33 吹奏楽
訓練後、自室に戻り少し休憩してから、シャワーを浴びようとした時、有磯が部屋に入ってきた。
「伏木、夕飯食いに行こうぜ……ってまだ風呂入ってなかったんか」
「ちょっと休憩してた。すぐに済ますんでちょっと待っててくれ」
「分かった」
俺は、有磯が椅子に腰掛けて、スマホを熱心に弄りはじめたのを横目に、急いでシャワーを浴びに行った。手早く頭と身体を洗う。汗臭かった身体がさっぱりとして、爽快な気分になった。パンツ一丁で部屋に戻ると、有磯は所在なげに椅子の傍に設置してある背の低い本棚を眺めていた。
「お待たせ」
「お、早かったな」
「いや、待たせたら悪いと思って」
「そこまで慌てなくても良いのに」と有磯は笑いながら答える。そして本棚を見つめながら「洋楽好きなんだな」と、棚に押し込まれているCDを見ながら呟いた。
「あぁ洋楽オタクってやつだよ。でも最近は邦楽も聴いてる」
「へぇ、俺は邦楽のポップスしか聴かないから、バンド名見ても訳分からん。……このリサ・ローブって人のファンなのか?えらい沢山CDあるけど」
「あぁ……まぁ、ね」俺は、先日の石動さんとの会話を思い出しながら曖昧に答えた。
「へぇ、俺はホント洋楽には詳しくないから」有磯が笑う。
「曲調とか良いよ。なかなか聴かせる曲が多い」俺は無難に答える。
「なるほど、そういうもんか。俺も洋楽とか聴いてみようかな。洋楽はテレビのCMで流れる曲くらいしか知らないし……お、着替え終わったか。行こうぜ」着替えが済んだ俺を見て、有磯が立ち上がる。
「お待たせ。行くか」
「おう」
二人は食堂に向かって歩き始めた。ところが食堂が近づいてきた時、有磯は廊下の端にあるトイレに顔を向けると、
「すまん、訓練中に水分摂り過ぎたらしい……ちょっと地雷埋めに行くわ」と下っ腹に手を当てながら俺に言って来た。
「じゃあ、待っとくわ。さっき待って貰ったし」
「いや、この発作は長く厳しい戦いになりそうだ。待って貰ったら落ち着いて戦えない。スマンが先にメシ食ってくれないか?」
「……有磯が言うならそれで良いけど。でも大丈夫か?」
「若干。若干ね」
「どっちだよ」
「いや。だから若干大丈夫」
「…………。常願寺さんから整腸剤かなんか貰ってこようか?」
「いあ、取りあえず出すもの出してくる。薬はその後だ。食事前にこんな話スマン」
「いや、気にするなよ。わかった。じゃ、悪いけど先に食ってくる。後から部屋に顔出してくれよ」
「掌握。じゃ、ちょっと失礼」有磯は身体を少し前かがみにしながら男子トイレに姿を消した。
俺は、有磯の事を少し気に掛けながら食堂の扉を押し開けた。冷たい廊下と違う暖かな空気が顔に当たる。美味しそうな料理の匂いも一緒に。
(カレーか。美味そうだ)
配膳の列に並ぶと、夕食のメニューはカツカレーだと分かった。顔がほころぶ。その表情に気が付いたのか、一緒に並んでいた顔見知りの職員が声を掛けてくる。
「伏木さん、カツカレーが好物?」
「好きですね。というか、子供の頃、好きだったメニューってあるじゃないですか」
「ああ、ハンバーグとかエビフライとか?」
「そうですそうです。俺、小さい頃からカレーとトンカツが好物で、その二つは今でも大好きなんですよ」
「おっ、じゃ今日は夢のコラボ料理じゃないですか」職員も笑顔になる。
「カツは無いけど、カレーはお代わりできるよ」会話が耳に入ったのか、配膳をしてくれている糧食班員が声を掛けてくれる。
「ありがとうございます」俺も自然と笑顔になった。
◇
「あ、伏木くん一人?有磯くんは?」席に着いたとき、俺を呼ぶ声がした。顔を上げると神通さんが、カツカレーの載ったトレーを持ってこちらを見ていた。
「あぁ。なんかお腹の調子が悪いみたいで、トイレに籠ってる」俺は食堂の扉に眼をやった。
「そうなんだ。大丈夫かな?」
「うーん、大丈夫じゃない?取りあえず常願寺さんに薬もらっておくように勧めておいた。……ところで石動さんは?いつも一緒なのに」
「それが、『用があるから先に食事行ってくれ』って言われたの」そう言いながら、神通さんは『いいかな?』という表情して対面の席に座ると、スプーンを手に取った。
「へぇ。そうなんだ」そう言いながら俺もスプーンを手にする。
二人とも暫く黙って食事をした。別に気まずいとかではなく、カレーの美味さと空腹のためだ。神通さんも空腹だったのか、せっせとカレーを口に運んでいる。カレーを半分くらい平らげたところで、神通さんが話しかけてきた。
「伏木くん、中学の時はブラスやっていたって、城端二尉から聞いたけど……」
「本当だよ」
「へぇ。高校の時は柔道部っていうのも聞いていたから、冗談だと思っていた。本当だったんだ。……実は、私も中学高校と吹奏楽部だったんだ」
「へぇ、六年間続けたんだ。凄いね」
「うん、皆で演奏するのって楽しいし……ところで伏木くんは、どのパートやってたの?」
「パーカツ。神通さんは?」
「ユーフォ」
「…………あ。そうなんだ」
「あ、いま、なんかお互い地味なパートだって思ったでしょ?」神通さんは声を出して笑った。
「いやっ、そんなことないけど……神通さんのイメージって、木管楽器って感じだから、フルートとかクラリネットだと思った」
「うん。やっぱり女性はフルートとかクラリネットに憧れるし、私もそうだったんだけど……残念な事に……」
「……くじ運が無かった」
「そうそう!やっぱ、伏木くん、ブラスにいたんだね。よく知っている」神通さんは笑い続ける。
「でも、俺は少ししか在籍しなかったから、ごめんだけどユーフォニュウムって良く分からないんだ」
「あ、今は『ユーフォニアム』って言うのが主流みたい。発音の揺れを統一しようとしているらしいね」
「へぇ、そうなんだ。でも部活では皆、『ユーフォ、ユーフォ』って言ってたから、ピンとこないな。で、顧問の先生は、お爺様だったから、自分の言い方を変えなかったのかな。先生は『ユーフォニュウム』で通してたし」
「そうそう、結局は『ユーフォ』って略しちゃうよね。伏木くんは、一年半いたなら、練習曲ある程度やったよね。どの曲が好きだった?」
「そうだなぁ……好きだったし、初めてスネア叩かせてもらった『アルヴァマー序曲』かな?」
「あっ!私もその曲やったよ。有名だよね。勇壮な感じがするから、ウチの部の男子も好きな人多かったよ」
「確かに男子ウケしそうな曲だよね。ただ、アルヴァマーって名前の意味を調べたら、『作曲者が利用したゴルフ場の名前から採った』と知ってガッカリした記憶がある。……なんか、もっとカッコいい謂れでもあるのかと思っていたから」
「あはは。私もその話知ってる。古い地名とか昔話が由来だと思っていたから意外だった……。あの曲、スネアの音の粒を揃えるの大変でしょ?」
「うん、お爺様先生にお叱りを受けて、オープンロールをめっちゃ練習した記憶がある……」
…………




