44 死闘(2)
俺と奴が重なるように床に倒れた瞬間、素焼きの陶器が割れるような、乾いた音が部屋を響かせた。二人の勢いと体重の全てを、奴の頭蓋骨が一点で受け止めた音だ。
(今の音は……頭を割ったのか?効いたのか?止めだ。止めを刺すんだ)俺は夢中で拳銃を抜くと安全装置を外し、馬乗りの体勢から奴の顔に銃口を向けた。鼻と口からは血液と体液が溢れ出ていた。身体を痙攣させている。眼も生気が完全に失われていた。瞼が細かく震えている。
(もう大丈夫か?死んだのか?いや、念の為、止めを刺した方が良い。……顔は嫌だな……心臓だ。胸に撃ち込もう)
俺は引き金を立て続けに三回引いた。大口径の拳銃弾が胸に吸い込まれるたびに、奴の身体は激しく跳ね上がった。震えていた身体の痙攣も止まる……仕留めたのだ。
(やった……やってやった)
ホッと息をつく。全身から力が抜けた。両手保持で構えた銃口を下げた時、視界の上端に何か映った。
……脚……
しまった。俺は今、給湯室の敵と一直線上だ……。
(くそ。忘れてた!間に合え……間に合え!)必死になって、銃口を正面に向ける。急に腕が重くなった気がした。早く早く……撃たれる前に……早く!
銃声の連続音
俺は自分が撃たれたのかと思った。全身に力を込める。勝手に眼が閉られた。……ん?痛くない?衝撃も無い? ……恐る恐る眼を開けた。
目の前、ほんの数メートルのところに蜥蜴人間がうつ伏せで倒れていた。ぴくりとも動かない。誰かが援護してくれたのだ。俺は慌てて後ろを振り返る。……石動さんだった。
彼女は腹這いの姿勢で右手一本で拳銃を構えていた。衝撃で狙いがぶれない様に、握把の底を床にしっかりつけていた。歯を食いしばった必死の表情は蒼白だ。
「石動さん!」
彼女の方へ走り寄る。俺の姿が見えたのにホッとしたのか、彼女は安堵の表情に変わった。そしてすぐに少し困った表情になる。
「どうしちゃったんだろ。私。左足の感覚が無いの。左腕も動かないの。ぜんぜん痛くないのに……。片腕だから拳銃を使おうとして、時間掛かっちゃった……援護が遅れてごめんね」こちらの眼を見ながら必死で話す。彼女の眼が虚ろになったり、生気を取り戻したりする。
(意識が飛びそうなのか)意識を失うのが怖いんだ。だから俺に必死で話しかけているのか。
「何で謝るの。石動さん。助けてくれてありがとう。本当に助かったよ。石動さんのおかげだ」
「そっか。弾、当たったんだよね。間に合ってよかった……」
「うん。ありがとう。これから医療班を呼ぶ。直ぐに来る。もう少し頑張れ」
「分かった。私の左足、付いてる?どうなってるかな?麻痺してて分からないの」
彼女が恐ろし気な質問をしてくる。……俺は、恐る恐る彼女の左半身を見た。左の足首は腹這いの姿勢をしているのに、綺麗に内側に九十度向いていた。有り得ない曲がり方だ。 完全に足首が砕かれている。そしてそれより酷いのが、左肘だった。皮膚を突き破った肘の骨が、更に丈夫な戦闘服の布地を貫いていた。開放骨折。かなり出血して、床に血溜まりが出来ている。重傷だ。
「大丈夫。ちょっと痛めただけみたいだ。直ぐに治るよ。足は付いている。心配ない」
「そっか……よかった。あとね。なんかお腹がぬるぬるするの……おしっこ漏らしちゃったのかな……男の人の前で……恥ずかしいな」
石動さんは、自分の身体の違和感に余程戸惑っているのか、普通、決して異性には言わないような言葉を平然と口にする。
(石動さん……それは血だ)
「いや、違うよ。安心して。少しすりむいて出血しているから。それだと思う」そう言いながら、無線機を見た。チャンネルは、倉庫班に割り当ててる分がオフになっているだけで、残りは全てオンになっている。通話切り替えスイッチも『常時オン』になっている。
今までの会話は本部に全て聞かれている。という事は……
『こちら本部。医務班を派遣する。部屋の窓から侵入させる。安全は確保できるか? 送れ』レシーバーに本部の声が飛び込む
『こちら事務所班。大至急お願いします。ターゲット無し。怪我人は、雄山、上市、石動の三名。健在は伏木一人です。援護もお願いします』
『……三人もか……分かった。医務班、シエラ・ワン、ツーは現場に急行。支援班、キロは医務班の援護せよ。送れ』
『医務班、準備完了』
『こちらキロ。準備完了。急ごう』
通信が終わった。俺は短機関銃の弾倉を入れ替え、直ぐに拾えるように手元の床に拳銃を置くと、腰の弾薬ポーチから止血帯と圧定包帯を取り出した。出血の酷い左腕の上腕部に止血帯を巻いている時に、力の入らない彼女のぐにゃぐにゃした身体に気が付いた。
石動さんは既に意識を失っていた。




