45 深部
「伏木くん!大丈夫なが? 石動さん……酷い……早く運ばんと……雄山三曹はどこにおるがけ?!」
常願寺さんが叫ぶ。交信の直後、医務班と支援班がすぐに駆けつけてくれた。
「ここだ」援護の陸自隊員二人が、扉の外にいた雄山三曹を、再び室内に引きずりこんだ。二人はそのまま扉付近で銃を構えて警戒する。
その時、廊下で声がした。警戒している陸自隊員が誰何している。
「誰か?」
「倉庫班だ。氷見、神通、砺波、福光の四名。本部の命令で合流した。福光が被弾した。重傷だ。治療と搬出を頼む」
「掌握。合言葉を……『呑竜』」陸自隊員が銃を構えながら問い返す。
「『銀河』」氷見の声が聞こえる。
「入ってください」陸自隊員が答える。
倉庫班の四名が室内に入ってきた。氷見と砺波が両側から肩を貸した状態で、福光が腹部を血で染め、よろめきながら部屋に入って来る。傷口には圧定包帯をしているが、止血しきれなかったらしく包帯は血で真っ赤だ。床に寝かされた福光に、医官と衛生科隊員が取り付く。
『こちら本部、負傷者の処置と搬出を最優先とする。事務所班、倉庫班とも二階の捜索がまだだ。警戒を怠るな。作戦続行か否かについては別命あるまで待機せよ』本部からの指示が飛ぶ。俺は銃を握ると部屋を横切り、支援に来てくれた陸自隊員と共に扉と廊下の警戒にあたった。
「雄山三曹。撃たれたがけ?!出血がすごいちゃ!」常願寺さんは少し冷静さを失っているのか、先ほどから富山弁で叫ぶ。
「迂闊な事をしてしまってこのザマだよ……あれ?常願寺……お前、泣いてんのか?」
俺は、その言葉を聞いてチラリと振り返る。雄山三曹は酷く顔色が悪いが、笑みの表情で常願寺さんに冗談を飛ばす。無理しているのはバレバレだった。
「泣いてなんておらんちゃよ!」常願寺さんが眼に涙をあふれさせる。そして出血が酷い太ももを凝視する。
「常願寺!うろたえるな!大腿動脈は無事だ!死にやせん!しっかり止血しろ!」石動さんの応急処置が終わった医官が、雄山三曹の傍まで行くと常願寺さんを叱咤した。
医官が無線で報告する。『雄山三曹が右肩及び左脚被弾。止血完了。意識あり。石動は左肘開放骨折。左足首粉砕骨折。頭部及び頚部を強打しているので治具で固定した。意識喪失している。福光三曹、腹部被弾。内臓にダメージの可能性。止血しきれていない。要輸血だ。三名とも、至急搬出及び手術の必要あり。あと、伏木の報告を受けて、拘束した一般人も一名いる。彼も意識が無い。ついでに搬出する。送れ』落ち着いた淡々とした口調だった。
本部の無線がそれに応じ、三人は用意された担架に載せられ、素早く搬出された。…………三人。ん?あれ?……誰か忘れてない……?
「伏木……すまなかった。お前らを守らないといけない俺が最初にやられて……」
突然、俺の横で上市の声がした。考え事していた俺はびっくりして飛び上がった。
「何、びびってんだよ。生きてるよ俺は」上市だった。
「いや、そう言う訳で驚いたんでは無くて……いえ、でも……大丈夫なんですか?」
尻尾の強打を受けて壁に叩きつけられたのだ。なんで普通に立って歩きまわってるんだ?
「ああ、不意打ち喰らって一瞬意識が飛んでしまった。石動が頑張ったらしいじゃないか……お前も凄いな。《《あれ》》、お前が仕留めたんだろ? 何もできなかった俺が情けない。済まなかった」
「あんなのまぐれですよ。……それより、ええっと……どこも怪我してないんですか?」あれだけ派手にぶっ飛ばされて無傷なのか?
