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蜥蜴人間と彼女  作者: あおかえる
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27/49

27 独白(4)

 俺は、そう言いながら大学時代の出来事を思い出していた。その時、俺は誰とも付き合っておらず、いわゆる『彼女募集中』という状態だった。周りの友人に彼女持ちばかりということもあり、『彼女がいるという状態』が欲しいという気持ちだけで、『彼女募集中』と口に出していた。

 

 そんな時、俺がフリーと言う事を聞きつけて、一人の女性が『付き合ってほしい。ずっと伏木くんの事が好きだった』『答えは、すぐにしなくても良い。とにかく一緒に逢って欲しい』と告白して来た。

 

 俺は驚いた。なぜなら、その子の事を、同じアルバイトの同僚としか思っていなかったからだ。自分の中では、 そもそも彼女の事を『好き』とか『嫌い』という事柄を意識したことすらなかった。なので、、告白された時、『嬉しい』というより『困った』という感覚の方が強かった。

 

 実際、世間話をしても、話は合わないし性格も合う感じでは無い。趣味も違うし、好きな音楽のジャンルも違う。更に言うなら彼女のファッションや、化粧などの外見なども好みでは無かった。勿論、『嫌い』と言う訳では無く、『バイトの知り合い』の一人と認識していた。

 

 だから、その子と休憩時間で一緒になっても、『自分とは合わない人種』と判断してからは、他愛無い話……バイトの愚痴とか大学の授業や単位の話しかしなかった。

 

 ところが、彼女はこちらに対して、ずっと想いを寄せていたらしい。『彼女募集中』とか言ってしまっていた手前、とにかくデートの誘いには応じた。『彼女募集中』なのに、デートの誘いすら断れば、相手のプライドはズタズタだろう……いくらなんでも、告白してくれた彼女を、『門前払い』と言う行為で傷付けたくは無かった。

 そもそも告白するという行為には、そうは言ってもかなりのエネルギーが必要な事は、自分自身の経験で知っている。無下に断る事など出来ようはずもなかった。

 

 デート当日、彼女は明らかに服装に気を遣い、お洒落をして、化粧も気合が入っていた。精いっぱいの笑顔を見せてくれた。余り乗り気では無かった俺も、その姿を見て明るく接し、映画を見て食事をした。噛みあわない会話を繰り返し、なんとか共通の話題……同じバイトのネタしかなかったが。で、無理やり盛り上がり、観て来た映画の感想で場を繋いだ。

 

 ここまで、趣味や考え方が違うのに……好きになってくれたきっかけをさりげなく聞くと、バイトの勤務中に彼女がトラブルを起こした時に、俺がフォローに入り、更にパニくって固まってしまっている彼女に代わって、イラついている客に謝罪し、その後、彼女に『気にすんなよ』とかなんとか慰めたらしい。その出来事の後から、彼女は俺を意識し始め、それが次第に『好き』という感情に繋がって行ったらしい。

 

 弾んだ顔で話す彼女を見ながら、俺は記憶を辿ったが、恐ろしい事にそんな出来事があったかどうかすら思い出せなかった。

 

 繁忙期になると結構忙しい職場だった。『短気な客に謝罪する』という事は日常茶飯事で、俺にとっては『バイト先であった日常のヒトコマ』に過ぎなかったのだろう。だから思い出そうとしても、彼女の言うエピソードは、『アルバイト』とラベルされた記憶の引き出しの中に埋没してしまって、取り出す事は出来なかった。

 ……でも彼女にとって、それは大切な想い出になっていた。

 

 デートが終わった後、携帯のメールは彼女からのメッセージで溢れた。『楽しかった。また会いたい』という内容の。胸が苦しかった。

 

 ……俺は、さりげなく断った。『今月はテスト期間だから忙しい』『じゃ、来月は?』『来月はサークルの合宿と帰郷しないといけないから』……二か月あって、一度も会えないなんて普通は有り得ない。……察してくれ。

 

 自分が気に掛かった女性に声を掛けた時、こう言った返答があった場合、潔く諦めていた。逆に女性から声を掛けてくれた事もあったが、乗り気でない俺が『○○で忙しい』と二、三回言った時点で向こうは察してくれて、しつこくせず連絡は来なくなった。


 ……こればっかりは仕方が無い。お互い合う合わないってのがあるから。

 

 ただ、彼女は俺に対する想いを、彼女自身の心の中でずっと育み、熟成させていた。そして、俺が『彼女募集中』と言っているの知り、唯一のチャンスと告白したのだ。そう簡単には引き下がれないのだろう。

 俺が慇懃無礼にデートを断る態度で、彼女も『ダメなのか……』と薄々気が付いているだろう。でも、ここまで来たら何とか自分の想いを叶えたい。……ひょっとしたら何か奇跡が起こって、こちらを見てくれるかもしれない。……ワンチャンあるかもしれない。想いが通じるかもしれない。彼女はそう思っているに違いなかった。

 

 俺自身、好きな女性に闇雲にアタックして砕け散った経験はある。その時、まさにそういった気持ちだった。……なんとかならないか。まだはっきり断られたわけではない。まだチャンスはあるかもしれない……と。

 

