀色の瞳でルハナを見つめながら、気だるげな足取りでデッキテーブルへとやってきた。

「やってられない。スーがいてくれた方が面白かったな」


アニマヤはそう吐き捨てると、湖面の一部を円盤状に切り出し、宙に浮かび上がらせた。鏡のような水面には、スーのいる地球の景色がぼんやりと映し出される。


「スーは本当に面白かった。釣りの知識が魔力に頼らないものばかりでな。『糸の張り』だの『浮きの概念』だの……。それに、あの子が魔力を応用した釣り理論を纏めた『次元釣り理論大全』。あれを読んでから、私の腕は格段に上がったぞ。最近では第一創造主の領域外からでも、意識体を釣れるようになったくらいだ!」


アニマヤは満足げに笑った。その瞳に宿るのは、獲物を狙う純粋な喜びだ。ルハナは姉のこの瞳が好きだった。彼女もまた、手元の『地球全キャラクター型紙大図鑑』を愛おしげに撫で、静かに微笑みを返す。


「わたくしもです。『きもかわいい』という分類に属する地球の想像の生物……。この型紙で『魂形たまがた』を作り、どんな魂を宿らせるか。今から楽しみでなりません」


二人の会話は、娘となったスーの思い出に花を咲かせた。アニマヤは釣り竿を磨いていた手を止めると、視線をルハナの方へ向けた。


「そういえばルハナ。スーを転生させた時、保険として、あの子の魂を少しだけ『餌』として泳がしておいたんだ」


ルハナの動作がぴたりと止まる。白銀の髪の間から覗く琥珀色の瞳に、驚愕と、急速に冷え込む怒りの光が帯びていく。


「万が一の時にそれを媒体にスーを回収できるようにと思ってな。転移もうまくいったし、ナイスヒットがビッグヒットに育ってから引き上げようと、まだ餌は泳がせているんだ」


アニマヤは楽しげに、地球の周りで泳ぐ「餌」の輝きを確認しながら話し続けた。


「――お姉さま」


アニマヤが気づいたときにはすでに遅かった。

ルハナの周囲の空気が、ざらつきを超え、鉛のように重く固まる。次元を循環させるべき魔力がルハナの怒りに支配され、神殿全体に歪みが生じ始める。


「我が子の魂を、釣りの餌に使ったと……!?」


ルハナの激怒は、アニマヤにとって最大の恐怖だった。

アニマヤのしなやかな指先までが、極度の緊張に硬直する。


「待て!ルハナ、あれは愛情だ! 愛情ゆえの――」

「それは歪んだ愛情です!茶葉の出がらしにしてやりましょうか!」


ルハナの叫びが次元の理をねじ曲げた。その瞬間、アニマヤの体から、深海に沈んだ宇宙の残光がスパークするような巨大なエネルギーが放たれた。ルハナの怒りをトリガーとして、アニマヤのスキル、無意識の奇跡が発動したのだ。


ゴオオオオオ……!


神殿の外、この次元全体に轟音と閃光が走った。アニマヤの奇跡。それは、はるか下の層に存在していた地球圏を占めている次元ごと、女神たちの隣接領域である『第二創造主の領域』へと丸ごと引き寄せた。


ぜえぜえと肩で息を切らすアニマヤ。ルハナはその様子を鼻で笑うと、餌として宙を泳いでいた娘の魂の一部をそっと回収し、空になった茶葉の容器へと大事に仕舞い込んだ。


「地球が、妙に近くなりましたね」

ルハナは平然と紅茶を一口すすった。

「ほんとだ、やけに鮮明に見える。あそこ、スーが住んでいる家だ」

アニマヤが楽しげに笑う。


「まあ、今回の奇跡は良しとしましょう。地球の生物は創造力を捨て、想像力に全振りしている変わった生き物です。彼らに魔法が使えない理由も、その想像力の深さゆえなのでしょうね」


ルハナは型紙を丁寧に切り取っていた。

アニマヤは泳がせていたはずの餌が、どこにもないことに気付いた。

ルハナと目が合ったが、アニマヤは何も言わず即座に視線を逸らした。


ルハナは静かに、溜息混じりに言った。

「ほんとに、どうしようもないお姉さまです」


二人の女神は、新たな興味の対象、地球が近づいたことに満足し、次元の大異変を「スーがよく見える」の一言で片付けた。


「お姉さま。これを竿で、放り込んできてください」

「ん? その魂形は『食らう者』だな」

黄色いデフォルメされた虫のようなその魂形の手には、一通の手紙がしっかりと握られていた。

「手紙には、あの時、スーが初めて使おうとした魔法の詠唱が書かれています。この魂形を故郷へ返してあげてください」

「めんどくさい……まあ、あっちが先に食おうとしたんだし、まあいいか」


アニマヤが軽く竿を振るった。

きもかわいいその魂形は手紙を大事そうに抱えると次元の彼方へと消えた。二人は無表情のまま、その行方を探る。


「……思ったよりもビッグヒットだな。スーがあの時、この魔法を唱えていたら、このあたりはナイスヒットどころじゃなかったぞ」

ルハナは微笑みながら言った。

「威力は十分でしたね。娘の初めての魔法を無事に届けられたので、良しとしましょう」


アニマヤが投げた魂形が媒体となり、別次元に存在する世界の座標と接触した。その瞬間、その次元全体が一瞬で溶け、文字通り「無」へと消滅した。



その夜、スーは夢を見た。そこはとても汚い家だった。

彼女が手を叩くと、汚れが落ちた。


スーは楽しくなり、手を叩く、歌を歌う。そして、踊りだした。

それらは最近の娘のお気に入りだった。


そして、その家は綺麗になった。

スーは寝ていたが、にこりと笑った。

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