4 蜥蜴人間
それは、何かの剥製だった。いや、『何か』じゃない。蜥蜴の剥製だった。それも人型の。
俺は、何度も確認した。何度見ても間違いない。それは蜥蜴人間の剥製だった。ゲームなんかで出てくる、『リザードマン』とか『アルゴニアン』とか言われている生物にそっくりな蜥蜴人間の剥製だった。
(なぜ、フランス料理店に蜥蜴人間の剥製があるんだ? おかしいだろ? 作り物? でも場違いすぎる。オーナーの趣味か何かか? いや、それにしても悪趣味すぎるだろ。他の装飾品のセンスが良いだけ、この剥製はおかしい。俺、酔ってるのか?)
俺は蜥蜴人間を観察し続ける。ゴツゴツしたワニのような厳めしい感じでは無く、全体的に滑らかなで、スマートな感じだ。色は薄い茶色で鼻の先から黒い色帯が伸び、眼を通り体の側面を走っている。尻尾は長く細く、床に曲線を描いていた。
(カナヘビみたいだな)
俺はそう感じた。ただ、骨格は完全に人間のモノで、肩が発達して本来蜥蜴にはない肩幅が存在していた。腕が出ている箇所も人間と同じ。そして人間と同じように完全に直立していて、その姿勢には不自然な箇所は一ヶ所も存在していなかった。
(やっぱり作り物だろう……質感とか凄いけど、こんなものが本当に存在するはずは無い。オーナーがSF映画とかRPGゲームのファンとか、そんなところだろ。……自慢したいんだろうが、店内に飾るのは頂けないけど。場違いすぎる)
「あの甲冑、素晴らしいでしょう……アンリ二世に与えられたと言われる『王太子の鎧』です。勿論レプリカですが、良い出来だと思いませんか?」
俺の視線を追って、店員が話しかける。
(……え?……甲冑?今、甲冑って言ったよな。 あれが甲冑? どうみたって蜥蜴人間だろう……やっぱり俺、酔ってるのか?……いやたかがビールの小瓶二本だろ?幻覚みるほど酔う訳が無い)
「王太子の鎧……アレがですか?」
「ええ。そうですね。先程申し上げましたが、レプリカでして本物ではございませんが」
「そうですか……俺、疲れてるのかな」
「どうかされましたか?」
「俺にはアレが、鎧とは全く……いや、何でもありません」
レプリカの鎧が蜥蜴人間の剥製に見えるなんて言ったら、頭がおかしいと思われるだろう。そうだ。多分、今日の出来事と明日の面談に対するストレス、それに酔いが加算されて幻覚を見ているんだ。
「そうですか……ひょっとしてお客様はあの鎧が、鎧でなく他のモノに見えるとか?」
(……!!)
(やっぱりそうなのか?『王太子の鎧』とか言ってるけど本当は違うのか?こちらを試しているのか?)
「見える気がするんですよ」
「なるほど。ちなみに何に見えますか?興味ありますね」微笑みを崩さず店員は続ける。
「いや、言ったら多分気を悪くしますよ。俺、多分、疲れてるんだ」
「いえいえ、そんな事はございません。例えお疲れだろうとも、気になる事があるのならおっしゃってみて下さい」
「そこまで言うなら……言いますよ」
「どうぞ。お気になさらずに」
「きっと気分悪くしますよ」
「そんな事はございません」
俺は唾を飲み込み息を吸い込んで言葉を発した。
「俺には、あの鎧のレプリカが蜥蜴人間の剥製に見えるんだ」
店員は俺の顔をまじまじと見つめ、その後ゆっくりと口を開いた。
「あははは。トカゲ……蜥蜴人間……? 御冗談を」
「あはははははは。ですよねー」
「よりによって、フランスから取り寄せた鎧のレプリカを蜥蜴人間だなんて、
あはははは……ほんと気分悪いですね」
(てめぇ。ぶっ殺す)
俺は店員の言動に瞬間的な怒りを覚えたが、なんとか怒りを抑える。よく考えたら当たり前の話である。フランス料理店に、蜥蜴人間の剥製があるなんて言い出す客が居たら迷惑この上ないだろう。やっぱ、幻を見てるんだ。疲れてるんだ。帰ろう。
「そうですよね。失礼しました。そんな訳ないですよね。もうこれ以上はお邪魔ですね。帰ります。お会計お願いします」
「いえいえ、非常に興味深いですね。少しお話しませんか?」
その時だった、俺が店入る前からいた男性客が声を掛けて来た。俺は声がした方へ顔を向ける。そこには40半ばと思われる中年男性が座っていた。テーブルにはワインのハーフボトルと、小皿に盛られたチーズが置かれていた。
灰色のスーツを着て。ネクタイを締めている普通の会社員風の男性だが、髪は七三分けに綺麗に整髪されていて、スーツもくたびれてなくワイシャツは真っ白でピシッとしていて身綺麗な印象を受けた。
