48 告白。
俺は、そっと遮蔽物まで戻り、神通さんの横で立膝の姿勢を取る。そして腰から銃剣を引き抜いた。もう武器はこれしかない。反射防止で黒く塗られた銃剣。それでも部屋が発する青暗い光を浴びて、黒い刃は鈍く光った。
俺が銃剣を抜いたのを見て、神通さんも自分の銃剣を引き抜く。そして柄の部分を、小銃の先端に付いているバヨネット・ラグに滑らせた。
カチリ
滑らかな音がして小銃に銃剣が装着された。即席の槍が完成される。俺が持っている短機関銃には着剣が出来ない。出来たとしても銃身が短すぎて『槍』としての意味は持たないだろう。銃剣をそのまま腰だめに構え続けた。
(これで戦国時代に逆戻りだな)神通さんの少し怯えた表情を見ながら、そんな事を思った。最先端の銃で戦闘していたのに、弾が切れれば刃物が頼りだ。
「神通さん。大丈夫だ。あいつらは怯えて逃げた。当分は襲ってこない。それまでに応援は来る。絶対来る。信じよう」
「うん……」神通さんは頷く。だが顔は怯えた表情のまま。
「神通さんは正面を警戒して。俺は右側を警戒する」そう伝えた時だった。
「……死にたくない……」突然、神通さんが声を震わせた。
「大丈夫。絶対助かる。皆が必ず助けに来てくれる」さっきまで神通さんの事を『根性が座っている』と思っていた。いや、普通の人よりは遥かに根性が座っているだろう。だが無理していた部分もあったのだ。彼女だって石動さんと一緒だ。半年前までは、食品会社に勤めていた普通の女性だ。恐怖や緊張を押し殺して頑張っていたのだ。
蜥蜴人間が二匹残ってる。あいつらは一度は逃げたが、やる気を振り絞って戻ってくるかもしれない。こちらより身体能力は上。しかも奴らは死んだ仲間から銃を調達出来るが、俺達は蜥蜴人間の銃は使えない……対策室の技術チームが、鹵獲した蜥蜴人間の銃を調べた結果、銃には生体認証のようなものが付いているらしく、人間では安全装置が解除されないのが分かったのだ。
銃を持ち、自分より遥かに身体能力の高い敵と対峙しなくてはならない。しかも刃物で。それが、神通さんの緊張の糸を切れさせようとしていた。
「大丈夫。最後まで頑張ろう。すぐに応援が来る」
「……せっかく……せっかく言えたのに……」そう言いながら、彼女は目を強くつぶった。玉のような涙が頬を転がり落ちる。
(『伏木くんの事が好きだから』)
彼女の言葉を思い出し、神通さんの顔を見た。
「ほんとだよ」神通さんは、俺の眼を見ながら答える。
「最初……氷見二曹が『今度来る隊員は、中学時代吹奏楽と合唱部やってて、高校は柔道部だった奴だ』って笑いながら教えてくれて、面白い人だなって……」この状況の中、唐突に彼女は話し始める。いや、この状況だからこそ、話すんだろう。……彼女からは、今のうちに全部話してしまいたいという切迫感が感じられた。
俺自身、神通さんの話を聞きたかった。こんな状態で告白を聞くのは、どう考えてもおかしい。だが、それよりも『聞きたい』『聞いておきたい』という気持ちが強かった。
「……それでね、顔合わせの後の懇親会の時、レモンの掛かった唐揚げを食べた時の伏木くんの表情が面白くて……それから伏木くんの事が気になり始めて……」
「あの時、唐揚げにレモン掛けたの誰だったんだろう?」
「ごめんなさい」神通さんは顔を真っ赤にする。
「神通さん、あなたは越えてはいけないラインを越えた」
「あ、あれは、別にそういうつもりじゃなくて……自分の分だけ掛けようとしたら、思ったより指に力が入っちゃって……」
「それで……『ええぃ!もういいやっ!』って?」
「ごめんね」謝りながらも、ちょっとだけ笑顔を見せた。
