38 自分で決めた恋ならば
「……」石動さんは、顔を斜め下に向けて考え込む。身じろぎもせずに考える。やがて顔を上げてこちらを見た。
「伏木くん……これは私自身が決める事なのは分かってる……でも聞いていい?」
「うん。なに?」
「伏木くんは、どう思ってるの?この事について」
「そうだね……」俺は相槌を打ちながら考えた。いや、ここまで来たら答えは出てる。ここまで言って、自分の言動に対して責任回避するような態度は取りたくない。
「石動さん……隊長への気持ちは変わらないんだよね」
しっかりと頷く石動さん。その顔を見ながら俺は言う。
「自分で決めた恋なら、最後まで貫き通して欲しいって思ってる」
その言葉を聞いて、じっとこちらの顔を見つめる石動さん。……その後、ゆっくりと口を開く。
「初めて……初めて会って、話をした時から……隊長の事が好きだった。好きで好き仕方が無いの。もっと話をしたい。一緒にいたい。胸が痛くなるくらい好きなの」
「分かってる……その気持はよく知ってる。だから、もう一度、今の言葉を隊長に直接伝えよう。応援するよ」
「でも、もう一回伝えるなら、なんて言えばいいか……」真剣な顔。
「変に考えなくて良いんだよ。素直に自分の気持ちを伝えれば」
「素直……それが難しい……伏木くんは、その……相手に想いを伝える時……やっぱなんて言おうか考えたり、練習したりするよね?」
「まぁ……流石に出たとこ勝負するほど度胸はないけど……」
「うん。そっか……それを聞いて安心した」石動さんの顔には(よかった。私だけでは無いんだ)という安堵の表情が見える。
(安心してよ石動さん、それは皆やってるよ。誰も言わないだけで)俺は、生気の戻ってきた石動さんを勇気づけるため元気づけるために、更に言った。
「決戦前夜は、自分の部屋の壁に向かって練習するよ……壁が彼女だ。割と本気で」少し大げさに言った。だが、石動さんは、その言葉に疑いも無く喰い付く。元気になって欲しいと思っている俺にとって、その反応は嬉しかった。
「練習は、その……感情を込めて?」
「そりやもう、情熱的に」俺の返事を聞いて、とうとう石動さんが顔を赤くしてウケる。
「あはははは。伏木くん……面白すぎる……えっと、その、じゃぁ、もしかして、枕相手にキスの練習したりとかも……?」
「いや、さすがにそんな事はしない」実際したことが無い。なので思わず素で答えを返した後、石動さんの顔を見てハッとした。彼女は真っ赤になって、なんとも言えず恨めし気な眼でこちらを見ている。焦った俺は、その顔を見て更に迂闊な反応をしてしまった。
「……石動さんはもしかして……」
「いえっ!あの違うからっ!……聞いただけだから!!わ、わたしだってする訳ないし! あたし、もう二十四だよ!やだもーあははははははははは」
「う、うん……そうだね」
「…………」石動さんは赤面したまま黙り込む。
……しまった。せっかく元気を取り戻してきたのに、ここで変な風になってしまったら困る。フォロー……なんとかフォローするんだ。俺は必死で考え、言葉を絞り出した。
「……石動さん……いまさ……とっ、友達の事を思い出してたんだよね?」
「へ?」石動さんはキョトンとした顔をする。
「その……そういう事をする……ともだち?……そう言う人がいるんだよね?」(石動さん……こっちの意図を汲んでくれ!頼む!)
