47 最後の戦い(2)
「あの大型がやっかい……あれがいなければ三点射にしなくてよかったのに……」
「もう大丈夫……かな?大型は一体だけだったみたいだ」俺は鏡を動かしながら神通さんに伝える。
「あとは、普通のタイプが……それでも十体以上残っている……十体以上十五体未満」俺はそう続けた。
「そんなに……諦めてくれる訳ないか……」
「そうだね……数は圧倒的に向こうが有利だし……力押しするみたいだ」鏡の中で、奴らが正面に集まり、陣形らしきものを作り始めているのが見えた。蜥蜴人間得意の速さと、数的優位での強襲を仕掛けようとしているのか。
「分かった。これが彼らにとって最後の攻撃だよね?」神通さんはそう言うと、二脚を畳み、正面に膝撃ちの姿勢を取る。
「神通さん。大丈夫?」
「ん?なにが?」
「その銃、重たいでしょ?もう長時間経っているし……」成人男性が扱う事が前提となっている銃だ。俺は本気で心配した。
「心配してくれてるの?でも大丈夫だよ」神通さんはニッコリ笑う。
「本当に?」
「うん。この銃の重さは約四キロ」
「うん」
「私が部活で吹いてたユーフォも四キロくらい」
「同じ重さだったんだ」
「そう。だから大丈夫。蜥蜴人間の最後の攻撃……防いでみせる。ユーフォ吹きの意地、あいつらにみせてやる!」
「頼もしいな。コンクールの練習に比べれば何てことないとか?」
「あはは。そうそう。夏練!懐かしいね。目指せ金賞!」この状況で神通さんは笑う。意外と根性が座っている。
……そっと神通さんを見る。片膝撃ちの態勢で銃を構えている。銃の床尾にしっかりと頬付けし、銃と身体が一直線上になる綺麗な姿勢だ。真剣な表情をした色白な横顔は整っていて綺麗だった。
(『好きだから』)俺は彼女の言葉を思い出した。
(『伏木くんの事が好きだから』)二度も繰り返した。俺の名前も言った。勘違いのしようも、間違えようも無い。
(あの言葉……どういうつもりで……)
その時、彼女の右手の人差し指が引き絞られる。それに気が付いた俺は、慌てて正面に向き直った。パッと見ただけで十匹以上の蜥蜴人間が、銃を構えながら突っ込んでくる。今度こそ全員攻撃だ。数の力でごり押しして来た。すぐに隣で銃声。神通さんが発砲した。一匹がもんどりうって倒れる。
それを合図のように、残りの蜥蜴人間達が一斉に撃ちまくる。俺は狙いを付けると発砲した。二匹が倒れる。倒れた味方につまずいてバランスを崩した奴を狙い撃つ。
(あと一回引ける)今度は忘れずに、引き金をを引いた数をカウントしていた。更にもう一匹を狙った。しかし、狙いがずれて身体には当たらず、奴の手のひらを銃弾が吹き飛ばした。続けざまに引き金を引くが、やっぱり弾は出ない。手を飛ばされ、よろめいた蜥蜴人間をすぐさま神通さんが倒す。
俺は拳銃を抜いた。ホルスターに手を伸ばした時、ちらっと右側が見えた。さっき奴らが側面攻撃を仕掛けてきた方向だ。そこには三匹の蜥蜴人間が、じりじりと接近していた。正面から強襲を掛けて、側面から注意をそらす作戦か。
(性懲りも無く……)拳銃を向けて狙い撃つ。三匹は、遮蔽物の陰に隠れて出てこない。
(くそ。正面が神通さん一人になってしまう!)右側の奴らにとって、それも狙いの一つだろう。俺は思い切って拳銃を正面に向ける。すでに目の前に、一匹の蜥蜴人間が視界を塞ぐくらいの大きさまで迫っていた。
(近い!もうここまで来たのか!)無我夢中で引き金を引きまくる。至近距離から何発も被弾したそいつは、その場で突然、垂直跳びでもするかのような奇妙な跳躍をした後、前のめりに倒れた。恐らく命中した一発が頚部を撃ち抜いて、瞬間的な筋肉硬直か痙攣を引き起こしたのだろう。
だが知識として知っていても、爬虫類の蜥蜴人間が、びっくりしたようなポカンとした表情をして、その場でジャンプするのは初めて見た。俺はその動きに非現実的な感覚と、それに相反する妙な生々しさに襲われた。
(今は忘れろ。やらないとこっちがやられるんだ)そのまま銃口を右に向ける。さっきの三匹が、更に接近しているのが見えた。柱の陰に走りこもうとしている一匹に向かって撃つが外れる。ぎりぎりで突っ込もうとしているのだろうか。無理してこない。厄介だった。
「抜かれたっ!」突然神通さんが悲鳴を上げる。その言葉に反応して銃口を正面に向けた時、大きな黒い影が覆いかぶさってきた。勢いに押されて仰向けに転倒する。ついに蜥蜴人間が遮蔽物を乗り越えて来たのだ。生臭い匂いが鼻をつく。幸いにも、向こうは遮二無二に突っ込んできたためか目測を誤り、爪の一撃は空振りをしてくれた。