「いや、謝るような事じゃないよ」釣られて俺も笑顔が出た。
「あの日、高岡隊長を送った後、石動さんが遅かったので様子を見に行ったら、廊下で二人で話していたので……付き合ってるのかな?って思ったりもした」
(……あぁ、あの時、見られていたのか。全く気が付かなかった)
「……でも、冬香に訊いたら、『そうじゃない。色々話を聞いて貰えて嬉しかった』って聞いて、それから益々伏木くんの事が気になって」
「うん」
「一度、二人で話をしたかったけど、訓練訓練でそんな時間なかったから、有磯くんに頼んで、夕食を一緒に食べられるようにお願いしたの」
(『すまん、訓練中に水分摂り過ぎたらしい……ちょっと地雷埋めに行くわ』……あれ、演技だったのか。そういや部屋に着くなりメール打ってたな)
「有磯、臭い芝居を」
「……もしかして気が付いていた?」
「いや。全然。……そうだったのか。でも吹奏楽部の話、楽しかったよ」
「そう?!ほんとに?! 私もあの時、本当に楽しかった。このままずっと話できればって、思う位」神通さんは声を弾ませる。
「……それで、次の日の訓練の時、教官から石動さんを庇った、あの死神さんと対決したって聞いて……そういうのって……いいなって……その時、自分の気持ちがはっきり分かったの」神通さんは話し続ける。真剣な熱っぽい眼をして。
「あれは……うん」あれについては何を言っても、わざとらしくなる。俺は適当な相槌を打った。彼女は気にしてなかった。
「私、伏木くんの事、色々知ってる。カツカレーが好きな事も、音楽は洋楽が好きな事とか、リサ・ローブって人のファンだって事も……」
「リサ・ローブ……その情報は少し微妙かも」
「え?そうなの?!」彼女は驚いた顔をする。有磯に適当な返事をしたのが情報として伝わっているのだろう。
「嫌いでないけど……ね」
「……そっか。でも、そういう話とかもしたいな……」
「うん」(神通さん。それは勘弁して)
「だから……私の事、『戦友』じゃなくて……もっと違う眼で見て欲しいって……そう思ってるの」
(あの時のあの会話……『探り』だったのか。あの時のあの状況で……石動さん……逞しいというより……友達想いなんだろうな。有磯も動いていた。……気が付いてなかったのは、またもや俺だけだったのか……得意げに石動さんに恋愛指南している俺が、一番鈍かったのか……)
ふと、楽しそうに吹奏楽の話をする神通さんを思い出した。宴会でお酒を飲んで桜色に顔を染めた笑顔。心配そうに落ち込む石動さんを見上げる顔や、さっき助けてくれた時の笑顔。
(そっか。ずっと想ってくれていたのか。……神通さん)
胸に熱いものがこみあげてきた。……大学時代、告白して来たバイト友達の女性の時と同じ筈なのに……あの時は、『困惑』しかなかった。そして、自分がいつも考えていた『突然、熱い感情をぶつけられたら、相手は驚いて引く』という状態にならないのはなんでだろう?いや、驚いてはいる。驚いてはいるけど、彼女の告白を受け止めている自分がいる。
なんで神通さんは違うんだろう。お互い気持ちを通い合わせて、厳しい訓練を乗り越えた仲だからだろうか?自分の命を賭して、助けに来てくれた行為に心を打たれたからだろうか? 優しい笑顔を見せるが、芯の強い所に心を打たれたからだろうか? 分からない。分からないが、『困惑』は無かった。『驚き』の後に来る感情は、何とも形容しがたい胸からこみ上げてくる感情だった。
「神通さん」
「うん」
「ありがとう。そういう風に思ってくれて」偽りの無い気持ちだった。
「うん。あ、いえ。」
「神通さんの気持ちを、全く気が付けなかった自分自身が情けない」
「ううん。そんな風に言わないで」
