6 蜥蜴人間(3)
「イラストで描いてくれても良いですよ」俺は石動さんに声を掛けた。
「いえっ!!絵は絶対ダメです!苦手です!」
視線を俺の眼にしっかり合わせて、突然、彼女は驚くほど大きな声で答えた。
そんな気合いが入った返答をするくらい絵が苦手なのか。彼女の大声に驚きを覚えながらも或る考えが頭をよぎった。……逆に見てみたい。
「俺だって苦手ですが、絵の方が分かりやすいかも……」
「いいえっ!そうは思いませんっ!」彼女は真剣な眼差しで、俺の言葉を遮るように言葉を被せて来た。
「は、はい」俺は、彼女の突然の剣幕に言葉を失う。
「別に文字でも伝わりますよね?絵は苦手です。文章で良いですね?」
「はい」
「人間、得手不得手があるんです。伝わる方法があればそれで良いですよね?」
「はい」
「絵を描くのは苦手なんです。ほんとダメなんです」
「はい」
「死んでも絵は描きません」
「はい」
「殺すと脅されても絵は描きません」
「はい」
「絶対ダメですからね?分かりました?」
「はいすみません」
何度も念を押す彼女。(学生時代にトラウマになるような出来事でもあったのか。美術とか図画工作の時間で、描いた絵でからかわれたりしたのか?)
「……『ピカソ画伯』みたいな事を言われたとか?」
俺は心の中で呟いたつもりだったが、小声だが口から言葉として発してしまった。
「……えっ!?今なんか言いました?!!?」
「ななななななんでもないです」
「嘘でしょ?言いましたよね?聞こえましたよっ?!私には!」険しい顔でこちらを見る彼女。
「ほんとう何でもないんです。すみません。謝ります」俺は慌てて謝罪の言葉を口にした。
「ほんと、さっさとやっちゃいましょう。いいですか?」イライラした口調で彼女は言い放つ。
「怒らしたなら謝ります。すみません。でも少し落ち着いてください」
「はぁ?! 何言ってるんですか?あなたが怒らせえるんでしょっ!」
「はいすみません」
(その言葉、さっき誰かが言ってたな)俺はそんな事をぼんやり思いながら顔を赤くする彼女を見た。俺が彼女に抱いた第一印象、『クール』はどうやら間違っていたようだ。全然違う。程遠い。とんでもない勘違いだ。燃え上がってる太陽のようだ。名前は『夏子』とか?
「あ、そうだ」
「なんですか?」彼女は睨むようにこちらを見る。
「俺、伏木 清彦っていうんですが、石動さん、下の名前って?」
「……それって、いま関係あります?」
「いや、無いですけど。ちょっと気になって」
彼女は切れ長の眼を細めて窺うようにこちらを見る。
「なんだろ。もし同じものが見えてたら仲間のよしみって事で」
「まだ分かりませんよね?」
「まぁ、そうですけど」
「ま、良いです。別に知られたところで。……冬香です。石動冬香」
おっと予想外。逆じゃないか。まるで逆。俺は自分の想像とは全く逆の彼女の名前を聞いて、虚を突かれた。
「…………」
「…………」
変な間が出来てしまった。俺は取り繕うように慌てて答えた。
「わぁ……わぁ……ステキ!……トッテモステキナ、オナマエデスワヨネ!」
「別に無理に褒めなくても良いですよ」
「ソンナコトナイデスヨ」
「そういう言い方は腹が立つんで止めて貰えますか?」
「はいすみません」
(なんか俺、さっきから謝ってばかりだな)
とは言っても、余計な事を言って彼女を怒らせているのは自分自身なので、自業自得と言えばそれまでだった。ただ、彼女は怒りこそすれ、敬語で喋り、こちらに眼を合わせて来て、こちらの馬鹿げた質問にも正直に対応するところから、案外生真面目な性格なんだろうか。とも考えた。
(本当は真面目なのに、わざとクールっぽく振る舞おうとしている……というか強がってる……のかな?)
