24 独白(1)
「じゃ、俺達はこの辺で」その後、暫くして支援分隊の四名が立ち上がった。引き上げるらしい。
「私達も、もう少ししたらお開きにしましょうか?」神通さんが口を開く。時計を見ると21時だった。結構時間が経っている。
「まぁ、もう少し楽しんだら?明日以降、こんな宴会は無いから」雄山が答えながら、机の上に置かれていた未開封のお茶のペットボトルを手に取る。
「これ、貰っていくよ」それを見た常願寺さんが彼に声を掛ける。
「あ、雄山さん、私もお茶に切り替えるちゃ。一本取ってくれんまいけ」
「おう。何種類かあるな。『最高級茶葉使用』とかいうのもあるぞ」
「なーん、雄山さん、気にしられんな。おらっちゃ、わるいちゃで、いいっちゃ」
常願寺さんの言葉に、雄山はどんなお茶を彼女に渡せばいいか混乱していた。俺自身も、彼女が、いかなるお茶が欲しいのか見当もつかなかった。
「あはは、なに迷うとんがよ。そのおちゃでいいっちゃ」常願寺さんは自分の言葉に雄山が混乱している事に気が付いて、ケラケラ笑いながら机の上に何本か置かれているペットボトルを指差した。
「おう、悪りいな」雄山が差されたペットボトルを一本、常願寺さんに渡す。
「ありがと」常願寺さんは、雄山に笑顔を見せる。さっきのニンマリとした可愛らしい笑顔だった。
「そんな、気にすんなよ」雄山は答えながらも、彼女の顔を見て喜びに耐えられないような顔をする。ザ・単純。
支援分隊と射水室長が引き揚げて、食堂には作戦分隊の四名と高岡隊長と、常願寺さんの六名が残った。
「どうする?俺達もお開きにするか?」有磯が皆を見ながら声を掛ける。
「俺はそれで良いよ。二日酔いになるまで飲むつもりもないし」俺は答える。
神通さんと常願寺さんも頷く。
「じゃお開きにするか」有磯が言うと、「隊長、そろそろ終わりにしたいのですが良いですか?」返答が無い。その時、高岡隊長がうなだれたまま動かない事に気が付いた。
「隊長寝てますね」神通さんがちょっと心配そうな顔で言う。
「お疲れだしな」有磯が応じる。
「片付け終わるまで、そっとしときましょう」と神通さん。
「もう一人、撃沈しているな」有磯が笑う。
高岡隊長と俺の間に座っていた石動さんも机に突っ伏している。
「お疲れの上に、飲み過ぎたね」俺は梅干しのような顔になっても、飲み続けた彼女の姿を思い出しながら言った。
「取りあえず、机の上、片づけましょうか?」神通さんは声を掛ける。
「おう。ちゃちゃっとやってしまうか」有磯は答える。
隊長と石動さんを除く四名は、机の上の皿を洗い場の水の張ったシンクに入れたり、ペットボトルや空き缶をゴミ箱に入れたり、残飯を残飯用のゴミバケツに捨てたりと片づけを始めた。
十五分もすると机の上は綺麗になり、封の切られていないペットボトルと缶ビールが残されるだけになった。
「飲み物は、このままでいいと思う。明日、糧食班の人が片づけてくれるだろう」有磯はそう言うと、撃沈している二人をチラッと見た。
「隊長とお姫様をお送りしないと」
「じゃ、有磯と俺で隊長を送るか」俺が応じる。
「そうだな、じゃ神通さん、常願寺さんは石動さんを頼む。石動さん、吐くかもしれないから部屋に戻っても、すまんが暫く様子見てくれるかな?」有磯が言葉を受ける。
「分かっとるちゃ。大丈夫。ちゃんと見とくちゃ」常願寺さんが頷いた。
「じゃ、行こうか」俺はそう言いながら立ち上がろうとした時、服が何かに引っ張られている事に気が付いた。石動さんが、寝ぼけながら俺の上衣の裾をしっかり掴んでいるのが見えた。
「子供か」俺は思わず呟いた。
「結婚したいってよ」有磯がニヤニヤ笑う。
「寝ぼけてんだよ」俺は言い返す。
「冗談はともかく、どうする?伏木が石動さんを送るか?」と有磯。
「それでいいんじゃない?三人いれば隊長送れるでしょう?」と神通。