 『はっきり断られた訳では無い』のではなく、相手は『はっきり断れない』のだ。

 

 冷静に考えれば、自分が同じ立場になれば分かる。相手が好意を告げて来てくれたのに、はっきり断るなんて相手を踏みにじる行為だ。なので婉曲に断るという手段を取らざるを得ない。

 ただ、相手は冷静さを失っている。冷静に現状分析など出来る状態では無い。その後も彼女からメッセージと、直接電話での連絡もあった。俺は、雑談はぎりぎり平板な調子で応じ、デートの誘いは丁寧に断った。同情で付き合う気は無かった。もし付き合ったとしても、相性が違い過ぎて、早晩別れることは目に見えていたからだ。

 

 夜、下宿先のアパートで、俺は無味乾燥になり過ぎない……ただ意味深にならないような、メッセージの返信を必死で考える事が多くなった。相手は不屈の精神でアタックし続けてくる。電気を消した暗闇の中、音楽を流しながら布団に入ってからも、悶々としていた。 気が付くと、リバースモード設定で流していたアルバムが一曲目に戻っている事が何度もあった。

 その時に良く掛けていたリサ・ローブは、それがきっかけで大嫌いになった。

 

 最終最後、彼女から掛かってきた電話で雑談をしていた時だった。新作の映画が話題になった時、彼女はすかさず、『一緒に観に行こう』と言って来た。俺はどうしようもなくなった。そして、つい言葉がこぼれた。

 

 「ごめん、行けそうに無い。いろいろ《《いろいろ》》忙しいから」

 

 『いろいろ』ってなんだ。『いろいろ』って。言い訳にもならない。事実上の拒否の言葉。はっきり断った方が、或る意味マシかもしれない。

 自分自身、意中の相手に、このセリフを言われた事がある。その時は、絶望的なくらいショックを受けた。だから、このセリフだけは絶対に言わないようにしていた。……例え恋の熱病に罹って、熱に浮かされた状態でも、一気に我に返ってしまうような切れ味の鋭い言葉。

 

 それは彼女も同様だった。彼女は一瞬黙り込んだ。……そして言った。

 

 「……そっか。ごめんね。でも、この間は、一緒に映画観に行ってくれて嬉しかった。電話で話したり、メールのやり取りもほんとうに楽しかった。迷惑かけたみたいでごめんね……いままで、ほんとうにありがとう。……じゃあ」

 

 精一杯の自分を励ますような明るい調子で。ただ、声は少し震えていた。電話は切れた。その後、二度と彼女から連絡は無く、暫くしてアルバイトも退職した。

 

 ……俺は、自分自身の軽はずみな言動を悔いた。さも『誰でも良い』みたいな『彼女募集中』の看板を掲げておいて、結局は選り好みをしていたのだ。『(自分の好みの女性殿!)彼女募集中!』ってとこが本音だ。でも、それなら自分で行動を起こすべきだ。それが例えダメだったにしろ、彼女のように自分から行動を起こすべきだった。自分の何気ない軽はずみな言動が、一人の異性を傷つける結果になってしまった。

 

 そして、その出来事で思った。彼女は俺に対して好意を持ってくれていたが、それは、ずっと秘めた思いだった。そして、彼女が行動を起こすまで、俺はその気持に全く気が付かなかった。まさに青天の霹靂と言っても良いほどだった。

 

 もともと、中学高校と失敗を重ねながらも、基本的には『自分から行く』スタイルだった自分は、改めて『自分から行動を起こさないと、少なくとも明らかな”サイン”を出さないと相手には気が付いて貰えない』という事を実感した。

 

 ……そして”サイン”を出した後はどうする?向こうが気を使って『伏木くんは、どうやら私の事が好きみたいなんですが……それについてお返事しましょうか?』と言ってくれるのか?

 

 ……馬鹿な。そんな都合の良い事ある訳ない。最後は自分から行くしかない。

 

 結局この二つに収束していた。『秘めた恋が叶う確率は少ない』『好きになったら、自分から行動を起こす』……思春期という異性の事ばかり考えていた時期が始まり、自分の心を傷つけ……時には相手を、そしてお互いが傷つく出来事を経て、自分なりの恋愛観というものを身につけて行った。

 

 

 「……伏木くん?」

 「あ」

 

 俺は考え事に耽っていたいたらしい。過去の恋愛について。彼女が心配そうに見つめている。彼女だって気が付いているのだろう。俺が、自分自身の恋愛体験を思い出していている事ぐらい。だから、言葉を挟まずに黙っていたらしい。

 

 「ごめん。ちょっと考え事をしていた」

 「うん」

 「……だから、なんだっけ。……そう。自分の気持ちは伝える努力をしないと、伝わらない。秘めた恋は秘めたまま終わってしまう……だから、自分は結果がどうあれ、自分から行動を起こしていた。勿論、失敗した事もあるし……」

 「……告白されて驚いたこともある?」石動さんが勘の鋭い事を訊いて来た。

 「あ……まぁ、うん」

 石動さんは俺の返事を聞いて少し笑ってから、言葉を継いだ。

 

 

 「……実はね。私は高校の時に、苛められていた時期があったの」彼女は、俺の曖昧な答えを気にせず話し始めた。


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