34 告白
神通さんと『吹奏楽部あるある話』で盛り上がっていた時、眼の端にフラフラと歩いている人物が映った。俺は有磯かと思い首を巡らせると、その人物は有磯でなく石動さんだった。彼女はこちらには一瞥もくれず、力ない歩みで食堂の奥にある休憩室に向かっていた。
俺は石動さんの姿に驚いて、神通さんの顔を見る。彼女も石動さんの姿に意表を突かれたような表情をしている。俺は立ち上がって、石動さんに近寄ると声を掛けた。
「石動さん?」
「あっ……あぁ……どうもこんにちわ」なんか返答が変だ。表情は虚脱している。
「どうしたの?なにかあったの?」俺は食堂に人が残っているのを気にして、小声で声を掛ける。
「いえぇっ!だいじょうぶ!なんでもない……から。ほんとだいじょうぶ。すこしきゅーけいするだけだから。ちょっと、きゅうーけいするだけだからだいじょぶです」
(全然大丈夫じゃない)
俺の思いとは裏腹に、彼女は俺を無視するかのように休憩室に入る。休憩室は無人だった。彼女は、背中を丸めて顎を突き出すような姿勢で椅子に座ると、ポカンと虚空を見つめていた。
「どうしたのかな。大丈夫かな?さっきの『用事』ってことかな?……なんかあったのかな?」後ろで神通さんの声がする。振り返ると、神通さんが心配そうな顔で、石動さんを見つめていた。
「なんか、思い当たる事ある?」神通さんに訊く。彼女は沈痛な面持ちのまま、無言で首を振った。
「どうしました?二人とも。こんなところで。食器も下げずに?」突然、問いただすような声を掛けられた。声のする方を見ると、高岡隊長がこちらに向かってくるところだった。
「あ、すみません。すぐに片づけます。あの……石動さんの様子が少し変だったので……」そう言いながら、もう一度、休憩室に視線を向ける。彼女は膝に手を置き、うなだれた姿勢に変わっていた。両サイドの髪の毛が垂れ下がり、顔が隠れていたが……泣いているようだった。
高岡隊長は、俺が彼女に視線を向けるのに合わせるように顔を巡らせると、石動さんのうなだれた後姿を見た。うつむいて背中を丸めていた。この間と同じだった。宴会後、二人で廊下で話していた時と。何かに耐えるかのように背中を細かく震わせている所まで。
まるで一緒だった。
隊長は、驚きと悔悟の表情を浮かべながら、石動さんから視線を外した。彼女がここまで動揺しているのは、隊長にとっては初めての出来事だろう。驚き、悔悟の表情を浮かべるのも当然だろう。
……?
……ん?
……え? 悔悟?
そこまで考えて、俺はふと心の中に違和感を感じた。『驚き』は分かるが、なんで『悔悟の表情』なんだ?俺は改めて隊長の表情を見ようとした。その時、隊長は俺の視線に気が付いたのか、一瞬覗かせた表情を巧みに隠した。その動作は、却って不自然さを感じさせた。
「……あの」俺が言いかけた時、
「さ、明日も訓練です。伏木さんは自室に戻って休みなさい。神通さんは石動さんのケアをお願い出来ますか?」隊長が被せるように言って来た。声が固い。
「はい。分かりました」神通さんが答えると、俺の横をすり抜け休憩室に入った。彼女は石動さんの傍で立ち膝の姿勢になると、石動さんの肩に手をやりながら、下から顔を覗き込むようにして優しく声をかけた。
「冬香。大丈夫?……落ち着いたら部屋に戻ろう。戻って……良かったら話聞かせて」
「よ、米ちゃん……あたし……バカみたい……ご、ごめんね。迷惑かけて」
「……気にしないで。やめて。何でそんな事言うの?」そう言いながら神通さんは、こちらをチラッと見る。その視線の意味する事に気が付いて、男性二人は慌てて休憩室から離れる。
高岡隊長は無言だ。そして明らかに表情を消している。いつもの穏やかな表情を取り戻しているが、無理して作っているのは明らかだ。……そして神通さん。『何があったか分からない』と言いながらも、石動さんに声をかける仕草には、『何があったか推察した』という動きと表情があった。……そうだ。食事の前、神通さんは『石動さんは何か用事がある』と言っていた。そこまで考えて、俺はやっと察した。
……そうか。知らなかったのは俺だけか。
高岡隊長は相変わらず無言で、神通さんの食器の載ったトレーを手にすると、配膳室に返却しにいく。俺も自分のトレーを持つと隊長の後を追う。確かめたかった。が、隊長の広い背中は、こちらからの質問を拒否する厳しい緊張感があった。逆にその背中を見て察した。質問する必要すらなかった。
石動さんが、高岡隊長に自分の想いを告白したのだ。
俺は一昨日の夜の事を思い出した。明るい表情で話す彼女の言葉も思い出した。
(『自分から動かないと想いは伝わらないって。自分から行動を起こしたら想いは通じるって』)
……しかし想いは通じなかった。
歯噛みしたい気分だった。(だから言ったのに……。なんで急ぐかな。……高岡隊長は石動さんの気持ちは分かっていただろう。いや、対策チーム全員が知っているだろう……下地は出来ている……でも、だからといって性急すぎるだろ……昨日の今日じゃないか)
俺は、彼女の希望に満ちた、キラキラとした熱っぽい瞳を思い出した。そして休憩室を見た。背中を丸めて、涙を流しながらうなだれている彼女がいる休憩室を。
わずか二日で、彼女は天国と地獄の両方の気分を味わった。余りにも激しい落差だ。そして励ましたつもりが、結局は彼女を煽ってしまう原因を作ったのは……この俺だ。
(石動さん……ごめん。そんなつもりではなかった……けど、結果として彼女を変に煽ってしまう事になった。……ほんとごめん)
彼女に謝りたかった。今すぐに声を掛けたかった。だが、彼女は俺の言葉を受け入れる余裕なんかないだろう。いや、そもそも俺と話す事すら拒絶するかもしれない。胸が痛かった。
「伏木さん……今日はもう部屋に戻りなさい」声がする。高岡隊長だ。こちらをじっと見ている。強い意志を感じさせる瞳だった。こちらに何も言わせないと強い意志を秘めた瞳だった。
「分かりました」俺は答えた。そう答えるしか出来なかった。




