7 蜥蜴人間(4)
魚津は興奮し続けている。彼の驚き方は演技には見えなかった。これが演技だったらアカデミー賞やらブルーリボン賞やら金獅子賞やら総舐めだろう。俺は結局、魚津の素の反応から、蜥蜴人間の存在を信じ始めた。
そして、魚津の反応を煩くは感じなかった。……俺もさっきまでは魚津と同じ気持ちだったのだから。落ち着くまで叫んでいればいい。
「この部品みたいなものが、彼らが自分達を偽装するツールのようなんです。この蜥蜴人間は何故か、甲冑に偽装する設定になっていたみたいですが……そしてあなたとそこにいる石動さんは、蜥蜴人間の偽装が通用しない。……石動さんに協力して貰って視神経や脳の検査をしたのですがね……理由は分からないのですよ。見える人と見えない人の明確な理由がね」
射水はそこまで言うと、いったん言葉を切ったが、すぐに話し続けた。
「さっきは『蜥蜴人間』になんて見えない。と言いましたが、あれは嘘でした。すみません。あなたを試したのです。本当に見えているかどうかを」
「……もうそれは良いです。それより、さっき、駆除って言っていましたが、つまり何匹も存在しているのですか?なぜ?彼らは一体何者なんだ?」俺は信じられない思いで射水に質問した。
「これが分からないのです……ただ自分達を偽装する手段を持つ高度な技術を持っていて、グループで行動しているみたいなのです。本当の話です。そうでなければ、国が動いて対策組織を作る訳ないじゃないですか」
「この……剥製はどこから入手したのですか?なんで知り合いって言ってもフランス料理店に置いている?おかしいじゃないですか」
「伏木さん……これ以上話すには、対策チームに入って頂くことになります。もしお断りされて、ここまでなら、今日見たことを誰かに話しても、我々にはダメージは無いですからね」
「誰も信じない……と?」
「あなた、会社の同僚が『昨日フランス料理店で蜥蜴人間の剥製を見た!環境省が調査に動いている!これは真実なんだ!』って言われて信じます?」
「……お前、youtubeのオカルトチャンネルの見過ぎだって言います」
「ですよね。警察に言っても信じませんし、百万が一、興味を持った刑事あたりが調査に動いても上層部がストップを掛けます。上層部レベルでは、この情報は共有しているんですよ」
「…………」
「実際、刑事だって暇じゃないですからね。テレビドラマじゃあるまいし、そんな与太話を信じて、個人で行動を起こす刑事なんていないですよね」
「確かに、そういう展開は映画かアニメの世界だけです。日本には解決すべき事件が山のように残っている。蜥蜴人間の活動なんて、信じる刑事も警察官もいないでしょう」
「そのとおり」
「でも、俺が個人で調査しはじめたら?」俺は射水の答えを予想しつつも念のために質問した。
「伏木さん、分かってて質問するのはやめましょうよ」俺の意図をあっさり見抜きながらも話を続けた。
「強力な捜査権を持つ警察が手を出さないようになっているんですよ?サラリーマンの貴方が個人で動いて何が出来ます?国全体が全力を挙げて秘匿しようとする事項なんですよ?」
なんか口調が軽く脅しめいた感じだな。俺は帰れるんだろうか?俺は少し不安になって来た。……というか、今日、無事に帰ったところで、俺の個人情報なんて明日には丸裸にされるだろう。射水の言う『国全体の組織力』を使えばそれくらい朝飯前だろう。そうなると一生、尾行と監視が続く生活になるのか?
「じゃ、俺は『チーム』に入るか、一生監視される生活になるかの二択になる訳ですか?」
「あははは。監視なんてしないですよ。貴方のいう事なんて誰も信じないでしょ?さっき言ったじゃないですか!」射水はそう言いながら朗らかに笑った。自然な笑顔に見えた。眼も笑っている……が、先ほどまでの雑談の時に見せた笑顔に比べて、少し表情を作っている感じがした。
(……口ではそう言っても、俺が何者か調査されて定期的に監視されるんだろうな……)
射水のわずかに違和感のある表情を見ながら、俺は彼が嘘をついていると確信した。じゃ、チームに入る?でも、未だに100%は信じられないし、そもそも射水が環境省の役人かどうかも確信が付かない。
「迷っていますね。一応説明しますと、チームに入ると正式な国家公務員になります。環境省に入省という形になりますね」
「憧れの公務員ですよ!」いつの間にかショックから立ち直った魚津が下らない突っ込みを入れる。
「アンタが言うな。アンタは公務員を辞めたんだろう」俺はさっき射水が魚津を『元同僚』と言っていたのを思い出して、咄嗟に言い返した。
「まぁ、人生いろいろなんですよ。何で辞めたのか?なんで射水さんに協力しているのかっ!?明かされる事実! 知りたくないですか? 知りたいのならばチームに入ったらお話ししますよ!これは楽しみ!」
「興味ないです」
「手当がかなり加算されるので収入も増えると思いますよ。住まいは対策室のあるビルに用意します。食事も。100%を国が負担するわけではないですが、あなたの負担は極僅かです」射水は続ける。
「えらく待遇が良いんですね」
「いや、住まいや食事に気を使っている暇ないですし。あぁ、そうそう最初は自衛隊の寮生活になりますか。貴方はチームに入ったら陸上自衛隊に四か月研修に行ってもらう事になりますから。」
「は?」
「何が『は?』なんですか。名刺を見てくださいよ。私の所属する部署を」
俺は胸ポケットに突っ込んでいた名刺を慌てて引っ張り出すともう一度確認した。
「特殊害獣対策室 駆除課って書いてありますね」
「その通り、私たちの部署の仕事は、特殊害獣……つまり蜥蜴人間を駆除する事なんですよ」
「駆除」
「そうです」
「だれが」
「貴方がですよ」
「何言ってるんですか! 無理ですよ!無理無理!」
「我々には蜥蜴人間が一般人に見えます。貴方はちゃんと蜥蜴人間に見える。敵を敵と認識できる貴方が駆除しなくて、誰が駆除できるんですか?」
「そんな事言われても!そもそもどうやって駆除するんですか?俺は見えると言ってもただの一般人ですよ?」
「銃で撃ち殺すんです。ぶっ殺すんです」
「は?」
「彼らは銃で射殺できるんです。その事実が判明しただけで我々は安堵しているんです……銃が通用しなかったら困ったことになってましたからね」
「いやいや、俺、銃なんて撃った事ないですから!」
「だから陸上自衛隊に研修に行くんですよ。人の話聞いてます?」
「銃なんて昔エアガンを触った事があるくらいですって」
「よかったじゃないですか!本物の銃を撃てますよ!男子の憧れ!」
「別に憧れてないです……銃なんて撃ちたくないです。俺は平和を愛しているんです!」
「その平和とっ!愛する人を守るためにっ!貴方は引き金を引くんですっ!」
「アメリカ人みたいなことを言うな」
会話が空回りし始めた。石動さんがさりげない感じで自分の腕時計に目を走らせる。それに気が付いた射水が言った。
「そうだ。任務です。これから石動さんは任務があるのです。それに付いて行って現場を見て、入るか入らないかを決めてください」




