36 対峙
【小隊長室】
夕食後、隊長がこのプレートが掛けられた部屋に戻ったのを確認し、俺は小隊長室の前まで行き、どうやって話の口火を切ろうか考えていた。石動さんの今後……あの状態で作戦に参加できるのか……そして、確かめたい事もあったのだ。昨晩、休憩室で落ち込む石動さんを見た時の隊長の表情だ。
『驚き』と『悔悟』 隊長はこの二つの表情を浮かべた。驚きは分かる。石動さんの告白を断った直後に、悲しみにくれる彼女の姿を見てしまった。想像出来ても、実際にその現場に遭遇すれば驚くだろう。これはおかしくない。
問題なのは、もうひとつの『悔悟』だ。自分が対象としてない異性から告白を受けた時、どういう表情を浮かべるか。たぶん『困惑』だ。その後の落ち込んだ彼女の姿を見ても、その表情はさほど変わらないだろう。少なくとも『悔悟』じゃない。
……これが引っ掛かる。……ただ、あれほど……隊長の予想以上に彼女が落ち込んでいたとしたらどうなる?……罪悪感を感じて、『悔悟』の表情を見せるのもおかしくない。じゃあおかしくないのか?いや、でもあの時、心の中で確かに引っ掛かりを感じたのだ。なぜ、『悔悟』なんだ?と。 それとも、実は話はそんな単純なモノじゃないのか? 俺の知らない何かがまだあるのか?
俺は考えすぎて頭がこんがらがりそうだった。だが、隊長と話をする理由の一つの大きな要素が、彼が見せた最初の表情だった。ああいう場合、自分が思った最初の印象が結局一番正しい。それは今迄の僅かな人生の経験上、間違っていない事が多かった。俺は、実際にあの表情に違和感を感じた。何故、隊長があの表情を浮かべたのか、しっかり確認しておきたかった。
足りない頭で考えても仕方が無い。俺は意を決して、扉をノックしようとした。その時、室内で電話が鳴る。「はい。高岡です」隊長が電話を取る。思わずノックしようとした手を止めて聞き耳を立てた。
「……それは、……そんな話をなぜ、この時期に?」声が漏れ聞える。(盗み聞きなんて最低の行為だ)俺はそう思いながらも、話の内容にキナ臭さを感じて、そのまま聞き耳を立てた。
「……お話は分かりました。ただ、現在は作戦に集中したいのです。例え内示と言っても、そう言った話は、作戦終了後にして頂く配慮を戴きたかったです……」
(……内示?!作戦が終了したら異動になるのか?)俺は内心衝撃を覚えた。
「……いえいえ、御承知の通り、これは通常の業務では無いのです。人命が掛かっているのです。そのような話を、この時期になさるのが納得できないのです。……局長レベルの話とか昇格とか関係ありません。お話は承知しました。ただ、お返事は、現状出来ません。……はい……では」
電話は切れた。隊長は、いつも通り丁寧な口調だったが声が硬かった。俺は心の中で隊長の言葉を繰り返した。(『内示』……『昇格』……異動の打診が来ているのか。内示だから業務命令では無いが……会社も役所も同じだろう。余程の理由が無い限り、拒否は出来ないだろう)
(なぜこの時期に?)隊長と同感だった。(お役所仕事だから?)俺は役所に対する勝手なイメージを当てはめたりもした。でも、どちらにしても答えは分からない。イレギュラーがあったにしろ、今は隊長と話がしたい。それに俺は電話の内容を聞いた瞬間から、ある確信めいたものを胸に抱いていた。それも確かめたい。俺は扉をノックした。
「はい?」中から応ずる声がする。
「零小隊 作戦分隊伏木です。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」俺は了承の返事を聞いて、扉を開ける。
「伏木、入ります」隊長がこちらを見て頷く。俺は室内に入った。
「どうしました?伏木さん……用件は?」隊長はいつもの穏やかな表情で促す。俺は決めていた。相手を誘導して真意を聞きだすテクニックなんて持っていない、そういうスキルは相手の方が上だろう。策謀めいた話し方をしても、隊長は躱してしまうだろう。俺の持ち球はストレートしかない。カーブもフォークも持ってない。直球を投げ込むしかない。
「……石動さんの事なんですが」
「はい。彼女はコンディションを崩しているみたいですね。心配です」隊長は本当に心配そうに眉をひそめた。嘘には見えなかった。ここから外堀を埋めるような回りくどい方法は取りたくなかった。心の中でボールを握りしめる。隊長の性格なら、多少厳しいボールを投げても怒ったりしないだろう。。
「石動さん、隊長に自分の気持ち告白しましたよね?」胸元に直球を投げ込んだ。
「……それは、どういう意味です?」ほとんど顔色を変えずに応ずる。見事だった。だがここで怯んではいけない。とにかく投げ続けるのみだ。
「言葉通りの意味です。それに……」
「それに?」
「隊長は、以前から、石動さんの気持ちに気が付いていたのではないか?って思うんです。そして、憶測ですが、隊長も彼女に対して好意を寄せているのでは。と思うんです」
「確かに憶測ですね」隊長は落ち着き払って答える。予想通りイラつきすらしない。だが、余りにも落ち着いた表情に俺は一瞬焦る。(違うのか……?)