彼はどこかに電話を掛けていたらしく、携帯電話を胸ポケットに仕舞いながら俺に声を掛けて来た。
(いかにもフランス料理が好きそうなオシャレおじさんだな)
彼に対する第一印象だった。ただ、『勘違いオシャレ人間』のような高慢な感じはしなかった。顔つきは柔和だし、声の掛け方も嫌味な感じが皆無だったからだろう。
「私は貴方の言う事を信じますよ。見えないものが見える事、ありますよね……?」
「……!? じゃ、あなたもアレが蜥蜴人間の剥製に見えるんですか?」
「いやいや、私には鎧のレプリカに見えます。蜥蜴人間になんて見えるわけないじゃないですか。あはははは」
(……はぁっ?)その瞬間、俺はカッとした。なんだよクソ。店員もオシャレオヤジも、……ヨコヅナもチャァミィもみんなして俺を馬鹿にしやがって。ぶっ飛ばしてやる。
「まぁ、怖い顔をしないで落ち着いて。そんな怒らないでください」
「はぁ?! 何言ってるんですか?あなたが怒らせてるんでしょ!」イライラしながら俺は言い返した。
「……。……さっきのは失言でしたね。取り消します。すみません。正確に言うと、もうすぐ、あの鎧が蜥蜴人間に見える別の人間がここに来るんですよ」
「もう一人」
(やめてくれ、これ以上人間が増えるとややこしくなる。もう朝からの出来事やら、ここでの騒ぎで俺の頭はパンクしそうなのに……)
「そうです。もう一人」オシャレオヤジが言葉を受ける。
「良かったですね!数少ない理解者ですよ」店員が横から口を挟む。
「あんたは黙ってろや」俺の刺々しい言葉に店員は慌てて口を噤む。
「まぁまぁ、彼女が来るまで、もうちょい時間ありそうですね。先に自己紹介しておきますね」オシャレオヤジは袖口をずらして腕時計に目を走らせる。洒落た銀色のベルトが見えた。
「彼女?」
「そうです。女性なんですがね」オッサンが微笑みながら応える。
「おっ?!これは楽しみですねぇ!」店員が調子に乗る。
「黙れ。その口縫い合わせるぞ」俺が怒鳴る。店員が、お口にチャックをする。
「魚津さん、そちらの方のお相手は私がするので、閉店準備したらどうです?」
「そうですね。お客様、……えっとぉ、失礼致しました」
「なにが『えっとぉ』だよ。ほんと失礼だったよ」
「私はお客様のお気持ちを明るくしようとしただけなのですが……」
「そーゆうのもういいから。閉店作業したらどうです?」
「そうですね。かしこまりました」意外と店員は大人しく引き下がると、厨房へ姿を消した、暫くすると箒と塵取りを手に戻ってくると店内を掃除し始めた。
オシャレオヤジは、胸の内ポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚抜き取ると、椅子から立ち上がった。名刺を受け取るために、俺はオシャレオヤジの方へ近づいた。
「申し遅れました。私はこう言う者です」
俺は、名刺を両手で受け取ると、白い紙片に目を走らせた。
環境省 自然環境局 特殊害獣対策室 対策課
課長 射水 茂典
「環境省……?」
「ええ、そうです。意外でした?」
「意外と言われれば意外ですね。しかも害獣駆除の仕事ですか?」
「ええ。そうです」
「サルとかイノシシを駆除する仕事?」
「……いえ。……それは彼女が来てからにしましょうか。もうじき来ますから。ところで貴方のお名前は、まだ伺ってなかったですね。差し支えなかったら教えて頂けますか?」
向こうは名刺を出して名を名乗っている。その名刺が本物かどうかは分からないが。ただ、こちらが名を名乗らないのは失礼だろう。
「私は伏木といいます」なんとなくフルネームを言うのは抵抗があった。なので、名字だけ名乗った。
「伏木さんですか。いやぁ良い名前だ!」
「……本当にそう思ってます?」
「あははは。いやだなぁ。絡まないで下さいよ」
「あははは。すみません」
「ははは」
「ははは」
「…………」
「…………」
乾いた声で笑い合った後、言葉の接ぎ穂を失う男性二人。夜も遅い閉店前のフランス料理店で。なんかもういやだ。うんざりしてきた。早く帰りたい。帰って寝たい。
「もうなんか面倒くさくなってきました。トカゲとかどうでもよくなってきました。帰っていいですか?」
「いえ、ちょっと待ってくださいよ。もうすぐ彼女が来ます。……実は彼女ね。なかなかの美人さんなんですよぉ」
「美人とか不美人とか、もうどうでも良いんです。明日も早い。お役人と違ってこっちは朝が早いんだ。仕事なんです」
「まぁまぁ。そういわずに……」
「いえ、帰ります。店員さんお会計をお願いします」




