9 任務への道すがら
「大丈夫ですよ。倉庫までは徒歩で十五分くらいですから」
夜更けの国道沿い。俺は石動さんと並んで目的地まで歩いていた。フランス料理店で思いがけ無い事ばかり起こった。本当に明日には日常が戻るのだろうか?
(そして、俺の睡眠時間は確保できるのだろうか)
そう思って、腕時計に眼をやったのだ。23時30分。俺が時間を確認したのに気が付いて、彼女が声を掛けて来た。
「射水さんが言った通り、本当にチラッと見て帰るだけですから」
「はい」
「何の心配もありません」
「そうですか」
「もしもの時は、コレがありますし」石動さんは自分の右腰を叩いた。
「頼りになりますねっ!」俺は無理やり笑顔を作りながら応じた。
「そうでしょ?」石動さんも無邪気な笑顔で応じる。無邪気すぎるだろ。
真夜中の国道。車の交通量は意外と多い。物流便のトラックばかりだが。轟音を上げて二人の横をトラックが通り過ぎるたびに、石動さんの髪が揺れた。
「あ、石動さん」
「はい?」
「石動さんは、最近チームに入ったって、射水さんが言っていたけど」
「ええ。そうですよ」
「それまでは何やっていたんですか?」
「短大を出てから就職したけど、すぐ辞めちゃって……その後はハンバーガーショップのアルバイトをチームに入る最近まで。……長期でやっていました」
「スタッフ同士の返事が、『サンキュー』って言うチェーン?」
「そっちじゃない」石動さんが笑う。そして別のチェーンの名前を口にした。
「伏木さんは何の仕事をしているんですか?」石動さんが問いかける。
「スーパーの食品売り場の総菜部門ですよ」
「お寿司とかコロッケ売っているとこ?」
「そう。そこです」
「最近まで、良く利用させて貰ってましたよ。最近まで一人暮らしをしていたんで、自炊しないといけないけど疲れている時は……スーパーの惣菜売り場の料理って美味しいですよね」
「それは、ありがとうございます。一応、殆どは店内で調理しているから……」
「なるほど。だから美味しいんですね」
「大学の法学部を卒業したのに、スーパーに就職して食品部門に配属ですからね。……ちなみに父親は理系出身で学部に合った所に就職してましたから少し驚いていました。ま、文系学部卒はそんなもんですけど」
「でも、辞めずに頑張ってるんですよね。凄いですよ。私なんてすぐ辞めちゃったから……」
「そうですか……俺は丸五年か……仕事は分かって来ましたが、責任が増えるとシンドイ事も増えて来ますよ……」俺はそう言いながら、売り上げの事やら、今日あった出来事を思い出した。……遥か昔の事のように思えたが、反乱事件は一応は今日あった出来事だ。そして、明日は明日でハードなイベントが待ち受けている。
「魚津さんもチラッと言っていましたが、仕事で何かあったんですか?」暗い表情になった俺を見て、石動さんが声を掛ける
「いえ。大丈夫です。これ以上は愚痴になるんで止めときます」初対面の女性にグチるほどダメ男ではない。俺は話題を変えようとした。違う話題を口にしようとした時、彼女の方から話を振って来た。
「大学は四年制ですか?」
「そうですよ」
「……で卒業して五年働いているという事は……?」
「五月に誕生日を迎えたので二十七歳です」
「そっか、やっぱり私より年上なんですね」
「……失礼ですが、石動さんはお幾つなんですか?」
「……幾つだと思います?」石動さんは笑みを含んだ眼でこちらを見る。切れ長の眼が笑みで更に細くなる。
(来やがった)
俺は思った。女性に歳を訊くと九割七分二厘くらいの確率で、『幾つだと思う?』と訊いてくる。これは慎重に対応しないとならない事案だ。
適当に若く言いすぎるのはNGだ。真剣に考えた結果として言わないといけないからだ。『18ちゃい』とか言ったら『は?そーいうのいいから』と切り返されるのは目に見えている。
完全に言い当てるのは『嫌味ったらしい』という理由でアウト。実年齢より上を言ってしまうのは世界滅亡の日を迎える事と同じだ。女性の求める答えは『実年齢より少し若めの年齢』だ。女性は夢を見、そしてリアリティを求める。高難易度生命体。
「そうですね……」俺は考える振りをした。というより考えた。短大卒で最初の就職先をすぐ辞めた……たぶん一年未満だろう。一年以上二年未満なら『二年間働いていた』と言う筈だ。つまり二十歳で短大卒業して二十一歳で会社を退職した。その後、アルバイトか。あの口ぶりだとハンバーガーチェーン以外で長期バイトはしていないっぽい。
(長期でやってた……って言ってたな。三年くらいか。女性の言う『長期間』は大体三年くらいだ。『ずっと』は五年。十年は『エターナル』だしな。……二十四歳くらいだな。大人びた外見だから、上に見られたくないのだろう。予想は二十四歳……つまり言うべき答えは)
「えっと、二十三歳くらいですか?」
「惜しいっ!二十四歳ですよ」石動さんは眼を細めて笑顔で答えた。白い歯がこぼれる。やったぜ大当たり。
「ええぇー!そうなんですかぁ?見えないですよぉ。本当はぁ、二十二歳かぁ、どっちか悩んでたくらいなんですよぉ」
「あはは。二十二歳だなんてぇ……もうすぐオバサンですよぉ」
本音と建前の会話。二人は作り声で笑い合う。
ていうか二十三も二十四も一緒だろ……と思うのは男性の考えで、女性は違うというのを、女性スタッフを抱える職場に就いてからは何度も痛感している。侮ってはいけない。たかが一年、されど一年。
更に『五』や『十』で割り切れる年齢とその年齢になる直前は、男性の想像を完全に絶する緊張感がある。痺れるような緊張感が。ひりつくような緊張感が。
女性の運命数は『五』と『十』。




