23 懇親会(4)
「雄山さん、なにゆうとんがよー ちがうちゃよ」
その時、俺の感傷をぶち破るような、常願寺さんの良く通る声が聞えた。声のする方を見ると、雄山が常願寺さんに熱い眼差しで話しかけている。安全装置ヨーシ、弾込めヨーシ、連発ヨーシ!、撃ーッ! 雄山三曹が常願寺さんに攻撃を仕掛けているのか。
少し興味を持って二人を見た。常願寺さんは、コップに注がれた透明の液体を手に持っている。……水では無い。机の上には日本酒の五合瓶が置かれている。酒瓶には『立山』と書かれたラベルが貼られていた。
「常願寺さん、出身が富山らしいです。酔うとお国言葉がでるみたいですね」
俺の視線を追って、神通さんが教えてくれた。
「じゃあ、あのお酒も?」
「ええ。富山の地酒らしいです。辛口でお魚に合うみたい。私はお酒が弱いから、日本酒は苦手なんですが、前に一度ですが一杯だけ頂きました。美味しかったですよ。すっきりして、飲んだ後、口の中に変な甘さや味が残らない」
「へぇ、一杯飲んでみたいな」
俺が、そう言った時、皆の会話が一瞬途切れた瞬間だった。なので、その声は常願寺さんの耳に入ったらしい。
「あ。伏木くんも『立山』飲んでみられっけ?ちょっと待っとってね。今、コップ渡すちゃ」
常願寺さんは、こちらに顔を向けて、空のコップを手渡してくれた。彼女はお酒が廻っているからか、富山弁全開で話し、顔つきも先ほどの鋭さは無くなり、柔らかな表情になっていたが、顔色は全く変わっていなかった。
俺がコップを持つと、彼女はお酒を注いでくれた。手つきはしっかりしている。五合瓶は半分くらい無くなっている。彼女は支援分隊の皆と飲んでいた。彼らの周りは、高岡隊長と石動さん以外はアルコール抜きだ。そして、その二人も口にしているのはビールと酎ハイだ。という事は、彼女が一人で半分近く飲んだのか。
(見た目によらず、お酒に強いんだな)俺は密かに思った。
「伏木くん、どんくらい飲まれんがけ」お酒を注ぎながら彼女は尋ねる。
「あ、半分くらいで大丈夫です。訓練明けで、思ったより酔いが廻るんで」
「そうながけ。宴会終わったら、早く寝られよ。明日はゆっくり休まれ」
語尾を柔らかく下げる言い回しは、方言だからこその暖かさを感じた。
「ありがとう。今日は早く寝るね」
「そうしられ。ごそごそ夜更かししとったらあかんがよ」
「分かった」
俺はコップに口を付けて、透明な液体を呷った。品の良い日本酒の香りが鼻を抜ける。ぬるいが心地良い感触の液体が、喉から胃に落ちて行く。
神通さんの言う通り、安い日本酒特有の味や甘さは、一切口の中に残らなかった。
上品な発酵した米の香りと酒の味が、ほのかに口の中に残る。少し遅れてお酒を受け入れた胃袋が少し熱くなった。
「うまい。これは美味しい」思わず俺はそう言いながら、もう一口、コップを口に運んだ。眼の端に、雄山の少し恨めしそうな顔が映る。
(す……すみません三曹!決して貴方の恋路を邪魔するつもりはありませんから!すぐにすぐに引き下がりますっ!)
「美味しいやろ? 伏木くん、お酒好きなんやね。嬉しいちゃ。これで鱈の昆布〆がつまみにあれば最高なんやけど」
(鱈の昆布〆……?!一体それは如何なる物体なのでしょうか?)
