エピローグ4 ルル編 投影
……さて、どうなるか。
オーブは、ルルを見守った。魔力体とは、自身の魂を言葉で定義し、その言葉で魔力を縛るものだ。自身の魂の器を壊す行為であり——下手をすれば、人格そのものを失う危険すらある。
ルルはその魔法陣を抱きかかえた。
そして、自分自身を捧げた。
そこには迷いはなかった。
彼女の身体が陽炎のように揺らぎ始める。
やがてその輪郭は薄れ、静かに消えていった。
「あれ? 終わったのですか?」
ルルはそう言いながら、自分の手や足を確かめる。
「……終わったみたいだね」
あまりにも、あっけない。魔力との繋がりが、桁違いなのだろう。
しかし、彼女は確かに代償を支払った。
ルル自身も、自覚しているはずだった。
だが、彼女はそれを嘆くことはなかった。
「これで私は、魔力体になったのですか?」
「そうだよ。違いはわかるかい?」
ルルはオーブをしばらく見つめた。
自分の身体とオーブの身体を比べているようだった。
「なんとなくですが……私の身体は確かに変化しました。今は、失われた者とも、繋がれます」
試すように、ルルは瞬きをする。生命の木を誘導し、介入した際の媒体となった精霊たちが、一斉に姿を現した。
「おまえたち!無事だったか!」
マッチは、ひよこの精霊たちが戻ったことを喜んだ。ひよこたちも再会を喜んでいるようだった。
……どこが「生命の木と一体化すれば大丈夫」なものか。
魔力体となったことで、ルルは知ってしまった。
精霊たちは、生命の木の「餌」としてただ食われていただけなのだ。
それでも——その事実を隠し、精霊たちが協力してくれたこと。自分が無茶なお願いをしたこと。ルルは、静かに悔いた。
世の中には、代償が必要なのだ。
ルルは胸に手を当てた。ルルの心臓の音は、もう聞こえない。
「ルル。私の『傍観者』としての目で見ても、君に問題はなさそうだ」
「つまり……うまくいったということですね?」
「恐ろしいほどに。だいぶ、うまくいっている」
それを聞き、ルルは目を閉じた。深く、集中する。
「さっそくですが、フェーズ2に移行します」
ルルは前を見据えた。
「マッチ。みんな。これで終わりにしましょう」
——世界よ。少しずつ、動け。
魔法陣の塔が静かに鳴動を始める。無数の魔法陣が、秒針のように一斉に回転を始めた。もはや、その数は数えきれない。小さな振動が一つに重なり合い、巨大な共鳴となって響き渡る。
「さて……私は、一つの決断をします。これは、師匠の願いでもあります」
本当は、やりたくない。けれど、やらなくてはいけない。
「私はルル。私の名において宣言します」
一拍。
「——我が師匠、スーを。生命の木の媒体として捧げます」
その瞬間。各地の遺跡から、生命の木へと魔力が奔流となって流れ込んだ。媒体となったスーを取り込み、天へと幹が伸びていく。ルルは慎重に、その成長を見守った。
遺跡以外からも、さらに魔力が流れ込んでくる。共鳴した、すべての存在からの力だ。
一つ、また一つ。ドワーフ。獣人。魚人。人族。精霊。そして——強大な魔力の塊。
折れた槍を握り、ボロボロの身体で、ダンジョンのコアを捧げる者の姿。
そのすべてが、生命の木へと還っていく。
ルルは循環を確かめながら、溢れ出る魔力を丁寧にまとめ、塊にした。生命の木が天へ伸びるたびに、その塊もまた、巨大になっていった。やがてそれは、空に浮かぶ星のような存在となる。
それは、純粋な『破壊の塊』だった。
「食われる前に、食らいましょう」
その言葉を最後に、ルルの姿は消えた。
***
ルルは再び世界を停止させた。
宇宙空間に漂うルルの目の前に「世界を食らう者」がいた。
「これが……世界を食らう者ですか」
生理的な嫌悪感が先に立ち、ルルは無意識に意識を逸らそうとする。生成した『破壊の塊』を投影する前に、確認すべきことがある。
それは消化されていない『魂の残骸』を、解放すること。
