5 蜥蜴人間(2)
その時、レストランのドアが開くと一人の女性が入店して来た。うっすらと茶色に染めた長い髪を後ろに束ねていた。目鼻立ちは整っている方で、今風の化粧をしている。少し痩せ気味で高めの身長の身体。男性が『量産型』と揶揄しながらも『外見だけで判断するなら、間違いなく彼氏はいるんだろうな』と確信を抱くルックスだった。騒ぎ立てる男どもの顔面レベルが、異性を批評出来るレベルかどうかは置いといて。
俺自身、入って来た彼女を一目見た後、射水とモメているのを忘れ、(おっ)と思い二度見してしまった。前言撤回。悲しい男の性。だけど美人は見ておかないと損だ。損です。
彼女は白のTシャツにジーンズというシンプルな恰好で、オリーブドラブの野戦服ぽいデザインの上衣を羽織っていた。
(カッコいいな)俺は素直に思った。痩躯の女性がミリタリー風の服装をすると、そのギャップが却ってカッコよく見えるが、彼女の場合もそうだった。これが軽中量級とはいえ、高校時代に柔道部だった俺がミリタリー風の恰好をすると、『まんま』になってしまう。かといって、本職の人と比べるとカッコよさと貫禄では到底敵わない、実に中途半端な状態になってしまう。
ただ、女性がミリタリーを取り入れた服装に肯定的な考えは、俺の周りの男の友達では皆無だった。男ですら体型ががっちりしてないと似合わない。そしてガッチリしすぎていると『戦場帰りの方ですか?』そのものになってしまい、ファッションから乖離してしまう難しさ。
だからそういったアイテムを女性が着て欲しくない。女性は女性の魅力を引き出す服が男の数百倍はあるんだから、そっちでお洒落してほしい。というのが友達の考えだった。万理ある。
「あぁ。お疲れ様。時間通りですね」射水が笑顔で彼女を迎える。
「どうかしたんですか?」射水を含め、男性三名が阿呆のように店内に突っ立っているのを不思議そうに見ながら言葉を発した。
「いや、ちょっとね……。実は、貴方と同じく『見える』人がね、この店に来店したんですよ。ただ、その方が明日も仕事という事で帰ろうとするので、お引き留めしていたんです」射水は、『見える』の部分をわざと区切って喋った。意味深な感じだった。
(……なんだよ、その『見える』って、映画やらアニメとかで出てくる有りがちなキーワードじゃないか。『能力者』とか?イイ歳してこっちが恥ずかしいわ。俺は只のスーパーマーケットの惣菜部主任だよ。コロッケ揚げたり寿司作るのが能力だよ)
「偶然にしては凄いですね。で、説得を?」
「そうなんだけど、ま、当たり前の話だけど、彼、信じてなくてね。まずはあの鎧の事から納得して貰おうかと」
「ああ、なるほど。このレストランのアレをみたんですね」彼女はそう言うと、蜥蜴人間の剥製の方へ目を向けた。迷いなく。
(……?! 彼女はアレがレプリカの鎧で無い事を知っている? いやいや、これが宗教かなんかの勧誘で、事前に口裏合わせていれば只の茶番だ。……でもそれならなんでこんな手の込んだことをする?)
俺は混乱していた。蜥蜴人間……もとい鎧の方へ顔を向けていた彼女が、こちらを向いて真っすぐ眼を合わせて来た。切れ長で凛々しい瞳だった。初対面の男性に臆すことなくしっかりと眼を合わせてくる彼女の印象は、ミリタリー風の服装も相まって『クール』の一言に尽きた。
「初めまして。石動と言います。えっ……と、貴方?は、このレストランに場違いなものが見えるんですよね?」
語尾を上げて貴方?と訊いて来た、彼女……石動さんの言葉に俺は答えた。
「伏木と言います。そうです。見間違えかもしれません。他の二人には見えないみたいですから」俺は突っ立っている二人に眼を向けながら答えた。
「それで……何が見えます?」
「それは……」ここまで言いかけて、俺はふと或る事を思いついた。
「魚津さん」
「はい。なんでしょう?」
「紙……なんかメモ出来る紙二枚と、ペンでも鉛筆でも良いので二本貸してくださいませんか」
射水は俺の言葉を聞くと『あぁなるほど』という顔をした。石動さんも『貴方がそうしたいならそれで良いですよ』と合点が行った顔をした。
「はい、ご用意できますが、あみだくじでもするんですか?」店員の魚津ひとりが怪訝な顔をしている。何があみだくじだ。勘の鈍い奴だな。
「見ていれば分かるんで、とにかく貸して頂けませんか?」
「はぁ」魚津は首を傾げながらもカウンターに行き、ブロックメモからメモ用紙を二枚切り取り、ボールペンを二本手にして戻って来た。
「メモ一枚とボールペン一本は石動さんに渡してください。もう一セットは俺に貸してください」魚津は素直に言われた通りメモとペンのセットを、俺と石動さんにそれぞれ手渡した。
「じゃ、石動さんお分かりだと思いますが、何が見えるか、それがどんな形状で、どんな色かを書いて頂けませんか?俺も自分が見えたと思うモノを書きます。これが一致すれば、そこにいる射水さんの言う事を少しは信じます」
「あーッ!なるほどぉぉ!そういう事かッ!頭イイィ!」
突然魚津が大声で叫ぶ。うるさい奴だな。やっと気が付いたのか。何が『頭イイ』だ。アンタの察しが悪いだけだよ。




