49 最終話
作戦は終了した。二階の捜索は有磯を中心とした応急の班が編成の上、実行され無事完了したとのことだった。食堂にあった例の装置は、倉庫の目立たない一隅でも発見された。それもあの部屋に通じている事が判明した。あれは転送装置では無く、抜け穴を偽装する装置だったらしい。蜥蜴人間が俺達一般の人間に偽装するのと同じ技術を使っているんだろう。
そして、あの部屋の中央にあった巨大な転送装置。エネルギーの供給をすれば動くらしいが、スイッチの入れ方すらわからない。現在、透明な強化ガラス製の箱で、装置ごと覆ったうえで、陸自が二十四時間体制で警戒しているが、今の所蜥蜴人間が這い出して来ることはないらしい。
「結局、今回の作戦で得られたのは、蜥蜴人間の拠点を制圧した事と、あの巨大な装置が……恐らく別の世界とこの世界を繋ぐ転送装置だろう、あの装置を使って蜥蜴人間達は、自分たちの世界とこの世界を行き来しているんだろうっていう二点だ。現在、技術チームが彼らが建設した施設を調査中だ」
「そっか。私達、役に立ったのかな?」
自衛隊病院の一室。作戦の二週間後、忙しくて行けなかった、石動さんの見舞いにやっと行けた。神通さんと一緒に行きたかったが、彼女は、例の蜥蜴人間の地下施設の警戒に参加して無理だった。
「うん。対策室は凄く喜んでいたよ。ああいう施設が発見できるとは思わなかったみたいだから。小矢部邸はただの集合場所みたいで、大した収穫はなかったみたいだし……ただ、奴らが一般人を使って、どんな作業をしていたか。とか不明な点は、まだまだあるけど。」
「分からない事も多いのか……でも良かったよ」石動さんは、首に大きな頚部固定カラーを巻き、左腕と左脚にはギプスをしていた。かなり痛々しい格好だった。
「けがは大丈夫?」
「うん。手術は成功したから……痛みはほとんど無くなったし。先生が、完治するって言ってくれて。それを聞いてホッとした」笑みを見せる。
「そりゃよかった。ゆっくり休んでしっかり治してね」そう言いながら、俺は手にしていた、見舞品の果物籠を持ち上げた。
「これ。よかったら」
「うん。ありがとう」
俺は、ベットの傍にある棚に果物籠を置こうとした。そこにはダンベルとスーパーのロゴが入ったビニール袋があった。
「お?石動さん、もうリハビリの準備?」
「違うよ。上市さんがお見舞いに来てくれたの。その時、持って来てくれたの」
「上市さん……そっかあの人、面倒見がいいもんな。でもちょっと気が早いな」俺が笑うと石動さんも笑った。
「あと、そのビニール袋の中身見てみて。それも上市さんが持って来てくれた」 その言葉に促されて、俺はビニール袋の中を覗き込んだ。中には真空パックの焼き豚がゴロンと入っていた。
「なぜ焼き豚?」
「なんか、『これ美味いから喰って早く直せ。みんな待ってるぞ』って」彼女は可笑しそうに笑う。
「確かに旨そうだけど……でもなんで焼き豚?」焼き豚を取り出す。タコ糸で縛られ良い色に焼き上がった焼き豚。ラベルには『本格燻製』と書かれている。
「上市さん……あの人凄く良い人だよね」石動さんが笑う。
「うん確かに、あの人は気持ちがいいくらい良い人だ」
「でも、時々、何考えているか分からない時があって」
「たぶん何も考えてないんだよ」その言葉に石動さんは吹き出す。
「あはは。ひどすぎる」
「いや、あの人の所属する部隊は、宴会の余興でチューブ入りわさびを一気飲みするような連中がいるらしい。あと上官から二千円借りたい余り、建物の二階から飛び降りる約束をして、三階から飛び降りて、それに感心した上官が四千円貸してくれたとか……上官も上官だよ。感心している場合じゃないだろ。止めろよ。……あの人達、たぶん日本を守ること以外は何も考えていないよ」
「でっ、でも頼もしいよね」目を丸くしながらも石動さんは答える。
「うん。頼もしい。今も不眠不休で任務に付いている。上市さんからは『この任務が落ち着いたら宴会しよう』って呑みに誘われた」
「へー。良かったじゃない」
「あんまり行きたくない」
「なんで?」
「分かるでしょ」俺の渋い顔を見て、石動さんが可笑しそうに笑った。