俺の目の前に蜥蜴人間の胸がある。押し倒された態勢だ。咄嗟に左手を上げて蜥蜴人間のざらざらした首を掴むと、自分の方に引き寄せた。顔に奴の胸が押し付けられる。臭い。ざらざらする。だが気にしている暇は無い。奴は俺を引き剥がそうと激しく身体をよじる。それを押さえつけながら、右手の拳銃を奴の腹に押し付け引き金を何度も引いた。
動かなくなった蜥蜴人間を跳ね除け拳銃を構える。神通さんが強張った顔でこちらに銃を向けている。俺に当たる可能性があるので撃てなかったのだろう。
神通さんはこちらを向いている。彼女の背後は、奴らが側面攻撃を狙っている右側だ。俺が覆いかぶさった蜥蜴人間を払いのけた時、例の三匹が遮蔽物から姿を現すのが見えた。
「神通さん後ろ!」俺は拳銃を撃つ。引き金を引いた瞬間、遊底が後ろで固定される。遂に弾が切れた。俺が放った最後の銃弾は、飛び出そうとした一匹の太ももに当たり、そいつはその場で跪く。
俺の言葉に機敏に振り返った神通さんは、うずくまっているそいつに止めを刺した。
「神通さん。弾が切れた!」
「伏木くん!これを!」彼女は、その言葉を聞くと自分の拳銃を抜いて俺に渡した。
「ごめん!」俺は拳銃を受け取ると、残った二匹に銃口を向ける。最後の二匹は、柱の陰から盛んに銃を撃ってくる。距離は近い。流石にこちらの位置は分かっているのか、かなり狙いは正確だ。俺と神通さんは反撃するが、二匹は巧みに遮蔽物を利用し、時間の掛かる装填のタイミングもお互いにカバーしている。
二人と二匹は、暫く様子を探り合うように撃ち合う。残弾数は、あと二発しかない。弾を節約するために、銃を構えているだけだと狙い撃たれる。かといって、奥に引っ込んで隠れていれば、奴らは肉弾戦を挑んでくるだろう。幸いさっきは倒せたが、二匹同時に来られたら生き残る自信は全くない。なんとかこの状況を打破しないと。
「神通さん。残弾は?こっちは二発だ」神通さんに囁く。彼女は銃から弾倉を外して弾数を確認する。こちらもからもはっきり見えた。弾倉は空だ。
「薬室内にある……最後の一発……しかない」
「そっか。大丈夫。心配する事は無い……でも、この状況は変えたいな……」
「どうしよう。応援はまだ来ないのかな……」神通さんは緊張でこわばった顔で問い返す。
「応援は必ず来る。でも、それまで持たせないと……相手は二匹だ。廻りこめないかな」
「無理しないほうが……あいつら常にどちらかが、こちらに銃を向けているから……ばれちゃうよ」
「やっぱりそうだよな……神通さん、どっちかの蜥蜴人間に射線は通る?」
「ちょっと無理かも。上手く射線を交差させている。どっちかを狙うともう片方に撃たれるから」
「分かった。援護する。どっちを狙う?」
「対角線上の右。……でも残り一発しかないんだよ」
「分かった。俺が左を排除する。俺の発砲が合図だ。俺が発砲したら、撃てる位置まで移動して右側の奴を排除する。絶対大丈夫。神通さんならできる」
俺は神通さんの眼を見て励ました。
「分かった。やってみるね」神通さんは真剣な顔で、こちらの眼を見て頷く。
俺は息を思いっきり吸い込むと(一……二……三!)心の中で三つ数えると、前回り受け身の要領で遮蔽物から飛び出した。起き上がりざま、すぐさま銃を構えると、丁度左側の蜥蜴人間と斜めから向き合う位置だった。まさかこちらが遮蔽物から、飛び出してくるとは思ってなかったのだろう。慌てたようにこちらに銃を廻す。
(遅いんだよ)片膝撃ちの態勢、両手撃ちの構えでしっかり狙いを定めると、引き金を引く。
絶対当たると思った。実際、弾は命中した。……奴が持っていた銃に……。
(なんでだよ!頭を狙ったのに!なんで当たらないんだ!)
慌ててもう一発発射するが、銃に弾が当たった反動で後ろに飛ばされたのか、忽然とそいつは姿を消していた。何も存在しない空間を弾が通過する。
その時、神通さんが発砲した。その直後、
「外した!」彼女が悲鳴に似た声を出す。
「逃げた!」続けざまに叫ぶ。
「こっちも外した!」その時、俺が狙っていた蜥蜴人間が、四つん這いになって右に左にコースを変えながら、猛烈な勢いで走り去るのが見えた。
「こっちも逃げた!ただ弾が無い!」
二人が撃ち漏らした蜥蜴人間は、途中で合流して二匹仲良く遥か向こうの部屋の隅まで逃走した。二匹は四足でしなやかに柱の陰を走り、什器の下を潜り機械の隙間を抜け姿をくらました。その姿は地球にいる現実の蜥蜴にそっくりだった。
二匹は部屋の奥深くに身を隠した。『体勢を立て直す』というより『逃走』といった感じだった。向こうはこちらが弾切れなのは知らないのだろう。だから、こちらの思い切った攻撃に、恐れをなして逃亡を図った。本当は最後の攻撃だったのだが。




