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蜥蜴人間と彼女  作者: あおかえる
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8/49

8 任務へ

 「任務?」

 その言葉を受けて石動さんが答える。

 「この先の国道沿いに蜥蜴人間の潜伏先があるんです。物流倉庫なんですが、どういうわけか所有者が蜥蜴人間らしく、そこで何かをしてるみたいなんです」

 「石動さんは、そこに偵察に行くのです」射水が話を続ける。

 「女性一人で?」俺は驚いた。

 「いやいや、偵察と言っても道から倉庫を覗くだけですよ。潜入なんて危険な事はしない。彼女もまだあなたと一緒だ。チームに入ってまだ一週間だ。訓練も受けていない。そして倉庫の件も謎が多いです。うかつに近寄れない。蜥蜴人間がどうやって一般人になりすまして、法律知識を獲得して不動産関係の処理をしたのも不明です。そこは現在警察の特別チームが調査してくれていますが」

 

 「射水さん……なんか秘密をボロボロ話していませんか?ここまで聞いて、自分自身が無事に日常生活に戻れるとは到底考えられないです……」俺は不安に駆られた。なんか話せば話すほど深みに嵌まっていく気がした。

 「伏木さん……うら若き女性の石動さんも加入を決意してくれたんですよ。貴方も石動さんと同じく、見えないものが見える特別な存在です。貴方の今の仕事は充実しているかもしれませんが、この仕事も厳しいですがやりがいがあります。真剣に考えて貰えませんか?」

 

 (いや、射水さん……今の仕事は充実しているとは到底思えないんです)俺は心の中でそう思った。今の仕事は嫌いではない。でも、自分が生き生きとしているかというとそうでもない。挙句の果てには事件を起こして、明日は店長と面談だ……。

 俺は自分の気持ちが少し揺らぐのを感じた。

 

 「あれ?表情変わりましたよ?さては最近仕事で嫌な事あったでしょ?」

 

 御明察。

 

 さっきまで大人しかった魚津が珍しく的確な突っ込みを入れて来た。余りにもタイミングが良いために、俺は思わず心の迷いを口にしてしまった。

 

 「その言葉、あながち否定もできないんですよね……正直、少しだけですが、悩んでるんです」

 「もしそうであれば、本気で考えてみて貰えませんか?」射水が真剣な声で応じる。彼の顔に眼をやる。ふざけておらず真面目な顔で、俺の眼をじっと見ている。

 

 「取りあえず……彼女と、その偵察とやらに同行します。その後、チームに入るかどうかを決めたいと思います。その時の連絡先は……」

 「名刺に携帯電話の電話番号が書いてありますよ。そこに電話すれば私に繋がります。今日は……正確に言うと明日か。明日の午前二時までは電話を取ります。朝は八時からなら大丈夫です」

 「分かりました。ではお待たせしました。石動さん。出かけましょう」

 「分かりました」石動さんが答える。

 「あ、ちょっと待ってください。石動さん。一応武装してください」そういうと、射水は足元に置いてあった鞄を膝の上に載せると、鞄のチャックを開けた。

 そして、鞄の中から、何か黒い大きな塊を取り出した。ベルトのようなものが、その塊から垂れ下がっている。拳銃のホルスターだった。

 

 「では石動さん、念のため所持してください」射水はそういうとホルスターを彼女に渡した。石動さんは、しきりに首を捻り迷いながら、そのホルスターを覚束ない手つきでモタモタと腰の右後ろに装着する。

 「駆除チームに入ると拳銃の携行許可と使用許可が下りるんですよ。彼女は射撃訓練を受けていますし、ね、見てくださいよ!手つきなんて慣れたもんでしょ?」

 

 (……えぇ……、そうか?……なんか手間取ってたぞ?)

 

 「石動さんは、射撃訓練を何回受けたのですか?」俺は彼女に尋ねた。

 「一回です」彼女はホルスターの位置を気にした様子で、しきりに右手で位置を微調整しながら答えた。

 「……一回……ですか」若い女性がたかだか一回の射撃訓練を受けたところでどうなるんだ。ミリタリーオタクの男の方が、まだマシじゃないのか?