……いる。
かすかな声。名残の意志。
ルルは、さらに共鳴を試みる。
その瞬間。
「世界を食らう者」の内部で、魔力が、すでに錬成され始めているのを感じ取る。
「反射ですか? 反応が早いですね」
ルルは小さく息を吐く。
「時間停止の中でも……動けるようになっている」
ならばと、ルルは「世界を食らう者」を真正面から見つめると、意思を持つ光の玉を生成した。時間の流れに足掻き悶える「世界を食らう者」の内部にその光を流し込む。
「聞こえていますよね?」
ルルの声は、内部に直接響く。
「これは攻撃ではありません。
あなたが創造した世界からの答えです」
生命の木から溢れ出た魔力利用して作った『破壊の塊』。
ルルはゆっくりと「世界を食らう者」の内部へ投影していく。投影されたその塊は、無数の魔力へと分解され、魂の残骸だけに一つ一つへと、繋がっていく。
魂の残骸たちは『自己』の形を、再構築し始めた。
長い年月を閉じ込められ、奪われ続けてきた存在たちは、腹を空かせていた。
魂の残骸は、ゆっくりと、確実に。
内側から「世界を食らう者」を咀嚼し始めた。
「あなたも、心臓の音がないのですね」
ルルはそう言って微笑んだ。
その怪物は、ずっと何かを探していたのかもしれない。
温もりを。
鼓動を。
自分の内側には存在しない、生きている音を。
それを確かめる術は、もうなかった。
ルルは胸に手を当てたまま、ただ静かに、その崩壊を見つめていた。
***
「……一生分、働いた」
魔力体になっても変わらない疲労感に身を任せ、ルルはそのまま遺跡の床に寝転がった
火の大精霊、マッチの声が響く。
「ルルさん、チェックリストの確認がすべて完了しました」
「うん。みんなもありがとう。疲れたでしょう?」
「はい。正直、だいぶ疲れました。精霊とはいえ、こういうのは心臓がドキリとします。もちろん、私たちに心臓なんてありませんが」
火の精霊たちや、マッチを含む眷属たちも、疲労の色を隠せない様子だった。それでも、精霊たちはどこかさわやかな顔をしている。
……なんか、精霊らしくないですね。
その時、異変が起きた。
いつの間にかルルのそばまで転がってきていた、レッドドラゴンの卵に、ひびが入った。
からりん、と乾いた音が響く。
「おお! 卵が孵化しましたぞ!」
精霊たちは歓喜の声を上げる。
ルルの目の前で殻が割れ、小さなドラゴンが姿を現した。
手のひらサイズのその姿は、ルルを見つめて——
「ぴゃー!」
と、かわいらしく雄たけびを上げる。
「カーマグナス……だったっけ」
ルルはそっと、指で小さなドラゴンをつついた。
温かい、確かな生命の感触。
そのドラゴンはルルの指に吸い付いた。
「師匠……ドラゴンに乗りたいって、言ってたなー」
その言葉を最後に、ルルは眠りについた。
小さなドラゴンも、彼女の腹の上で丸まると、すやすやと眠る。
魔力体となっても、ルルは普通に呼吸をし、普通に眠った。
変わったことがあるとすれば——
オーブが、彼女を静かに見守っていることくらいだ。
オーブは、ルルが眠りについたのを確認すると、傍観者の目でこの世界を確かめる。
「世界を食らう者」と呼ばれた存在は、すでにいない。
代わりに、無数の流星が、この次元を楽しげに飛び交っていた。
これほど喜んでいる解放された魂を見るのは、創造主が生まれた時以来だな。オーブは微笑みながら、その流星たちを見つめた。
——ん?
オーブの視界に、石板が映し出される。
これは、ルルの世界のログだな。
……なんだ。まっさらじゃないか。
その石板には、実に短く、こう記されていた。
スーに、全権限が移行されました。
宣言:世界創造
女神となったスーをモデルとして、世界創造が宣言されました。
世界創造:100%完了
ログの記録を開始します。
000000000000001:ルルにより、世界が救われました。