石動さんは、俺の意図を察したらしい。ハッとした顔をする。「あ。……と……そ!そうそう!やだー伏木くん、やっと気が付いたの?いまの話、あたしの事じゃないよっ!とも……そう、友達の話なんだからっ!」石動さんは、こちらのフォローにがっつり喰い付く。
「友達で……そういう子がいるの。そう言う話ばっかりするから、あたし、その子の事を思い出しながら言ったから、何か言い方変になっちゃったね……違うからね!……今のは、私じゃなくて。……まっ……ま、眞侑実のことだから!」
「ハァ。マユミサン」
「そうそう。眞侑実。あたしと同い年なんだけど、……まゆまゆは、ちょっと子供っぽいとこあって、そんな話ばっかりしてくるから……困ってるんだよ」
「ソウカァー。ソウイウコ。イルヨネェー」
「わかる!? そういう子いるでしょ!?……ほんと、まゆまゆは良い子なんだけどねー。そこさえ直してくれればねー」
「ヘェー。ソウナンダ」
(とりあえず、まゆまゆ。今度ふゆふゆに会ったら、迷い無くぶちのめしてもいいぞ。でも、今は。今だけは許してください)
まゆまゆの崇高な自己犠牲により、その場の空気がなんとか収束した。よかった。本当に良かった。ごめん、まゆまゆ。会った事ないけど。俺は石動さんに気が付かれないように、ホッと小さな溜息をついた。(というか、石動さん、枕を相手にキスの練習とかしてたのか。案外可愛いところあるんだな)と思いながら。
「そうだ。伏木くん……いま、彼女いないんだよね?」石動さんは、少しデリケートな表情をしながら話題を変えてくる。(『地雷』を踏まないように……)と言った顔つきだ。
「うん。前言った通り、ちょっと前に別れたからね」
「あの……気に障ったらごめんね。嫌だったらそう言ってね……。伏木くんは、彼女とか作らないの?」
「あぁ。今はそう言う気はなれないなぁ……それに、別れた後に、蜥蜴人間の事件でしょ? その後、訓練だし。そんな暇もないし、気持ちにもなれなかったかな」
「そっか……でも、私は、この環境でも……」
「あっ。そういうつもりじゃ……」
「あはは。違うよ。こっちもそんなつもりじゃないから気にしないで」石動さんは笑顔を見せる。元気を取り戻してくれたようだ。彼女は笑顔で話す。
「伏木くん……最後は、そう言う結果になっちゃったみたいだけど……お互い……惹かれあっていたって時も……あったんでしょ?」
「うん?」
「あの……私……前も言ったけど……自分から本当に好きになった人とは付き合った事は……もちろん、これも前に言ったけど、付き合っているうちに好きになるし、嬉しかったし……でも……私の言いたい事……分かるでしょ?」
「うん。分かるよ。そうだね……石動さんの言う通り、彼女とは割とお互い両想いだった。だから、余り気負いも無く告白して……」
「やっぱ伏木くんから?」石動さんは、興味津々の顔。女子はこういう話が好きすぎる。石動さんも例外では無いようだ。
「そうだよ」
「へぇー」石動さんはニヤニヤ笑う。完全回復している。いつの間にか。(と言うか、石動さんのそう言う笑い顔、初めて見た。いつも屈託のない笑顔ばかりだから意外だ)
俺がそんな事を考えていると、石動さんは更に質問を続ける。なんか取り調べを受けている気分だった。
「でも……両想いだったら……その……大切な思い出とかもあるんでしょ?」
(おや?)予想外に丁寧な口調に俺は驚き、石動さんの顔を見る。さっきのニヤニヤ笑いは消えていて、真面目な顔に戻っている。
「そうだね……」俺は石動さんの真面目な顔につられて、別れた元彼女との思い出を記憶から掘り返した。
(確かに最後は……後味の悪い結末だったけど……)記憶の中にある『元彼女との想い出』と書かれた箱の蓋をそっと開ける。その瞬間、楽しかった思い出が色鮮やかに溢れ出した。
(……初めてのデート。水族館だったけ。一緒に行った夏の海。二人ではしゃぎまくった遊園地……。少し緊張しながら食事をしたホテルでの高級レストラン。初めはお互いそわそわしていたけど、途中から料理の美味しさと、ワインの酔いが手伝ってくれて……二人とも緊張も解けて、凄く楽しかった。