「分かった。じゃ女子の居住エリア前の廊下まで送るよ。二人が隊長送り終わって、戻って来たら石動さん頼むわ」
「りょーかい」常願寺さんが答える。
「送り狼になるなよ」有磯が再びニヤニヤ笑う。
「うっせぇ。ラッキースケベなんて望んでないから」俺は再び言い返す。
「じゃ、お疲れ。明後日から頑張ろうぜ」有磯が〆らしき言葉を発する。
「お疲れ」「お疲れ様でした」と言いながら、俺と神通さんと常願寺さんは頷く。
その後、有磯は隊長の耳元で声を掛ける。
「高岡隊長、お開きです。部屋まで送ります。大丈夫ですか?」
「……ああ……ウトウトしてしまったみたいですね。恥ずかしい。片づけもしてくれたのですか。申し訳ない」
「隊長、お疲れだったんですよ。気になさらないでください。行きましょうか?」
「ええ。分かりました」彼はそう言いながら立ち上がったが、少しふらついた。
「肩貸しますよ。捕まってください」
「そうですか。大丈夫だと思うけど……いや、甘えておきましょうか。有磯さん、すみません」
「お気になさらないでください」
身長が高いためゴリラ体型では無かったが、柔道経験者特有のがっちりした体つきの隊長の身体を有磯が支える。力の入らない隊長の体重に、彼は少しよろめいた。神通さんと常願寺さんが慌てて周りから支え、四人は食堂を出て行った。
「石動さん、起きて。飲み会終わったよ。寝るなら部屋で寝よう」俺は石動さんを揺すって起こす。
「ああ、伏木くん? 私、寝ちゃったの?」彼女は顔を上げる。顔色は余り変わっていない。
「そら、もうしっかりと。部屋に戻って寝た方が良い」
「分かった」彼女は立ち上がろうとしたが盛大によろけた。俺は慌てて彼女の身体を支える。
「伏木くん、やさしー」彼女は、無邪気な言葉を発する。まだかなり酔っているらしい。異性に身体を触れられても、彼女は全く嫌がらなかった。彼女の汗の匂いと女性特有の甘い体臭が鼻をつく。
(「送り狼になるなよ」)有磯の言葉が頭に浮かんだ。なりません。ご安心下さい。さかりのついた男子高生の時期は過ぎました。
それより、酔っぱらった彼女の身体がぐらんぐらん動くので、それを支えるので精いっぱいで、すぐにラッキースケベだの、送り狼などどうでも良くなり、彼女を居住区前の廊下まで連れて行くことだけに意識が集中された。
食堂を出て、常夜灯だけが点いている薄暗い廊下に出る。ひんやりとした空気が気持ち良かった。その空気に触れて、石動さんも少しだけ意識がはっきりして来たらしい。
「はぁ。楽しかった。久々にお酒飲んだし、ちょっと酔っぱらったけど」
「うん」(……ちょっと酔っぱらった…………え?……ちょっと??)
「うふふ。隣に座れたし。あ、伏木くんじゃないよ?」
「うん」(分かってるけど……でも割とはっきり言うんだね。本人に向かって)
「一緒に話とかして……嬉しかった」
「うん」
「優しいよね」
「うん」
「物腰柔らかいし」
「イケメンだしね」
「そうそう!」
「久しぶりに逢えたから、相当嬉しかったんじゃない?」
「うん!」石動さんは酔いの残ったキラキラした眼でこちらを見ると、思い切ったように、秘密を打ち明ける口調で言葉を続ける。
「あのね……言っちゃおうかな……皆には内緒だよ……私……実はね……隊長の事が好きなんだ…………知らなかったでしょ?」
「いや知ってるし」
「え」
「たぶんみんなも知ってると思う」
「え?! 誰にも言ってないんだよ!」
「……」
「なんでみんな知っているの?!」
「……いや、なんでって言われても……困ったな」
「絶対にバレないようにしていたのに……」
「……うん」
「なんでだろう?ずっと黙ってたんだよ!?」
「……うん」
「みんな勘が良いんだね……」
「……うん」
俺はなんて言って良いか分からなかった。天然なのか。石動さんは。俺はどう言おうか黙っていた。石動さんも黙り込んだ。二人で階段を上り、再び長い廊下を歩く。




