エピローグ3 ルル編 自嘲
なぜこのタイミングで傍観者が現れるのか?
一大決心をした直後だっただけに、ルルの宙ぶらりんになった決意は剥き出しになり、オーブに向けられた。
「そんな嫌そうな顔をするな。傍観者が接触することなんてめったにないんだぞ。ていうか、ないことだ!」
「傍観者なら傍観者らしくしてください。こっちは忙しいんです」
「アッハハハ!ちょっと待て。長年傍観してきたが、接触したら無視されるのはこたえるぞ!そうだ、助言をしよう。というか確認だ。それをやったら死ぬよ」
「そんなの分かってますよ。ていうか、なんで時間を止めたのにあなたが動けているんですか?」
「まあ、傍観者だからな。例外だ、と思って納得してほしい。本当にその身を犠牲にするんだな?」
「そんなの、当たり前です」
「ルルはまだ人の子だろう? これからの人生があるんじゃないか。
家族を持ったり、未来を見たりしたくないのか?」
「そんなのくそくらえです。私の邪魔をしないでください」
「待て待て、提案だ。君も私のようにならないか?」
「何もしないで、人の気持ちも考えずにただ見ているだけの存在になんかなりたくありません」
「ひどい言われようだ。私の名はオーブ。魔力で生成した身体を持ち、次元をまたいで世界を傍観する存在だ」
「ルル、君も私のように魔力体にならないか? 『くそくらえ』と言う君にとっては、悪くない提案だと思うが?」
「……」
「ルル、知っているか? 漫画が動くアニメというものが次元をまたいだ世界に存在するんだぞ」
「話を聞きましょう」
***
「魔力体になるにはまず自分の使命を決めることだ。言葉で魔力を縛り付け定着させるんだ」
「ルル、君はどうする? 魔力に…どう自分を定着させる?」
「私は……。私は人を助ける存在になりたいです」
「そうか…私より…高潔だな。まあ、いいだろう」
オーブの目が光る。
オーブはルルがすでに発動している時間停止の魔法を上書きした。同時にいくつかの魔法陣を生成し、それを一つに纏めると、転移魔法でその玉を飛ばす。
『認可します』
声が響いた。そして、世界が少しだけ動き出す。
ルルが止めている世界に戻った。
「仲介者。ルル、君は『仲介者』となり、この次元全てに関与するんだ」
そう言うと、オーブは魔法陣を展開した。
それはルルが想像したこともない、幾何学模様だった。
「この魔法陣を自分で形成すること、次に自分を媒体としてこの魔法陣に捧げること。魔法陣に自身を仲介者として再定義するんだ」
ルルはじっとオーブの魔法陣を見ると、すぐさま魔法陣を形成した。
オーブは驚愕した。
彼が同じ魔法陣を作るのに、人の時間で70年もかかったのだ。
「これに私を捧げればよいのですか?」
「…うん。そうだよ。……なんか、早くできたみたいね」
「見たらわかります。確認ですが、嘘じゃないですよね?」
「私は嘘をつかない」
「だます人はそう言うと師匠は言っていました。善人のふりして儲け話を持ってやってくる。もし、嘘だったら、全身全霊で今すぐ消し去ります」
「アハハハ!それはおっかないなー、それじゃこれならどうだ?」
オーブは光の球を生成した。エルフが使う情報共有の魔法だ。
「これを見ればよい、君ならこの光の球の意味がわかるだろ?」
……嘘ではないようだ。けど、師匠は3度チェックと言っていた。
「わかりました。その記憶の玉ですが、私が生成します」
ルルはオーブの手を掴むと、記憶の光の球を生み出した。
「ちょっとまって」
「それでは、“全部”見ますよ!」
オーブは、自分の記憶を見られることに焦りを覚えた。
傍観者として知ったこの世界の成り立ちは、通常は知ることができない。この魔法は知られたくない記憶には潜在意識で鍵がかかる。オーブの傍観者としての本来の使命までは覗かれないはずだ。
「先に謝ります。ごめんなさい。今、自分でも言葉がきつくなっているのはわかっています」
ルルは一拍置き、自嘲するように呟いた。
「あなたは、物語の主人公としては不合格です。走って追いかければいいんですよ」
——そっちかよ!
世界の根源を暴かれる覚悟をしていたオーブは、あまりに私的なダメ出しに膝の力が抜けるのを感じた。同時に、人であった頃の自身の記憶に鍵がかかっていなかったことを悟る。
「なぜあのときソフィアさんを追わなかったんですか? 大通りで泣かないでください。まず、通行の邪魔です」
ルルの言葉が、さらに加速する。
「男の涙なんて、夜寝る前に枕に顔をうずめるか、酒をあおって目頭を押さえる——これ以外は無価値です! ゴブリンのよだれです!」
魔力体であるはずのオーブの胸がぎゅっと締め付けられる。
「なぜそこを指摘する!もっと世界の謎や魔力体の存在意義など、記憶の断片から探るべきだろう!」
「私はそういうのには興味ありません。あなたは傍観者に成りきれてないんじゃないですか? 私の言葉にいちいち反応しています」
オーブは、全てを否定された気がした。
ルルは自身の指先に光の球を生成し、うなだれるオーブに差し出した。
「私だけしか見ていないのもあれなんで、これは私の記憶です。鍵はしてません」
オーブはうつむいたまま、その光に指を近づけた。
傍観者として、ルルの過去をまだ見たことがなかった。
流れ込む記憶の中に、小さな女の子がいた。
両親を労り、妹や弟を守り、村の人々から愛される明るい少女。
彼女の弟は身体が不自由だった。
自然な笑顔に包まれた平和な日常——その村に魔物が迫る、ルル以外、すべてがあっけなく食われた。
だが、そこからが異常だった。
ルルは無意識に自身の魔力を圧縮し、奪われた家族や村人たちの魂へと捧げた。
村人たちの魂は、その魔力を抱えたまま、消えなかった。
ルルの魔力を苗床として、幾重にもその魂を重ね、絡み合わせ、極限まで最適化していったのだ。
ハイエルフの手によってルルの封印が解かれたとき、熟成を終えた魔力は、一滴の淀みもない純粋な繋がりとなって彼女へ還った。
絶望の果てで、彼女は世界と再びつながった。
無意識のうちに、ルルは魔力の本質へ至る道を歩んでいた。
ルルの透明な魔力が、オーブの瞳から一粒の涙として流れ出た。
「もういいですか?」
その声はさっきより穏やかに聞こえた。
ルルが覗いたオーブの記憶。
ルルは「奴隷」という言葉の意味を知らなかった。
その記憶の中のオーブは笑うこともなく、硬いパンや具のないスープを毎日一人で食べていた。戦闘奴隷として日々魔物の軍団と戦い、世界を救ったというものだった。
その力を恐れた人々は、オーブを一冊の魔導書へと封印した。
命を引き換えにその魔導書を解放したのがソフィアさんだ。
「素直な行動は良い展開を招きます。大切な人を失うような失敗も、きっと防ぐことができると思うのです」
ルルはにっこりとオーブに笑いかけた。
その笑顔は、あの日のソフィアの笑顔を思い出させるものだった。




