40 戦闘
全員、倉庫内に動きが無いか耳を澄ます。その時、無線に囁き声が入る。『こちら本部。状況を報告せよ。送れ』
『こちら雄山班、突入完了。現在玄関ホール。ターゲットなし。これより事務所に侵入』
『こちら本部。掌握した』
『こちら氷見班、倉庫内突入完了。建物内、荷物が多く死角が多い。警戒しつつ進む。送れ』
『こちら本部、同じく掌握した』
氷見二曹が率いる倉庫班も突入したのだ。作戦計画通り挟撃による急襲。ただ、予想されたように、倉庫は荷物が多く死角が多いため、捜索には時間が掛かりそうだ。しかもこの倉庫には、観戦目的で作られた体育館によくあるような回廊が、壁面上部に巡らされている。つまり蜥蜴人間の上からの攻撃にも備えないといけない。時間が掛かりそうだ。
雄山三曹は銃を構えながら、事務所に通じる作りが安っぽいドアに近づく。上市が短機関銃を降ろし、肩から掛けていた錠前破壊用に改造された散弾銃を手にする。雄山は扉の正面に立たないように壁に背を付けると、俺と石動さんを見た。
俺は頷き、銃を構え扉の右側に狙いを定める。対面にいる石動さんも銃を持ち上げて膝撃ちの姿勢を取り、対角線上の扉の左側に狙いをつける。彼女の細い喉が動くのが見えた。緊張で唾を呑み込んだのか。顔が強張っている。
雄山三曹が、そっとドアノブを廻す。すぐにドアノブから手を離し、『鍵が開いている』と手信号でこちらに伝えてきた。上市は散弾銃を降ろし、再び短機関銃を構える。もう一度、雄山はこちらを見ると一つ頷き、ドアをそっと開けた。
ゆっくりと扉が開き、事務所が見える。俺は、薄暗い空間を凝視した。眼を凝らしてみていると、部屋の奥に、ぼんやりとスペード型の物体が黒く浮かび上がっているのに気付いた。
(蜥蜴!! 頭!!!)心臓が跳ね上がる。
すぐさまそちらに銃口を向けた時だった。蜥蜴人間が、何かをこちらに向けているのに気が付いた。銃だ。
(狙われている!)
咄嗟に頭を下げた。次の瞬間、何かが破裂するような音がすると、俺の背後の壁に穴が開いた。壁の破片が背中や首筋に当たる。壁に掛かっていた時計が衝撃で落ちる。更に、石動さんのいる方向へも、連続した銃撃が加えられる。蝶番を飛ばされた扉が、激しい音を立てて倒れた。雄山と上市は、扉横の壁に背中を貼り付けたまま動けない。反撃の隙を窺うが、相手は複数いるのか、激しい銃撃を続けざまに浴びせて来て、室内に銃を突き出すことすら出来ない。
(くそが。待ち伏せか)
俺は、下げていた頭を上げようとしたが、今度は、遮蔽物にしていた受付カウンターに敵弾が着弾し、木片を撒き散らす。俺は再び身体を丸める。想像以上に連射速度が速い。しかも命中精度はこちらが予想しているより高い。
(本部が想定しているのと違う銃なのか?連発だし……なんか当たりそうだぞ?)
想定外の事態だったが、不思議な事に強い恐怖感は沸かなかった。四か月間の訓練の賜物か。自分の中で覚悟が出来ていたのか。どちらにせよ、緊張感は喉をせり上がって来るが、恐怖感は体の中に押し留める事が出来た。
(ただ、こちらが撃ち返さないと……あいつらは距離を詰めて格闘戦を挑んでくる……。なんとか反撃を……)
蜥蜴人間の死体の解剖結果から、身体能力は彼らの方が上、という事が判明していた。瞬間的なスピード、脚の速さに前肢の鉤爪。そして彼らが一番得意とする尻尾の打撃。どれをとっても、こちらより上だ。弱点と言えば、俺達の世界にいる爬虫類と同じく、心臓の仕組みが少し原始的で、バテるのが人間より早い。という事ぐらいだ。でも、向こうもそんな事は分かっているだろう。だから、こちらががバテるのを待っていても、その前に鋭い爪と強力な尻尾で、俺達を切り裂いてこようとするだろう。
銃の性能はこちらが上、という事も分かっているはずだ。つまり先手を打ってこちらの反撃を封じ、それに乗じて距離をつぶして接近戦に持ち込んでくる。このままだと、そのパターンに嵌まってしまいそうな雲行きだ。
(やらせるか。とにかく撃ち返す)
装填のためか、蜥蜴人間の射撃がやんだ。俺はその隙をついて、遮蔽物から銃身を突き出す。扉が開いた時、最初に発砲して来た蜥蜴人間が居た辺りに狙いをつける。
その直後、装填を終えた蜥蜴人間が身体を起こしてきた。光学照準器内に表示される赤い光点が、特徴的なスペード型の頭部を抱え込んだ。
その瞬間、俺は引き金を引いた。三点射での射撃なので、一度引き金を引くと三発の銃弾が発射される。銃身が連続的に振動した。照準器の中の蜥蜴人間が、頭をのけぞらし尻もちをつくように倒れるのが見えた。