「ちょっと脇の下を痛めたかな」
「あれが……ちょっと……で済むんですか?」
「そう言われれば、まだ若干痛むな。俺、尻尾の打撃を食らったのか?」
「ええ。そうですが……そうなんですが……なんで平気なんですか?」
「いや、なんでって、鍛えてるから?……なんじゃねーの?知らんけど」怪訝な顔をして上市が問い返す。怪訝な顔したいのはこっちだよ。何が『知らんけど』だよ。自分の身体の事でしょ?なんで、こうも会話がかみ合わないんだ。
その時、初めて空挺隊員達と顔あわせした時、有磯が呟いた言葉を思い出した。
(『空挺だ……精鋭だぞ……』)
……精鋭だから?そういう事なのか?そういう事なんだろうな。もうそれでいいや。
「そっか……これが精鋭か……」俺は自分自身を無理やり納得させるように、独り言を漏らした。その言葉が聞えたのか上市が反応した。
「伏木。俺が所属している部隊のモットーを教えてやろうか?」
「ええ。なんですか?」
「なんだと思う?」
「『人間卒業』とかですか?」
「バカ野郎。失礼な奴だな」
俺の答えを聞いて、上市はゲラゲラ笑った。そして、こちらにしっかり眼を合わせると、自信に満ちた笑顔で答えた。
「『精鋭無比』だ」
◇
事務所班、倉庫班は大損害を受けていた。そして二階の捜索は手つかずだ。その時、小矢部邸の捜索が完了したという報告が無線で入ってきた。相手の抵抗は弱く、直ぐに制圧出来たらしい。
『有磯と空挺隊員一名を急派させる。作戦は続行。最後までやる』本部内でもかなり議論があったようだが、ここまで来たらやり切るという事で結論が出たらしい。
「一般人の石動が負傷した。本部では『もう無理はさせられない』との意見も出た。もっともだ。どうだ?伏木。無理はしなくても良いが……」氷見が尋ねてくる。俺は、その言葉に被せるように言った。
「大丈夫です。やります」ここまで来て離脱するという選択肢は無かった。俺は氷見の眼を見てしっかりと答えた。
「無理してるって訳ではないみたいだな。分かった。もう少しで終わる。頼むぞ」俺の眼に、強い意思が秘められているのを察した氷見が頷きながら答える。俺も頷き返した。
暫くして、氷見、上市、砺波の三名は、拘束した一般人の搬送の打ち合わせのため隣の部屋に移動した。……そして俺と神通さんの二人は、有磯と応援の空挺隊員が到着するまで、食堂の警戒と休憩を兼ねての待機となった。二人は銃の点検をしたり、水分補給をしたりしながら応援の到着を待った。俺は水筒の水を口に含みながら、何気なく室内を見渡す。
(……あれ?なんだ……あれは?)俺は、ふと給湯室の奥に見慣れないものを発見した。二人の蜥蜴人間が、まだ片づけれられず、ぶっ違いに倒れている。その奥……会社の給湯室に有りがちな、ガス給湯器と流し台と電子レンジが見えた。その電子レンジの上に、機械のようなものが見えたのだ。
(……?なんかあの形へんだぞ?卵みたいな……それにしては色も形も変だ)
電子レンジの上に、大き目の卵を立てたような物が置かれている。グレー掛かった色の金属質な物体だ。
(蜥蜴人間が使う何かの装置か?)俺はゆっくりと給湯室に向かった。その物体を近くで確認したかった。倒れた二体の死体を乗り越え、給湯室内部に入る。その物体をよく確認しようと、もう一歩踏み出し、床に足を置いた時だった。
床が無かった。床のタイルがあったはずなのに、足の裏は何も踏みしめることが出来ず、身体のバランスが一気に崩れた。階段を踏み外した時のような、ふわっとした嫌な感触が全身を駆け巡る。
(なんだ!何で床が無い!ダメだ!落ちる!)
「伏木くん!」 神通さんの声を一瞬だけ耳に残し、俺は落下した。