……お互いが顔を近づけての囁くような会話。……指を絡めるように手を繋ぎながら。そうだ。俺はその時、好きな女性の指が、手が、これほどまで心地良いのだと痛烈に感じたんだ)
……確かに。確かに素敵な想い出だ。もう彼女とは、二度とあの頃のようには戻れないけど。でも、大切な大切な想い出だ。
「伏木くん?」
「あ?……うん」石動さんの声に、想い出から引き戻される。彼女は優しい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「伏木くん……私の事を心配してくれて嬉しいけど……伏木くんは、まだそう言う気にはなれない?」
「なれないっていうか……そんな余裕が無かった。っていう方が大きいかな」
「そっか……でも、対策室にも、ほら、彼女候補とか……」
「ん?」
「常願寺さんとか」石動さんは、優しそうな笑顔から一変して、悪戯っぽい笑顔を見せる。
「そんな事したら、雄山三曹に殺される」俺は、剃刀のような雰囲気を身に纏った雄山三曹を思い浮かべたら答えた。
「あはは確かに。じゃ、米ちゃんは?」
「よね……神通さんか。彼女、彼氏いるんじゃないの?」
「それがいないらしいよー。そう言う話とかしなかった?」
「してないなぁ。神通さんは彼氏がいるって思い込んでいたから、そういう事を考えもしなかった……それに……」
「それに?」
「それに、例え神通さんに彼氏がいなくても、そういった対象というよりは、お互い苦労を乗り越えた『戦友』って感じで見てたからなぁ……」
「そっか……戦友か」石動さんは俺の言葉に、ちょっと考え込んだような顔をする。
二人の会話が途切れた時、壁の上部に取り付けてある放送スピーカーから、音を抑えたチャイムが鳴る。聞き慣れた消灯一時間前のチャイムだ。消灯三十分前には点呼がある。
「一時間も話していたのか。引き留めてごめん」俺は石動さんに詫びた。
「ううん大丈夫。元気出たから……。今日はありがとう。……さっき言った話、頑張ってみる。……でも、安心して。まずは作戦に向けて集中するから。何といってもラストチャンスだし」石動さんは、明るい笑顔を見せた。数日ぶりに見る、屈託のない笑顔だった。その笑顔につられて俺も笑顔になった。
「じゃ、点呼もあるから……」俺が、彼女に向けて手を挙げた時、石動さんは何かを思い出したような顔をする。
「どうしたの?」
「明日、教官に謝らないと……」
(あ……)思い出した。俺も謝らないといけない。重要な時期だ。『どっちが悪い』とかでなく、きっちり謝って禍根を残すような事はしたくない。ここでギクシャクしてしまい、訓練に支障が出たら作戦の成功は覚束なくなるだろう。
「俺も、謝らないといけない。明日、訓練前に謝りに行くよ」
「じゃ、私もそのとき一緒に行くね。……あと、その、今日の事だけど……あの時、庇ってくれてありがとう。嬉しかった……」
「あぁ……それは……」と言いかけて言葉を呑み込んだ。あれは石動さんを庇うというより、個人的に教官に対して腹立ちを感じた事だ。彼女は関係ない。でも、あんまり『無関係』を強調するのは変だし、かといって『彼女を助けるため』を強調するのも本意では無い。
「あれ?伏木くん照れてるの?」こちらが言葉に詰まったのを見て、石動さんは例の悪戯っぽい笑顔見せる。
「いや、まぁ、そう言う訳ではないけど……」
「ふーん」彼女は相変わらず悪戯っぽい笑顔を見せながら応じたが、ふと真面目な表情に戻って、
「とにかくありがとう。それを伝えたくて」と、もう一度礼を言う。
「いや、そんな何度もいいよ。気にしないで」俺も答える。
「うん分かった……じゃ、また明日」石動さんは手を挙げる。こちらも手を挙げてそれに応じた。
石動さんは、自分の居住区に戻るために歩き始めた。一時間前のおどおどした雰囲気は無くなり、明るく少し自信を取り戻したような後姿だった。