「あ、そうだ」ひとしきり盛り上がった後、石動さんが話題を変える。
「ん?」
「おめでとう」石動さんが、こちらを祝福するような笑顔を見せる。
「え?なに?」俺は、石動さんと高岡隊長がどうなったか知らなかった。だから、神通さんとの事は、言わずに伏せておくつもりだった。
「とぼけちゃって」にやりと笑う。
「あ、……知ってたの?」
「知らないと思ってたの?」
「本人から?」俺は、有磯と石動さんの恐るべきネットワークを思い出した。……そりゃ結果報告するだろうな。
「まあ」俺の答えに悪戯っぽく笑う。
「伏木くん、私の事心配してくれるのは嬉しいけど、自分の事、全く気付かないからびっくりした。でも、良かった。米ちゃん、ほんと嬉しそうだったよ」
「そうなんだ」彼女の嬉しそうな顔が頭に浮かぶ。
「それでさっ!伏木くん、米ちゃんの事、なんて呼んでるの?まさか『神通さん』じゃないよねぇ」ワクワクした顔をする。
「秘密」
「ええー。教えてよ」
「嫌です」
「絶対ダメ?」
「死んでも教えません」
「ま、ホントは知ってるんだけどね」石動さんのニヤニヤが止まらない。
「彼女から?」
「聞いたよぉ。えっと……よね……」
「止めてください。恥ずかしくて死んでしまいます」
「ええー、まだ恥ずかしいの?」
「他人から言われると……まだね」
「そっか……でもいいなって。米ちゃんの顔を見たら、私も頑張ろうって……。米ちゃん、私にものすごく気を使ってるから……あんまり教えてくれないの。……私……一緒に喜びたいし、心置きなく恋バナしたいし」
(そうか。石動さんは、まだ自分の気持ちを伝えていないんだ。じゃ、この情報も知らない筈)
「やっぱり高岡隊長、異動らしい。昇格だ。上級部署らしいから栄転だね。いま、新しい隊長を選定中らしい」
「そっか……」石動さんの顔から笑顔が消える。
「隊長……一回、お見舞いに来てくれたの。でも、私その時は薬飲んで寝ていたから……」
「落ち着いたら、また来てくれるよ。絶対」
「うん。高岡隊長は来てくれる。信じている」石動さんはこちらを見た。何度も見た切れ長の綺麗な瞳。その瞳は真剣だった。
◇
三か月後、高岡隊長に辞令が発令された。異動は一か月後。新しい隊長は、零小隊は火器を扱うという性質上、環境省の人間が就くのは不適当と判断されたらしく、陸自から人選される事になった。
『役所間の縄張り争い』は俺でも知っている。当然、環境省、防衛省でも発生したらしい。なので、新隊長が就任したのち、改めて『落としどころ』に即した組織改編が行われる事になるという噂だった。
春めいて暖かい日だった。俺は神通さんと二人で自衛隊病院に向かっていた。珍しく二人が一緒に非番になったので、連れ立って石動さんの見舞いに行くことにした。長袖の戦闘服では汗ばむくらいの気温だった。
石動さんの病室の前に行く。気温が高いからか、扉が半分ほど開いていた。何気なく覗き込むと先客が居た。
高岡隊長だ。
彼は、ベッドの横の椅子に座り、いつもの優しい表情で石動さんの顔を見て、低い声で話しかけている。石動さんは懸命な表情で囁き声で何かを伝えている。こちらからは聞こえないが、何を言っているかすぐ分かった。隊長の左手は石動さんの肩に添えられ、右手は彼女の手をしっかり握っている。
やがて、石動さんが見せた事のないような嬉しそうな笑顔する。高岡隊長も、素敵な笑顔で何度も頷く。緊張が解けた石動さんが泣き笑いの顔になる。隊長は優しく彼女の背中をさすった。
思いも掛けぬことで一部始終を見てしまったが、これ以上は見るものでは無い。そっと振り返って病室を出ようとする。神通さんと眼が合う。彼女も見入ってしまったらしい。俺の動きに頷いて踵を返した。二人は足音を忍ばせて廊下を歩き、そのまま病院を出た。
「綺麗」外に出た途端、石動さんが声を漏らす。
「ほんとだ。綺麗だね」俺は答える。
病院の庭に植えてある桜が満開だった。二人は無心で桜に見入った。……暫くして俺は神通さんを見る。視線に気が付いて彼女もこちらを見る。自然と二人は手を繋いだ。……指を絡めるように。
「米ちゃん。行こっか?」
「うん」
彼女は優しい笑顔で頷いた。




