26 独白(3)
「でも、自分が好きな人とは付き合った事は無いの」
「うん?」
「好意を寄せて、告白してくれた男性はいた。付き合ったこともあるし、やっぱり嬉しかったし、楽しかった。感謝もしている。……でも、自分が本当に好きな人とは付き合ったことはないの」
「ああ……そう言う事か……」
彼女は言葉を続ける。
「やっぱり、男性から告白する事が多いと思うし……いえ、女性からだって自分の想いを好きな男性に伝えるのは別によくある事だけど……やっぱり私にはそんな勇気が無かったし」
「勇気?」
「伏木くんは、好きな女性に告白したことはあるの?」
「あるよ」
「凄いね。勇気あるね。私には無理だ」
「いや、確かに『勇気』っていうのは必要だけど」
「うん」
「でも、逆に考えると、さっき石動さんが言った通り、告白って男性からする場合が多いよね?」
「うん」
「女性は、自分の想いを気が付いてほしくて、いわゆる『サイン』を送り続けて、相手の反応を待つってが多いと思う。サインを送った夜とかは、自室で自分の気に入ったミュージシャンのラブソングを聴きながら、自分の想い《サイン》が彼に伝わって欲しい、伝わりますようにと必死で願う。いわゆる『待ち』だよね」
「う……うん」石動さんは恥ずかしそうに、立てた膝に顔をうずめる。年頃の女性は大抵そんな経験はあるだろう。石動さんも同じだったようだ。
「……ま、男も似たような事するけど。ただ、さっき言ったみたいに逆に考えると、男性が女性に告白するのは、なんか世間では『普通』って感じだから」
「それは……そうだね」
「男性の俺は、『自分から堂々と好きな女性に想いを伝えることが出来る』って考えたら、これって凄いお得な権利じゃないかと考えるようになって」
「……そういう風に考えるんだ。でも、勇気いるよね?」
「それって、ダメだったらどうしよう。とか、断られたらカッコ悪いとか、周りに噂されたら気まずいとか」
「うん」
「そっちのリスクと、自分の想いを伝える気持ちを秤に掛けたら、そんなのリスクとは考えなくなって。どうせ、たまーに夜に思い出して恥ずかしくて布団の中でジタバタしたり、一か月くらい陰で噂される程度の事でしょ?」
「いや、でもそれが……」
「それに、相手にだって好みがある。相手の好みに合致しなかったら、食事の誘いすら断られる。残酷な話だけど」
「そ、それは……そうかも」
「自分が、相手にとって『好みか、少なくとも嫌いでは無いタイプ』かどうか分からないまま、ずるずると『行動を起こさない』『自分の気持ちを伝えない』と困ったことになる」
「え?」
「秘めた想いを熟成させすぎると、想いが昂じて引くに引けない気持ちにならない?」
「……あ」
「そうなってギリギリになってから、相手にいきなり熱い想いをヤケクソみたいにぶつけても、相手はびっくりして冷静に受け止めてくれないし、残念ながら断られた場合、今度、こっちが引き下がれなくなって失恋を引きずってしまう。下手すると相手にしつこくして、好きだった相手を不快にさせてしまう。……しかも本人は不快にさせている事に気が付かない。余裕がなくなっているから」
「……」
「だから、俺、気になる人がいたら、恋人がいるかどうか確認して、早めに食事に誘うなりなんなりして、こっちの存在を意識づけるようにして」
「うん」
「向こうだって、『少なくとも私の事を嫌いではないから、食事に誘ってくるんだな』くらいは察すると思う。実際、石動さんもそういう経験あったと思うし」
「あ、あ、確かにそうかも」意表を突かれて、石動さんは誤魔化すことも出来ずに頷いた。
「で、話や食事を終えて、やっぱりこっちが相手の事を気に入って、付き合いたいと思ったらデートに誘うし、向こうもこっちの事を『悪くない』と思ったら、デートに乗って来る。……お互い、『違うな』と思ったら、男は誘わなくなるし、女性はデートの誘いを断って来る。それでおしまい。ただ、好きになった方は、思い詰めていないから、デートや食事の誘いを断られて、それが事実上『ごめんなさい』のサインだったとしても、そこまで心に深手は負わない。諦めもつく。よく言う『世界の半分は女性だ。次に行こう次に』で済む」
「……なるほど」
「それを『軽い男だ』って思う人は男女ともいるかもしれないけど、実際、デートを重ねて、想像や妄想で無く、想う相手のリアルな反応を見て、どんどん好きになったり、残念だけど醒めてしまうって事もあるし、最終的には本気で付き合うつもりだから、『軽い』とか『遊び』って訳でもないと思っているんだ。ただ、このやり方で深手を負う事もある……」
「どんな時?」
「こっちが好きになって、デートを重ねて……向こうもこちらの気持ちを分かっているはずなのに、土壇場の告白の時に断って来る時」
「……そんな事あるんだ」
「あれは、割とショックだった。『絶対大丈夫』と自信満々で挑んで討ち死にする訳だから。ていうか断るチャンスは何度もあるんだから断って欲しいよ。こっちは素直に諦めるのに」俺は思わず、思い出し笑いをしながら言った。
「……なんか、ごめん」
「いや、こっちからペラペラ話しているんだから気にする事ないよ。別にただの思い出話だし。それに、自分の性格上、そういう事があっても意中の人には、とにかく自分の気持ちを伝えたいって思う性質なんだ。それが上手く行く、行かないに関わらず」
「そうなんだ。伏木くんは私と全然違う」
「一緒だよ。好きな人が出来て、その人に対する想いは」
「……伏木くんは、いま彼女っているの?」
「今年の冬……正月明けに別れた」
「あ……」
「結構、長い事付き合っていてね。俺も二十七歳だし、このまま付き合っていけば、この子と結婚する事になるんだろうな。って、ぼんやり思っていたけど」
「う……ん」
「どうやら、そう思っていたのは俺だけで、向こうはそうは思っていなかったみたいだった。あれはね……流石になかなかハードな出来事だった」
「あ、あの……変な事訊いてごめん」
「さすがに、心の整理は済んでいるから大丈夫だよ。でも当分は彼女はいらないかな。ちょっと構えてしまう」俺は思わず笑ってしまった。笑えるくらいの立ち直りは何とか取り戻していた。
「それで……自分の気になった人には、自分の気持ちを必ず伝えようとする。ってのはさっき言ったよね?」俺は話を続けた。
「うん」
「例えば……ある日、ある異性の事を突然気になってしまう。意識してしまってしょうがない。話しかけられたら気があるんではないかって思い、何気なく振り向いて、眼が合えば『もしかして』って思ってしまう。相手に対する想いは募るばかりで、夜、自分の部屋で一人ジリジリする毎日」
「うん」俺の言葉を聞いた石動さんは、自分の事を言い当てられたかのようにビクッとして、落ち着かなく対面の壁を見て、それから自分の膝に視線を落としたりする。
「でもね、いわゆる『両想い』って状態で無ければ、恐ろしい事に、相手はこちらの事は全く意識の埒外なんだ。まったく意識に無い。……『これだけ、私はあの人の事が好きなんだから、向こうだってほんの少しは考えてくれてるのでは』って思うんだけど。……秘めたる想いっていうのは、まず伝わらない。残酷なぐらい」
「……」
彼女は黙っていたが、俺の話に耳を傾けているのは分かった。