 

 「大丈夫ですよ。彼女は飲み込みが早くてね。……石動さん、ちょっとジャケットでホルスターを隠して見てください。抜きやすいようにボタンは留めないで」

 「はい」彼女は上着の裾を直した。拳銃はすっかり隠れている。右の腰の後ろが少し膨らんでいるので、見る人が見れば警戒するかもしれない。ただ、ここは日本だ。国民の何割かが軍属の経験があるような国では無い。ほとんどの人間が気が付かないだろう。たぶん警官だって、気が付かないだろう。

 若い女性が拳銃を所持しているなんて夢にも思わないだろうし。

 

 「では伏木さん、見ていて下さいね。彼女の訓練の成果を……。では石動さん、拳銃を抜いて構えてみてください。一応、我々には銃口は向けないで」

 「はい」彼女はそう言いうと、三人から向きを変えて誰もいない壁に正対した。そして右手を後ろに廻すと腰を落としながら、同時に上着の裾を跳ね上げた。

 

 (お。かっこいい!)俺は思わず思った。裾を跳ね上げる動作と身体を低くする動作が一体となっていて決まっていた。

 彼女は、裾を跳ね上げた流れで、そのまま右手で銃把を握ると、拳銃を保持しているベルトのスナップボタンを親指で弾いて外すと、流れるように……流れるように……銃は抜けなかった。

 

 銃を抜く角度が悪かったのか、銃身がホルスターに引っ掛かっていた。一度角度を変えればいいものを、石動さんは焦って力任せに抜こうとするため、銃身の段差がホルスターにしっかり食い込み、意地でも抜かれまいといった状態になっていた。

 

 「石動さん、落ち着いて抜き直して」射水がたまらず声を掛ける。彼女は必死に銃把を左右に動かした。食い込みが解放され拳銃がやっと抜かれた。彼女はそのまま両手保持の姿勢で、正面の壁に狙いを付けた。拳銃は、紛失や強奪を防ぐための黒色の吊りランヤードで銃把の底部とホルスターの間で繋がれていた。

 

 「まあまあですね」

 

 射水が満足そうに頷く。

 (は? どこが『まあまあ』なんだよ。どう見ても危なっかしいだろ)

 彼女の手前、声には出さなかったが、心の中は不安で包まれた。

 

 「大丈夫ですよ。今夜は危険な任務なんかじゃない。銃を撃つことは、まずないでしょう。念のためですよ」俺の表情に気が付いたのか、射水は取りなすような口調で言葉を発した。

 「はぁそうですか……」大丈夫じゃない気持ちで一杯で、俺は答えた。相槌を打ちながら彼女の手にある拳銃を見つめる。テレビやネットで見かけるような、警察官が持っている回転式の小さな拳銃では無かった。

 

 艶消しの黒鉄色をした拳銃は、中型の自動拳銃でシャープだった。『相手の動きを止める事』を目的とした、日本の警察官が持つ玩具のような拳銃とは違い、妙な迫力があった。

 

 「あの拳銃は……?」俺は思わず射水に尋ねる。

 「あぁ、ドイツの武器メーカーが開発した拳銃を、日本がライセンス生産しているものですよ。陸上自衛隊中心に海・空自衛隊でも採用されてるものです」

 「へぇ……」

 「研修先は陸上自衛隊ですからね。当然、装備も自衛隊のものになります」

 「なるほど……、で、今日は撃つことはまずない。と」

 「そうですね。念のためという意味と、彼女に拳銃の携帯に慣れて貰うという二重の意味で携行して貰います。伏木さん。彼女から拳銃を奪おうとか、考えてはいけませんよ」射水は笑いを含んだ声で言った。

 「当たり前ですよ。そんな事はしません。もしそんな事をしても一日も掛からず俺は捕まるでしょ?」

 「一日じゃありませんよ」

 「はい?」

 「二時間掛からずに貴方は当局に拘束されます……って冗談ですよはははは」

 

 (冗談じゃないだろ)俺は目が笑ってないのを隠そうともしない射水の表情を見ながら思った。

 

 「先ほど言った通り、偵察は通りから倉庫を覗くだけです。銃を撃つ機会なんて無いでしょう。そして万が一、そういう羽目になったとして」

 「はい」

 「その拳銃の弾倉弾数は九発です。九連発ですね」

 「結構、弾数多いんですね」

 「そうです。なので九発あれば」

 「はい」

 「一発くらい当たるでしょ?」

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