28 独白(5)
「……実はね。私は高校の時に、イジめられていた時期があったの」彼女は、俺の曖昧な答えを気にせず話し始めた。
「……イジメ?」話題が急に変わった事に驚きながら、俺は返事をした。
「うん」彼女は、またもや対面の古い壁を、じっと見つめながら話を続けた。
「高校三年の時、私、書道部だったんだ。筆で字を書くのが好きで。墨の匂いや、墨石を硯で磨るのも好きだった」
「うん」
「書道は小学校の頃から中学も続けて。高校に書道部があったから、自然と入部したの」
「うん」俺は、彼女が淡々と話すのを聴いていた。
「その時、同じ書道部の男子部員が好きになって。本当に好きになって……こちらが彼を意識している事に気が付いてくれて……お互いの気持ちが通じ合った」
「それは、良かったじゃん」
「でも、その男子部員の事を好きだった子がいて……怒ったその子に眼を付けられてしまって……」
「あぁ、そういう事か……」
俺は、なんとも反応のしようも無かった。男性には余り無いケース。だが、女性には、そういう事が多々あるという事を何となく知っていた。
「それで……」彼女は絞り出すように言葉を続ける。
「うん」
「結局は、その男性と付き合うのは諦めたの……男性には理解できないかも知れないけど、女性のグループへの……なんて言ったらいいのかな?」
「帰属意識?」
「そう。そうなのかな?『グループから仲間外れにされる』っていうのは恐怖なの」
(女子が連れ立ってトイレに行くのも、その表れか)
そんなどうでもいい事が俺の脳裏をよぎった。
「それで『済んだ』って思っていたけど、それをきっかけに、その子とその子のグループからイジメを受けるようになって。イジメのきっかけになってしまった……。理由なんてなんでも良いんだよね。こっちはどうして良いか分からなくてオロオロしたら、それを見て笑って、余計苛めてくる……。もう辛かった」
「……」
俺は何と答えていいか分からなかった。どう反応していいか分からなかった。だから黙って聴くしかなかった。
「そんな私にも、親友がいてね。その子は最後まで私を庇ってくれた。変わらず親友として接してくれた。彼女が居たから、私は何とか学校にも行けた。でも……」
「うん……」なんとなく嫌な予感がした。俺には彼女の話の先が、咄嗟に想像出来てしまった。(俺の想像したラストじゃない様に……)俺は密かに願った。
「或る日、彼女が苛めていた子と対決したの。私の代わりに。『冬香にそんな事するな』って。そしたら、その日から私は苛められなくなった。仲良くなった訳ではないけど、少なくとも苛めは無くなった。……そして」
「……うん」
「その日を境に、親友が苛められるようになった。私の代わりに」
「……」
……想像は当たった。当たって欲しくは無かったが。
仲間を引き連れて数的優位を得ているいじめっ子に対して、個人が対峙したところで、彼らがそう簡単に引き下がる訳がない。
石動さんの親友は、どういう心境だったのか。『自分が苛められる』って事ぐらい想像出来ていただろうに。『友情』とか『正義感』とか『怒り』が彼女を突き動かしたのだろうか。そして、その行動は悲惨な結果を招くことになった。
「彼女は、苛められても決して挫けなかった。私は今まで通り親友として接した。彼女には感謝の念と、……罪悪感しかなかった。私がすべきことを彼女が代わりにやって、結果、身代わりに苛められるようになった……なった……から。でもね……でも……」
突然、彼女は声を震わせた。俺は彼女の顔を、そっと盗み見た。石動さんは泣いていた。眼を真っ赤に泣き腫らし、鼻を啜りあげた。
「或る日……あたし、イジメをしていた……その子に、……呼び出されて……『アンタが仲良くしている、あの子と縁を切らないと……アンタをまた苛める……』って……言われて……あ、あたし……裏切っ……た……あ……あたしを守ってくれた……優奈……を、あ、あんな目には……会いたくない……から……もう……だからって……」
言葉を吐き出していたが、続けることが出来ず、石動さんは背中を丸めて泣き続けた。彼女に足元の床に涙が落ち、廊下の薄暗い照明が反射して鈍く光った。
俺は、思わず彼女の背中に手を廻して慰めようとした。しかし、手を伸ばしかけた時、彼女の丸めた背中から『触らないでほしい』という激しい拒否のオーラが出ているのに気が付いた。
恐らく、誰にも話したことのない彼女自身の秘密。それを俺に打ち明けたという事は、ある程度は心を許している証拠だろう。ただ、肉体的な接触は拒否している。
(単純に触られたくないのか。ただ単に話を聴いて欲しかっただけなのか。……それなのかな?石動さんが好きなのは、シュタイナー……高岡隊長だし)
(……そうか。ま、それならそれでいいか)俺は、そう自分自身を納得させて手を降ろした。彼女の背中は、何かを訴えるように、強く主張するかのように細かく震えていた。決していじけた感じでは無かった。
それは、彼女自身の無念さや後悔なのだろうか。薄い背中が何かを精一杯訴えていた。俺はそれを痛いほど感じた。俺は黙って彼女の横に座り、彼女が落ち着くのを待った。
「それでね……」暫くして彼女は話を続けようとした。
「いや、無理して話す事は無いよ」
「ううん。全部話してしまいたい。ごめん。重たい女で」
「いや、そんな事は無いよ。聞かせてよ。石動さんが良ければ」
「うん。……それで私は優奈と……余り話をしなくなった。優奈は、すぐに気が付いたみたい。……その、私がいじめっ子に何か言われた……みたいな事を、すぐに察したみたいだった。でも、優奈は私を責めなかった。最後はクラスの女子全員が、ゆ、優奈を、む、無視し……て、でも彼女は気丈だっ……た」
またもや声が震える。でも石動さんは、全部話してしまいたかったのだろう。必死で声を絞り出す。