俺は、昆布〆に興味をそそられたが、そのネタに食いつけば話が長くなり、そうなればまずいことになる。……俺は雄山の視線を気にしながら受け流した。
「へぇ……昆布〆、美味しそうだね」
「うん。今度、田舎のばーちゃんに送って貰おうと思っとるがよ。そうしたら、伏木くん、一緒に飲まんまいけ」
彼女はそう言いながら、俺の眼を見ながらニンマリとした笑顔を見せた。少しきつめの顔立ちからは想像できないくらい可愛らしい笑顔だった。
その場にいる者全員は酒が廻った常願寺さんが、話の流れで俺を適当に誘っていると思っただろう。……一人を除いて。そう雄山三曹だけは、その言葉を真に受けて、俺の方を何とも言えない眼で見つめてくる。
(雄山さん! 雄山さんも分かるでしょう? 常願寺さんが酔って適当な事言ってるだけだって! そんな一々真に受けて、こっちを剃刀みたいな眼で見るのは止めてください!)俺は必死に心の中で思ったが、片思い中の人間は男女関わらず、『相手の気持ちを探るセンサー』が高感度に作動し、高感度過ぎるゆえに誤作動しまくり、さらに各人のハートと頭に搭載されている『恋愛コンピューター』が、良きに悪しきにつけ、その誤ったデータを元に、更にとんでもない計算結果と予想を弾きだす事は分かっていた。……自分が片思いしている時もそうだったから。計算結果は個人の性格にもよるが、大体が『我田引水』か『絶望』になる。それを第三者はこう考える。『大いなる勘違い』と。
分かる。非常に分かるが、ここで話がややこしくなっては困る。俺は常願寺さんを綺麗な人だし、方言全開で笑顔を見せる彼女に魅力を感じたが、好きとか付き合いたいとか言う感情は無かった。
ただ、雄山三曹の顔には
(お 前 空 気 読 め)
と大書きされていた。読んでます読めてます分かってます分かってますから!
「お、富山の地酒ですか……私も一杯頂いても良いですか?」
……!助け船だ。高岡隊長が俺が美味そうに『立山』を飲むのを見て、自分も飲んでみたくなったらしい。常願寺さんに声を掛ける。常願寺さんは俺から視線を外すと、笑顔を崩さず隊長のコップにお酒を注ぐ。常願寺さんの視線が俺から外れたことに内心ホッとした。
「おお。これは美味しいですね。喉越しも良いし後味も悪くない」高岡隊長が驚いた顔をする。常願寺さんは自分の故郷の酒を褒められて、素直に嬉しそうな顔をする。
「あ。あたしも飲むー」酔いの廻った声で石動さんもコップを出す。五合瓶を持った常願寺さんが、石動さんの顔を見て『ぎょっ』っとした顔をする。その表情を見た俺は石動さんの顔を見て驚いた。彼女は、酔っぱらって顔が赤くなっていたが、それは飲み始めた当初の『梅干しの赤さ』を通り越して、醤油で煮〆めたかのような濃い赤色になっていた。……石動さん、その状態で日本酒は危険すぎるだろ。
「あ……石動さん……今日は、もう止めといた方が……」常願寺さんがこわばった表情で健全な提案を行う。
「常願寺さん、大丈夫だってー。あたしぜーんぜん酔ってないからぁ。異状なーし」酔ってるだろ。どう見ても。
呑み会定番のセリフ。『酔っ払いは自分は酔ってないと言い張る』
常願寺さんは、警戒しながら石動さんの差し出されたコップに1センチほど酒を注いだ。石動さんは水でも飲むかのように無造作にそれを呷る。
「ほんとおいしー」いや、アンタ本当に酒の味が分かる状態なんですか?
「いやいや、本当においしいですね。もう一杯頂けますか?」高岡隊長がコップを差し出す。結構酒好きなんだな。隊長。
「ですよねー。日本酒最高ですよねー」石動さんは。隊長と楽しみを共有出来た嬉しさで、真っ赤になった顔に笑顔を浮かべて、隊長に眼を合わせると微笑みかける。隊長に一生懸命アピールする姿は結構健気に見えた。