一瞬、そんな思いが心をよぎった。そして、彼女に感じた第一印象の『クール』や、また反対に『絵が不得手』について、ムキになって言い返してきた時の怒り方を思い出した。
(あれ、怒ったのは事実だろうが、舐められたくない。いじられて「何も言い返せない人」って思われたくなくて、必要以上にしつこく言い返してきたんだろうか。なんか彼女自身の性格よりも、舐められたくないってための行動って感じるな)
「まぁまぁ、お二人とも」射水が取りなすように間に入る。
(そしてこのオッサンはさっきから『まぁまぁ』しか言ってない。でもそれしか言いようも無いか)
「これから任務があるんです。時間も押してます。取りあえずさっさとやっちゃいましょう。伏木さん、もし彼女が書いたものとあなたが書いたものが一致したら、私の話を聴いてくれますか?」
「はい。もちろんです」
「では始めましょう。私達三人はここにいますので、少し離れたところで書いて貰っても結構ですよ」
「分かりました」
俺は三人から少し離れ、三人に背を向け、一度蜥蜴の剥製人間を見やった。やはり甲冑では無い。蜥蜴人間の剥製は店内の隅に直立して、感情の無い黒い目を鈍く光らせていた。
「……書けました。石動さんはどうですか?」俺は振り向いて声を掛ける。
「私も出来ました」石動さんも返事をする。
「では、伏木さんこちらに来て……同時に見せましょうか?」
「分かりました」
「はい」
俺と石動さんが同時に答える。
俺は三人の傍にあるテーブルに向かう。三人もそのテーブルに近寄る。
二人は同時にメモをテーブルに置いた。
俺は素早く彼女のメモに目を走らせた。
『二本足で立っている、とかげ人間。薄い茶色。口から両サイドに黒いラインの模様がある。スマートな感じでゴツゴツしていない。尻尾が長い。眼は黒色』
と書かれていた。そして俺の書いたメモの内容は
『人型のトカゲの剥製。色は薄い茶色で鼻の辺りから両側に黒の色帯が走っている。カナヘビのようにスマートな体型。尻尾は長く床に巻かれている。直立している』
「全く一緒だ!」横からメモを覗き込んでいた魚津が叫ぶ。そしてポケットからスマホを取り出すと何やら操作している。暫くして、「ほうほう、こういう形なのか……」と呟くとスマホを石動さんに見せて「こんな感じ?」と言葉を掛けている。
石動さんは「そうです。そのものです。よく似ています」と答えていた。射水も横から覗き込んで黙って頷いていた。
魚津は俺にもスマホの画面を示してきた。画面にはカナヘビの画像検索の結果が出ていた。
「そうです。これの人型バージョンがあそこに立っているのです」そして俺は言葉を続けた。
「驚いたな……」
「私も驚きましたよ。まさかこんな形で『見える』人と遭遇できるなんて」射水が応える。
「……いやそっちじゃなくて……、石動さん……字が綺麗なんですね。そちらに驚きました」
「へ?」石動さんが怪訝な顔をする。
「いや、俺、自分の字が汚いのがコンプレックスなんですよ」俺は机の上に置かれた自分のメモに眼をやった。暴れ馬のような字がメモ用紙内で踊っている。一方の石動さんの字は綺麗だった。女性らしい細い線だったが、女性特有の丸みを帯びた字では無く、学校の先生が書くような綺麗な楷書体だった。
「ホント綺麗な字ですね。羨ましいです」俺は率直な感想を言った。
「あっ……あぁ。……ありがとう。昔、書道をやっていたから」石動さんが戸惑いながらも答える。先ほどの名前の時と違って、本心で言ったのが伝わったのだろう。今度は素直に俺の言葉を受け入れた。
「そうなんだ。俺も書道やってれば良かったな」
「今からでも遅くないですよ」彼女は少し笑いながら言った。
「そうかな。俺、字が綺麗なのは才能だと思っているんですよ。いいな。羨ましいです」
「そんな……大げさな。練習すれば誰だって……」と彼女は言いながら、俺に合わせていた視線をふと外した。一瞬、表情が揺らぐ。
(あれ?)彼女の表情が揺らいだのが気になったが、石動さんはすぐに表情を元に戻した。
(気のせい……じゃなかったよな……?)
「伏木さん、これでお判りでしょうか。お話を聴いて頂けますか?」
俺が気にする暇も与えず、射水が声を掛けて来た。
「ええ。もちろんです」俺は石動さんの表情の事を頭の隅に追いやって、射水に顔を向けた。
「さきほどの『特殊害獣』ってのは、この蜥蜴人間の事なんです」
「では、サルやイノシシの駆除では……」
「ないのです。この蜥蜴人間を駆除するのです」
「……駆除するくらいいるんですか?ニュース……では報道しないか。でも噂の一つも出ていないですよ。今どき、こんなのが現れたらネットに噂の一つや二つ出て来ません?」
「なぜ噂が出ないかって、目の前に答えが出てますよ」
「……もしかして……蜥蜴人間は普通の人には見えないとか?」
「そうです。その通りです。普通の人には蜥蜴人間が、私たちと同じような『人間』にしか見えないのです」
「……でも、この蜥蜴人間は甲冑に姿を似せているんですね?」
「これは何故なのかは理由は分からないのです。……ま、取りあえず姿を変えているのは事実なんです。お見せしますね」
射水はそういうと剥製のそばまで近寄ると、俺達3人を手招きした。
「魚津さんは協力してくれていたので、特別にお見せしますよ。元同僚と言ってもここまで私を信じてくれたのですから」
「射水さん、ありがとうございます」魚津は興味津々と言った顔で、射水と甲冑へと交互に視線を動かす。
(なるほど、馴染み客と店員と言う関係では無かったのか。そうだよな……)
俺は一人で納得していた。
射水は剥製の後ろに廻った。そして剥製の首の付け根辺りを指さす。裸の蜥蜴人間だったが、射水の指さした部分に黒い小さな円柱形の物体が貼り付いていた。
それは例えるなら、ペットボトルの蓋にそっくりだった。
「魚津さん、この甲冑の首の部分……丸い突起が付いていますよね」
「ええ、不自然ですね。甲冑のデザインらしくない」
そうか、射水と魚津の二人には甲冑にしかみえていないのか。見えている人間にとっては逆に、レプリカの甲冑というのがどういうものなのか見てみたい気がした。
「で、この突起にはダイアルが付いていましてね……これを切り替えると……」
「えっ……?えええええッ!!ほんとほんとに蜥蜴人間だっ!」
魚津が喚いた。こっちとしては何の変化も無い。恐らく甲冑が蜥蜴人間に変化したのだろう。だから魚津が驚愕しているのだろう。
「ホントだ……ほんとうにこんな生き物が存在しているんだ……有り得ない……これホントにホントに本物ですよね??? 射水さんっ!」