仲間が倒されたのに驚いたのか、相手が一瞬怯む。間髪入れず石動さんも頭を上げると、射撃姿勢をとり牽制射撃を行う。形勢は逆転した。今度はこちらが待ち構えている。敵は迂闊に身体を晒せなくなった。
照準器越しに室内の右側を探る。薄暗い室内に眼が慣れて来て、相手の様子を把握する事が出来た。
(……事務机の陰に前肢の鉤爪が見える……その左のコピー機の横に……銃身……と、あれは尻尾が少しはみ出ているのか?……うん。そうだ尻尾だ。あれは。二匹だな。二匹いる)
正面にいる雄山三曹に向かって、手信号で『室内右側、ターゲットのみ。一匹倒し、残り二匹』と合図する。雄山と上市は頷く。俺が手信号を送ったのを確認して、今度は石動さんが手信号を送る。『室内左側、ターゲットのみ。三匹』。雄山と上市は再び頷く。上市は銃身を室内に向けた。
『こちら事務所班。狙撃班へ、ターゲット五匹が事務所室内。膠着状態になっている。相手が応援を呼ぶ前に排除したい。狙えるか? 送れ』雄山は無線で、狙撃班に対して援護射撃を要請している。
『こちら、エコー・ツー。了解。事務所背後の窓から狙える。君たちの対面に位置する窓だ。これから射撃する。外れた扉も見えた。扉からなるべく離れてくれ。そこから弾が抜けるかもしれん』
『こちら、フォックストロット・ワン。掌握した。こちらからも射線が通る。協同する。送れ』
俺の耳にも、狙撃手の声がレシーバーを通して飛び込んでくる。俺は壊れた扉から事務所室内を見る。正面には広めの窓がある。その窓から白みがかった光が入り始めていた。狙撃手は、ここから室内を狙うのだ。
『了解した。頼むぞ』雄山は応答するとこちらに合図を送る。俺と石動さんは、出来るだけ扉から離れた。……ちょっとの間、静かだった。その後、再びレシーバーに狙撃手の声が入る。
『エコー・ツーだ。事務所内に五名を発見。中年男性三名と若い男性一名、中年女性一名だ。偽装しているのか?彼らがターゲットで間違いないな?送れ』
『間違いありません』俺は石動さんの方を見ながら答える。石動さんも無線を聞きながら、こちらを見て(間違いない)と、頷いている。
『よし。掌握した。射撃開始する。伏せていてくれ。頭を上げるなよ』
……静寂の時間が続く。狙撃手はタイミングを計っているのか、なかなか発砲しない。その時、室内で何かが動く気配がした。蜥蜴人間がこちらを窺おうと体を起こしたのだ。雄山、上市両名が銃を構える。それを見て俺は静かに銃を持ちあげた。眼の端で正対する位置で待機する石動さんも、銃を構えるのが見えた。
その時だった。空気を切り裂くような音がしたその瞬間、室内で何かが激しくぶつかる音がした。こちらがハッとする間もなく、立て続けに空気の擦過音が、二回、三回と聞こえた。その度に、床に何かが勢いよく倒れるような大きな音がした。狙撃手が発砲したのだ。余りの大きな音に、俺は反射的に顔を伏せた。
四発目の音がした時、被弾した蜥蜴人間が、棚か何かに激しくぶつかる音がした。ほぼ同時に耳が痛くなるような、何かを撒き散らすかのような大音響がした。ぶつかった棚が床に倒れたのか。倒れた衝撃で棚の引き戸が壊れたのか、ガラスの割れる音までした。
(音は四回した。何かが倒れる音も四回した。という事は、残り一匹か。それにしても狙撃手って、何という腕前なんだ。全弾当てるのか……)
立て続けに起きた大音響で、心臓が音を立てて鼓動していた。銃身を握る掌が暗緑色の手袋の中で汗でぬるつく。俺は落ち着こうと、ゆっくりと深呼吸した。呼吸が少し落ち着くと、顔を上げて銃を構えながら事務所を窺う。正面にいる上市は壁に貼り付きながら、そっと事務所内を確認しようとしている。雄山は、こちらに突き出した左手の手のひらを拡げ『待機』の合図を出しながら、狙撃手に無線連絡を行う。
『こちら事務所班、エコー・ツー、フォックストロット・ワンへ、状況を報告せよ。送れ』
『こちらエコー・ツー、二匹倒した。一匹は……そちらから見て右奥に逃げた。こちらからは射線が通らない。送れ』
『こちらフォックストロット・ワン。同じく二匹倒した。こちらからも逃げた一匹は狙えない。送れ』
『了解。援護を感謝する。残り一匹はこちらで排除する。射撃を中止してくれ。送れ』
『こちらエコー・ツー。掌握した。射撃を中止する』
『こちらフォックストロット・ワン。状況を掌握。射撃を中止する。注意して進め』
『こちら作戦本部。狙撃班は射撃を中止せよ。事務所班は室内に侵入し、ターゲットを排除し、予定通りの進路を進め』
『事務所班。了解』