顔合わせの時に、周りの空気が変になっているのにも構わず、石動さんに笑顔で優しい声を掛け続けた隊長。そして、食堂で見せた『悔悟』の表情。俺は、その二つから、隊長もまた石動さんに好意を寄せているのでは。と考えたのだ。『困惑』では無く『悔悟』。 本当は告白に応えたいのに、何らかの事情で応えることが出来ない。それによって、石動さんをあんな状態にしてしまったことに対する『悔悟』の念。それが表情に出てしまった。 飛躍し過ぎかとも思った。しかし、あの時の隊長の表情は余りに違和感があった。
そして、盗み聞きした電話の内容と、前職のスーパーのイケメン青果主任についての噂話を思い出し、その二つから頭の中に閃くものがあった。隊長は異動で職場が変わるかもしれない……そこからある連想をした。
青果主任……彼はモテるが、彼女がいなかった時期、他の同僚がするように職場内で恋人は作らなかった。かなり告白されたようだが、全て断り、結局は紹介された社外の女性と付き合った。
青果主任は自分自身がモテるのは分かっていて、職場内に恋愛絡みの変な噂や嫉妬からくる恋愛トラブルが起きるのを嫌って、努めて社内の異性にはそう言った感情を持って接しない様にしていた。という噂話を聞いた。当然、同じ職場では彼女を作ったりしない。
モテる男は違う。こっちがヒィヒィ言って恋人を作ろうとしているのに、その先を行っている。
高岡隊長も、その容姿と穏やかな性格から相当モテるだろう。だからこそ、件の青果主任と同じ主義で、同じ職場内では異性に対しては、そう言った感情を持たないようにしているのではないだろうか。
でも石動さんに対しては違った。隊長は石動さんを恋愛対象として見てしまった。その彼女からの思わぬ告白。しかも作戦が迫っている。時期も悪すぎる。今は、責任者として仕事に集中したい。断腸の思いで断ったのではないか。
「ただの憶測を確認しにきたのですか?」隊長は言葉を重ねる。考え事をしていた俺はその言葉にハッとなった。このまま引き下がれない。もう少し隊長の心を知りたい。もう少し揺さぶってみたい。ただ俺のストレートで崩れてくれるのか。心の中で白球を握りしめる。
「彼女と隊長について話をした事があります。彼女は本当に隊長に対して好意を寄せています。もし隊長も同じ気持ちなら、応えてあげて欲しいんです」違うなら仕方が無い。ただ、俺には隊長が石動さんに好意を持っている、という妙な自信があった。
「伏木さん。それについてイエスにしろノーにしろ、あなたに答える必要はないと思います」うん。これは予想通りの返答だ。
「確かにその通りです。仰る通りです……あと、最後に……隊長は、ご自身の考えとか……主義を優先させて、石動さんの告白に対して答えを出しませんでしたか?」これが最後のボールだ。思いっきり投げ込んだ。
「どういう意味ですか? なぜ、あなたはそう思うんですか……?それに流石にその質問は個人的過ぎて……失礼ではないですか?」隊長が初めて、少し動揺した言葉を発した。 俺は隊長の表情をに注目した。失礼な質問はその通りだ。さっきから連発している。それに怒ったのか。……いや、失礼な質問だけでは、隊長の性格では態度を変えない筈だ。図星を突かれて態度を硬化したのか……?……それとも話を打ち切るための芝居?……いや、反応が速すぎる……じゃ、やっぱり当たっているのか?
なんとなく図星を突いた確信があった。ダメ押しの質問をしたかったが、言葉が思いつかない。いや、これ以上何か質問出来る雰囲気では無かった。
「おっしゃる通りです。大変失礼致しました。申し訳ございません」
「この時期で……彼女が落ち込んでいると聞いて、伏木さんのお話を聞こうと思ったのですが、少し立ち入った事を聞き過ぎでしたね。しかも憶測だけで」
「申し訳ございません」
「ここは組織です」
「はい」
「そして、私は貴方の上司です」
「はい。仰る通りです」
「今日の事は大丈夫です。ただ、今後は気を付けてくださいね」
「はい。大変申し訳ございませんでした」
俺は小隊長室を辞した。何となく答えが分かった気がした。恐らく隊長は石動さんに好意を寄せている。ただ自分の主義と現在の状況から、石動さんの告白を断った。廊下を歩きながら考えた。……そしてふと思い当たった。作戦が終了して、隊長が異動になったら……?
もしかしたら、その状況だったら石動さんの告白を受け入れたかもしれない。いや、もしかしたら隊長から石動さんに想いを伝える事もあり得る……。そこまで考えて、俺は吐き気に襲われた。
(じゃあ、宴会の後、俺が石動さんに余計な事言わなかったら、二人は両想いで付き合っていたかもしれないのか?)
あの夜、俺の話を聞いて石動さんは自分の想いを隊長にぶつけた。もし隊長が石動さんの事を好きでも嫌いでも無かったら、普通に断っていただろう。石動さんが秘めた想いのままで告白しない場合も同じ。隊長が彼女の事を、恋愛の対象と見ていなければ何事も起こりようがない。
でも、隊長は彼女に好意を寄せている。俺に焚き付けられて彼女は告白したが、もしあの時の会話が無くて、彼女が片想いの状態のままでも、作戦終了後の異動の際に、隊長から石動さんに告白していたかもしれない。
(なんてことをしてしまったんだ)
得意げに恋愛相談した挙句がこれだよ。馬鹿過ぎる。彼女と話す前に、『好奇心は猫を殺す』という諺が頭に浮かんだ事を思い出した。大当たり。猫は死んだ。猫死にまくり。石動さんの心も殺してしまった。高岡隊長の想いも封じてしまった。死屍累々。