「俺の気持ち。言うね」神通さんの顔が緊張する。
「正直に言うと、『戦友』って思ってたのはその通り。でも……神通さんの気持ちを知って」
「うん」
「たぶん……いや、間違いなく神通さんの事が好きになると思う……あ、いや好き?……好きです」
「あはは。伏木くん。正直だね。私の気持ち、知らなかったんでしょ?だから、そう言う返事はしなくても大丈夫……でも、その言葉、受け取っても良い?」
「うん。嘘じゃない。俺、神通さんの事、もっと知りたいって思ってる」
嘘偽りの無い言葉だった。神通さんの事は、吹奏楽をしている事くらいしか知らない……歳すらも……そこまで考えてギョッとした。神通さん、何歳なんだろ?多分、石動さんと同じくらいな筈だけど……だめだ。これは本人には訊けない……有磯だ。有磯に訊こう。あいつは何でも知っている。
「そう言ってくれると。嬉しい。……ほんとありがとね」神通さんは笑顔を見せる。目が潤んでいる。泣き笑いの顔だったが、本当に可愛かった。
泣き顔を見られたくないのか、そっと顔を横に向けた時、彼女の顔がそのまま固まった。何を見ているのか、すぐに気が付いた。神通さんの視線を追う。
一匹の蜥蜴人間が、小走りに走っているのが見えた。大きく回り込もうとしている。背後を突こうとしているのか。すぐに前を見る。奴らの意図を確認したかった。
予想通りもう一匹が正対する柱の陰から、銃を突き出しているのが見えた。挟撃するつもりだ。しかも、今度は完全に背後から不意打ちを喰らわそうとしている。
「後ろの奴は俺が相手する。神通さんは正面を頼む。リーチを生かして戦って。懐に潜られたらまずい」神通さんは悲痛な顔で頷く。
「絶対排除する。絶対負けない。大丈夫。……こういう事言うのクサいし、暑苦しいって思うかもしれなけど、俺、いつも思ってるんだ。『守るべき人が居る時、その守るべき人を守れなかったら、そいつは男じゃない』って。だから守る。神通さんを絶対に守る」
俺の言葉を聞いて、神通さんは泣きそうな顔になった。
俺は、背後からの襲撃に備えて銃剣を握りしめた。視界には自分が落下した天井が見える。(あそこから落ちたのか……高さがあるから、戻ることが出来ない……戻れたらなぁ)そう思いながら、一ヶ所だけ色の違う天井を見つめた。
(……! あ……?!)その時、そこから何かが落ちてきた。俺は眼を凝らす……ロープだった。
続けて屈強な体型の人影が次々と降りてくる。最初に降りてきたのは、上市だった。こちらにすぐに気が付く。俺は手信号で挟撃しようとしている奴ら二匹の位置と、弾薬が無いことを伝えた。上市は俺の手信号を理解すると、降下して来た十名近い隊員に手際よく指示した。全員、空挺隊員のようだ。
彼らは綺麗に散開すると、銃を構えながら蜥蜴人間を追い詰めていく。手際よく見事な動きだった。上市と砺波がこちらに走り寄ってきた。
「すまんな。遅れて」
「大丈夫ですよ。ランボーばりの活躍をしましたから。これから俺の飛天御剣流銃剣術が炸裂する所だったのに」
「泣きながら震えてると思ったら、逞しいじゃねーか。でも、お前ばっかりに活躍させねぇよ」上市は笑う。
その時、部屋の二か所で連続した銃声が響く。一人の隊員がこちらに走り寄ると「先任三曹。敵を排除しました」と報告してきた。
「分かった。二人を脱出させる。俺達は部屋の警戒……特に、中央の大型の装置みたいなのに注意。あそこから蜥蜴がぞろぞろ出て来そうだ」
「掌握しました。各員に指示します」その隊員はあっという間に姿を消す。
「さ、帰れるぞ。ここでは無線が通じない。上に戻ったら本部に状況報告と援護を要請してくれ。頼んだぞ」




